"第二戦" 第三試合はすでに終わり、現在、闘技場では、第四試合が繰り広げられていた。 戦っているのは、ホーンの拳法の中でも強い部類に属している"獣人魔狼拳"と、今回初参加の"毒ガマ拳"である。両者とも、なかなかいい動きをしている。 「…特に毒ガマ拳…。この勝負、彼らが勝つんじゃないかしら」 観客席から、その様子をうかがっているアスカが、そうつぶやいた。 「ええ〜っ、そんなこと言わないでよ。あたし、獣人魔狼拳を応援しているのに〜っ」 手足をちゃっちゃか動かしながら、獣人魔狼拳に声援を送っているリティは、アスカの言葉にイヤそうな顔をする。 一回戦を勝ち抜いたバニー拳の彼女たちにとって、今、闘技場で戦っている両チームは敵なわけであるのだが、それでもがんばって戦っている姿を見ると、応援したくなる。 他の観客たちも、深い理由もなしに、気に入ったチームを応援している。 「リティ。応援するのはいいけれど、ちゃんと相手の力量も測っておきなさい」 冷静なアスカは、リティを注意するが、リティは全く聞いていない。 アスカは、ため息をつくと、あらためて闘技場を眺める。 闘技場で戦っている選手の内、全身黒ずくめの三人組が、毒ガマ拳だ。 彼らは、相手を上手く分散させ、一人ずつ確実に倒していく。 その連係した動きに、アスカは目をみはる。 彼らは、遠距離、中距離、近距離に分かれ、敵一人に狙いを定めると、中距離の者が鎖で相手の動きを止め、その隙に近距離の者が攻撃する。遠距離の者は、星型の刃を投げつけ、二人をフォローしている。 「強い…。息もピッタリだわ」 そして、最終的に闘技場に立っていたのは…。 『すごーい。強い強い。勝ったのは毒ガマ拳だぁ』 アスカの予想通り、毒ガマ拳だった。 審判より早く勝者の名を上げてしまった、実況青竜は、解説のジーンに怒られる。 「あ〜にゃ〜…負けちゃった。残念っ」 リティは、がっくりと肩を落とす。 「あら、獣人魔狼拳の方たちも、がんばったわよ」 アスカは、リティの丸まった背中をなでてやる。 「それより、二回戦が始まるわ。最初の第五試合は、私たちの出番よ。準備をしておきましょう」 「は〜い。…赤神官さん、大人しく待っているかな」 二人は席を立つと、自分たちの控え室へと向かった。 * 赤神官は、アスカとリティに、他の試合を観戦しようと誘われたのだが、こんな格好で人がたくさんいる所をうろつきたくなかったので、断った。 ちなみに、こんな格好とは、バニー姿のことである。 …ううっ…この格好では、私の正義の赤神官のイメージダウンになってしまうわ…。 そう思いつつも、赤神官は、着替えずに控え室で大人しくしている。 神官である彼女にとって、このバニー姿は、かなり酷なものであった。だが、困っている人の助けになれば、多少の恥には目をつぶる。そのへんは、さすが正義の味方だ。 …もし、この姿をロンファやレオ兄様に見られたら…! 今は仮面の赤神官として自分を偽っているが、中身はマウリ。やはり気にせずにはいられない。 特に、兄のレオ。 彼は、血縁上では兄だが、亡き両親に代わってマウリの面倒を見てきたので、父親と言っても過言はないだろう。 そんな彼…真面目な性格のレオが、大切な妹のバニー姿を見た日には、どんなリアクションをしてくれるだろうか。 頭を抱え、あれこれと考えているうちに、第二、第三、第四試合は終わってしまったようだ。アスカとリティが、控え室に戻って来た。 「あっかしーんかーんさ〜ん、出番だよっ」 ブルーな赤神官の気も知らず、リティは戻って来るなり明るい声で彼女を呼んだ。 「赤神官さん、元気を出して…って、私がお願いしたことなんだけれど…そんなに暗くならないで。ねっ」 大人なアスカは、赤神官の気持ちを察してか、優しく言った。 「ありがとう。でも、もう慣れましたわ」 半ばヤケになっているのだろうか。赤神官は胸を張る。なかなか大きい。 「そう?ならいいんだけれど…。できるだけ無理はさせなくてもすむようにしたかったけれど、今回はそうもいきそうにないから…」 意味ありげに話すアスカに、赤神官は首をかしげる。 「…次の試合の対戦相手は、青竜拳なの」 「ええっ!?」 赤神官は、つい声を上げて驚いてしまう。 青竜拳については、赤神官も知っていた。 ホーンの拳法家たちの総本山。 今も拳聖と謳われているライナスを打ち破り、ゾファーを倒した英雄の一人であるジーンも、青竜拳の使い手だ。 …その青竜拳と戦うことになるなんて…。 「一回戦を突破した時から、戦うことになるだろうと思っていたわ。でも、実際にそうなってみると、武者震いがするわね」 アスカの顔は笑っていた。リティも笑っているが、アスカとは違い、脳天気な笑顔だ。 「でもねぇ。なんでも今回うちらが戦う相手は、予選に出ていた人たちとは違うらしいんだ」 赤神官が、「どういうことですの?」とリティに問う。 「ん〜…よくわからないけど、急に選手を交代したらしいんだ。しかも全員助っ人って話だから、青竜拳と言うより、青竜拳代理だね。いいかげんでしょ、この大会」 リティはケラケラと笑っているが、赤神官とアスカの表情は険しい。 「…それに、青竜拳の一回戦は不戦勝だったから、どれくらい強いかも、誰が出場しているかもわからないの」 そう言って、アスカは腕を組み、う〜んとうなった。 「ですが、戦うことには変わりありませんわ。私もできる限りお力になりますので、がんばりましょう!」 赤神官は、はげますように言った。 「…そうね。考えたって仕方ないものね」 アスカの表情が、明るくなった。 「よし!リティ、赤神官さん、気合を入れていきましょう!」 アスカは、赤神官とリティの肩に腕をまわした。赤神官とリティも、互いの肩に腕をまわし、円陣を組む。 「相手が誰であっても勝つわよ!!」 「ええ!!」 「おーう!!」 三人は力強く叫ぶと、円陣を解き、控え室を後にした。 * 『みんな!ノってるかーい!!』 テンポよく、観客席から「イェーイ!」という声が上がる。 『一度やってみたかったんだ。ありがとう』 青竜は、笑顔で観客席に向かって手を振る。そんなノンキな青竜に、ジーンは少々疲れ気味のようだ。 『ほんじゃ、二回戦を始めようか。まずは第五試合、バニー拳VS青竜拳だよ。バニー拳の選手さんたちは、すでに闘技場に上がっているね』 赤神官、アスカ、リティの三人は、闘技場に立ち、観客たち(特に男)の歓声を全方向からあびていた。 アスカとリティは、その声援に笑顔で答えているが、赤神官は、やはりはずかしそうにうつむいている。しかし、一回戦の時よりひどくはない。 その様子を見て、アスカとリティは少し安心した。 なにせ相手は青竜拳。全員助っ人とはいえ、油断はできない。自分の身なりを気にしている暇もないだろう。 赤神官も、そのことは承知しているようだ。仮面の上からでも、少し緊張していることがわかる。 突然、歓声がさらに大きくなったので、赤神官は顔を上げた。 アスカとリティも顔をひきしめ、向かい側にある階段を、キッと睨む。 『おおっと!青竜拳の選手さんたちの入場だ!一回戦は不戦勝だったから、今回で初めて闘技場に上がれたね』 階段のほうで、「ズルッガタッゴゴンッ」と音がした。どうやら青竜拳が、階段を上ってくる途中でこけたようだ。 緊張していた赤神官たちの気が抜ける。 …思っていたより、たいした方たちではないのかしら…。 赤神官は、そんなことまで考えてしまう。 しかし、それもつかの間。起き上がり、なんとか階段を上がってきた青竜拳たちの顔が見えた時…彼らも含め、闘技場に立つ選手全員が驚愕した。 「ライナス様!?」 「レオ兄様!?」 「マウリ!!」 「マウリ!?」 「マウリだとぉ!!?」 赤神官の前に立ったのは、かつての四英雄の三人、ライナス、ボーガン、そして、マウリの兄レオだった。 ちなみに、顔を合わせた時に叫んだのは、前から順に、アスカ、赤神官、ライナス、ボーガン、レオだった。 リティは、なぜか驚きのあまり声が出せない様子。 「ライナス様!参加していたのですか!!」 アスカは一歩前に出て、ライナスに向かって叫ぶ。 「お・お兄様が、なぜそのような格好でここに!?」 赤神官は、両手で頬を包み、動揺する。 拳法着の上に胴当てを、さらにその上からたすきにくくりつけた剣を背負っているレオは、赤神官以上に動揺しているようだ。 「ンなっ…なわわばっばばままマウリこそ、な・なんとはしたない格好をぉぉぉ!!!」 さらに、声を出せなかったリティまで騒ぎ出した。 「っきゃ―――――――レオ様レオ様レオ様ぁ――――!!モノホンのレオ様だ!カッコい〜!!」 彼女は、レオのファンのようだ。 剣を背負ってはいないが、レオと同じ拳法着姿のボーガンは、この騒ぎようについていけず、どうしたものかとオロオロとしている。 闘技場に上がってきた審判も、いつ試合を始めようかと困っている。 それだけ、騒がしかった。 「いや、私は、あくまでも助っ人として参戦しておる」 「そうなのですか?それは、なぜ…」 「マウリ!今すぐ着替えてこい!そんな格好、兄は許さんぞ!!」 「違いますレオ兄様!これには理由が…い、いえ、私は"仮面の赤神官"!マウリではなくってよ!!」 「ヤダーどうしよー!もっとおめかししてくりゃよかったー!あ〜でもレオ様とお近づきになれるなんてぇ〜」 本当に騒がしい。 痺れを切らした審判が、咳払いをしながら怒鳴る。 「ゴホンッ!…これより、第五試合を始める!」 審判が強引に割り込んできたので、仕方なく、バニー拳と青竜拳の両チームは、お互い距離を置く。 「…まあ、理由がどうであれ、ライナス様と一戦交えられるなんて、光栄だわ。リティ、ライナス様は私に任せてくれないかしら」 アスカは、リティにささやいた。 「オッケェ。こんなチャンス、めったにないからね。じゃあ、あたしも…」 リティは、ちらりとレオを見ると、怪しげな笑みを浮かべた。一瞬、赤神官とレオの背筋が凍る。 そうこうしているうちに、審判が片手を上げた。赤神官たちは、戦闘体勢に入る。 そして、審判が手を振り下ろそうとした時、リティが赤神官に耳打ちをした。 「ちょっと時間を稼いでね」 「えっ?」 赤神官が、ふっとリティの顔を見ると同時に、審判が「始めっ!」と叫んだ。 「りゃああぁぁ!!」 アスカは、低い姿勢でライナスをめがけて突っ込んでいった。 リティは大きく後ろに跳び、闘技場の隅まで移動する。 「えっ?えっ?」 一人、取り残された赤神官は、リティとライナスたちを交互に見る。 「じゃ、ヨロシク☆」 そう言って、リティは赤神官にウィンクをすると、両手を胸の前で合わせた。 …まさか…魔法を? リティが呪文を詠唱する声が、赤神官の耳に微かに聞こえた。 「させるか!!ライナス、そっちは任せた!」 それに気がついたレオが、リティに向かって走り出した。ライナスは軽くうなずくと、足元に繰り出されたアスカの蹴りを、上に跳んでかわした。 「はあっ!!」 そして、アスカに拳を叩きつけようとするが、アスカはそれを紙一重でかわした。 ライナスの拳は、床に触れる寸前で止まる。 アスカはライナスと間合いを取り、体勢を整えると、気合の入った声で叫んだ。 「ライナス様!ぜひ私と一騎打ちを!!」 「フム。お主なかなかやるな。かまわぬ!全力で来い!!」 そう言って、ライナスが構えなおすと同時に、アスカは再び攻撃を仕掛け始めた。 一方、リティの呪文の詠唱を阻止せんと走るレオは、赤神官に行く手を阻まれ、驚いて足を止める。 「…マウリよ。お前がそのような格好をするにも、何か理由があるのだろう。だが、敵として私の前に立つ以上、容赦はせぬぞ」 レオは、すっと足を肩幅に開いた。剣を抜く様子は、全く見せない。 赤神官は、「マウリではなく、仮面の赤神官でしてよ!」と言い放った後、腰を低くして構えた。 レオは、少し眉をひそめる。 「ほお。さまになっているではないか!」 レオは、赤神官の喉を狙って、貫手を放った。 赤神官は、突き出されたレオの腕を、横から軽く叩いて受け流した。そして素早くレオの背後に回り、首に手刀を叩き込もうとする。 しかし、レオは腰をかがめてそれをかわし、空振りした赤神官の腕をつかもうとする。 赤神官は、腕をつかまれる寸前でレオから離れた。 二人は、間合いを取って再び対峙する。 「やるな。その動き、いつ覚えた」 レオは、感心しながら赤神官に尋ねた。 「正義の志たる者、これくらいは当然ですわ」 赤神官は、ニヤリと笑った。 実を言うと、赤神官は、前日にアスカとリティに稽古をつけてもらっていたのだ。 とは言え、時間はたったの半日しかなく、教え込まれたのは簡単な護身術程度の動きだけだった。 しかし、今の赤神官の動きは、そうは思えないほど見事なものだった。さすがは騎士の妹…いや、正義の味方と言うべきか。 「ところでレオ兄さ…いえ、レオ様。あちらの方は何をなさっておりますの?」 赤神官は、試合が始まってから、ずっと闘技場の隅にいるボーガンを指した。彼は、短い手足をバタバタと動かし、ライナスとレオの応援をしている。 「…気にせんでいい!!」 レオは一気に間合いを縮めると、拳を振り上げた。 赤神官は、拳が顔面に向かって真っ直ぐと突き出されてきたので、とっさにそれを受け流す姿勢をとるが、レオは急に拳の軌道を大きく変えた。 「えっ!?」 予想外のレオの行動に、赤神官の動きが止まった。 レオは、大きく空振りさせた拳の勢いを殺さず、体を回転させると、遠心力を利用して、赤神官の脇腹に蹴りを入れようとする。 赤神官は、全く身動きがとれずにいたが、何者かが後ろから赤神官の腰をつかみ、勢いよく引いたため、赤神官は後ろによろめき、レオの足は空をかすめた。 「上出来よ赤神官さん!あとはあたしにまかせて!」 赤神官を助けたのは、呪文を詠唱していたリティだった。 「リティさん!呪文の詠唱は終えましたの?」 「ああ、バッチリよ!だから、ホラ、さがって!!」 リティは赤神官の前に出ると、ひざを軽く曲げ、両手をだらりと下げる。 レオは間合いを取ると、警戒しているかのように構えた。 呪文の詠唱を終えているリティは、いつ魔法を発動させるかわからない。しかし、呪文の詠唱を終えてから、あまり間を置きすぎても、魔法は発動しなくなる。 そのことは、レオも知っているはず。 …だからお兄様は、リティさんの様子をうかがっていらっしゃるのかしら…。 リティに言われた通り、後ろへ下がった赤神官は、レオを見てそう思った。 「ありゃ。何もしてこないんですね。つまんないの。じゃ、こっちから行きますよ!!」 リティは、両腕を真っ直ぐと前に突き出し、レオに向かって突進する。 力任せに突進してくるリティに、レオは驚くが、負けじと両腕を突き出し、リティの腕と交差させ、がっちりと肩を組んだ。 …力で勝負を挑む気ですの!? 普通、リティのような女性が素手で戦う場合、身軽な体を生かした戦い方をするのが基本だろう。 しかしリティは、あえてレオと組み合うように仕掛けた。 …もしかして単にレオ兄様と組み合いたいだけなのかしら…。 赤神官は、不思議に思っていたが、さらに信じられないことが起こったので、つい声を上げてしまった。 「ええっ!?」 「ぐあっ!!」 同時に、レオの悲鳴が聞こえた。リティに押し倒され、床に背中を打ちつけたのだ。 リティは、レオの力が痛みによって緩んだ隙に、馬乗りになって腰にまたがり、彼の両腕を片手で押さえつけ、さらに両足も押さえる。 「馬鹿な…!」 レオは、両腕両足に力を込めるが、リティは、女性とは思えない強い力で押さえつけてくる。 赤神官は、この光景を信じることができず、目をこすろうとしたが、仮面に邪魔された。 リティは、勝ち誇るように笑う。 「へっへ〜ん!力なら自分のほうが勝っていると思いましたか?甘いですよ〜♪」 「くっ…この力、尋常ではないな…。さては、魔法で力を増幅させたか」 レオがそううなると、赤神官は、なるほどと両手を叩いた。 …まあ。すでに魔法は発動していたのですね。 身動きが全く取れないレオは、あきらめたかのように、ふっと全身の力を抜いた。 「…で、これからどうする気だ。今のお前の力なら、私を昏倒させることもたやすいだろう」 そう言うレオの顔は、どういうわけか笑っていた。それは、自分の負けを認め、ふっきれた者が見せる笑みのようにも見えるが、赤神官は、それ以外の何かを、その笑みから感じ取れた。 しかしリティは、レオが負けを認めたと思い、ただでさえボリュームのある胸をドーンと張り、いたずらっ子が何かをしでかす前の、怪しい笑顔でレオに言った。 「そうですね。…でも、ただ昏倒させるだけってのも面白くありませんから…」 リティは、空いている手を、レオが身につけている胴当てに添えると…。 「とりあえず、脱がすことにしま〜す☆」 たすきの上から器用に胴当てを外し、後ろへ放り投げた。 胴当ては、赤神官の足元に落ち、ガランと音を立てる。 「な、なっなっ…脱がすって…リティさん!なんてことをぉぉ!!!」 赤神官はリティを止めようと、一歩前に踏み出た。 「いーじゃん。今のレオ様は、あたしたちにとっては敵なんだし。それとも赤神官さんは、レオ様と何か関係あるの?」 リティにそう言われ、赤神官は硬直する。 「いっ・いえ、そういうわけでは…」 「ならいいでしょ。大丈夫。下半身までは及ばないから〜♪」 そして、リティはレオの拳法着を、ゆっくりと脱がしはじめた。 「ふっふっふっふっふ…一気に脱がしてもいいんですが、ここはじっくりと楽しみながら脱がしてさしあげますよん…」 「き・貴様、変態か!!」 レオは叫ぶが、抵抗はしない。暴れたところで、どうなるわけでもないと悟っているからだろうか。それとも、実は脱がされたいのだろうか…。 「ああああぁぁぁ〜っ、お兄様が〜っ」 赤神官は、ただオロオロするだけだった。 突然、アナウンスから『バキッ』という音が響いた。 『わあっ!じ、ジーン姉さん、マイクを折っちゃだめだよ。ハイ、替えのマイク』 『あ、ご・ごめんよ。あははは…』 ジーンは笑顔で青竜からマイクを受け取るが、その笑顔からは、なぜか怒りが感じられる。 「…まったく。リティったら…」 アスカは、横目でリティを見ながら、ため息をついた。 「よそ見をする余裕があるとは、私もなめられたものだ!!」 そこへ、ライナスが殴りかかってきた。 アスカは、慌てて体をひねり、攻撃をかわすと、後ろに飛んでライナスと間合いを取った。 「ふうっ。危なかった。ライナス様と戦っている最中によそ見をするなんて、私も礼儀知らずね」 そう言って、額の汗を拭うと、すうっと息を吸い、足首を一定の方向にひねって構えた。 そのままライナスを睨みつけるが、全く動かない。どうやら、ライナスが仕掛けてくるのを待っているようだ。 「ほお。今までは積極的だったが…どうした。怖気づいたか?」 ライナスの挑発にも、アスカは全く動じない。 ライナスは、ふっと笑うと、全身に力を入れた。 「何をしでかす気か知らぬが、こちらから行くぞ!」 ライナスは、力強く前に踏み出ると、アスカに向かって一気に突っ込んで行った。 アスカは、ライナスがすぐ目の前まで来ると、足首をひねった方向に体を回転させ、その長い銀髪を、ライナスの顔面に打ちつけた。 ライナスは、まさか髪の毛で攻撃してくるとは思っていなかったためか、驚き、一瞬動きをひるませる。 「今だ!!」 アスカは、その隙にライナスの懐に潜り込んだ。 そして、手のひらを突き出すと、そこから破壊力を帯びた金色の光を放った。 「えっ!?」 「何ィ!!」 「何だ!?」 オロオロしていた赤神官も、脱がされているレオも、応援をしていたボーガンも、そろってアスカとライナスを見る。 『あれは…気功!!』 アナウンスのジーンが、身を乗り出して叫んだ。青竜は、ただ目をぱちくりさせている。 観客たちも、アスカとライナスに目をみはる。 「覚悟ォ!!」 アスカは、渾身の力で、光の宿った掌底を、ライナスの腹部に叩き込もうとした。 しかし、突然ライナスが姿を消したので、勢いあまったアスカは、前に倒れそうになり、光も消えてしまう。 どうにかふんばり、体勢を整えたアスカは、慌てて辺りを見回すと、驚愕した。 四人のライナスが、アスカを囲んで立っている。 レオを脱がすのに夢中だったリティも、その様子に思わず声を上げる。 「な・何!?どうしたのアスカ!!」 『なっ…ライナス師匠!!』 さらに、アナウンスのジーンも声を張り上げた。 ライナスの様子に、ジーンは見覚えがあった。 かつて、暗殺拳として禁じられていた"魔竜拳"を振るっていたライナスと、この闘技場で一騎打ちをした彼女が受けた技。 四体に分身し、相手を攻撃する、魔竜拳の奥義…。 「"分身気功拳"!!」 叫ぶと同時に、四体の分身は、一斉にアスカに向けて両手をかざし、そこから青白い光を放った。 それは、アスカが放った光より強く、すさまじい闘気で満ちていた。 「…!!」 アスカは、とっさに防御の構えをとった。 光は、アスカを包むと、大きな爆音を立てて床を砕き、粉々になった瓦礫は、砂煙となってライナスたちの姿を隠した。 「アスカ――――――!!!」 リティは身を乗り出し、悲痛な声を上げた。 その時、リティにのしかかられていたレオが、勢いよく腰を浮かせた。 アスカとライナスに気をとられていたリティは、バランスを崩し、つい足の力をゆるめてしまった。 自由がきくようになった足で、レオはリティの背中を打った。 「キャアッ!!」 リティは前に転がり、レオの両腕を押さえつけていた手も離してしまう。 その隙に、今度はレオが、仰向けになって倒れたリティに、おおいかぶさるようにのしかかり、手足を固めた。 「イタタタタタッ!痛い痛いってばぁ!!」 「大人しくしろ。あまり力を入れすぎると、骨が折れるぞ」 レオは、リティとは違って力任せに手足を押さえつけなかった。少しでも力を込めれば間接が痛むよう、うまく手足を絡ませている。 「ううう〜…どうしよう、アスカぁ〜っ」 リティは涙目になっているが、レオは容赦しない。 ライナスがアスカを攻撃し、レオがリティを倒し、一瞬で形勢逆転する様を、ぼうぜんと見ていた赤神官は、リティがアスカの名を呼ぶと、はっとして我に返った。 「あ…アスカさんは!?」 ライナスとアスカを包んでいた砂煙は、すでに薄れており、立ち尽くしているライナスの姿がはっきりと見える。どうやら、分身はしていないようだ。 そしてアスカは、砕かれた床の中央に、うつぶせになって倒れていた。 砂にまみれ、露出した肌の所々で擦り傷が見られるが、血はたいして流れ出ておらず、意識もあるようだ。 「うう…」 うめきながら、アスカは体を横に転がし、仰向けになった。 「アスカさん!」 「来ないで!!」 赤神官はアスカに駆け寄ろうとしたが、アスカが赤神官をキッと睨み、そう叫んだので、立ち止まってしまう。 アスカは、ライナスに向かって微笑んだ。 「お強いですね。ライナス様…」 ライナスは、厳しい表情でアスカを見下ろしている。 「いえ、それは分かっていましたが、実際に戦ってみて、実感しました」 痛みをこらえているのか、アスカの笑顔は少し苦しそうだが、それでも穏やかなものに感じられる。 「…いや、私もまだまだ修行不足だ。ジーンに敗れて以来、自ら封じていた魔竜拳を、とっさに放ってしまったのだからな。それだけ、私はお主に気圧されていた…」 ライナスは、己の拳を突き上げ、睨みつける。しかし、アスカは至って優しい笑顔のままだ。 「…ですが、私は生きています。私を殺さないよう、力を抜いて下さったのでしょう」 ライナスは、はっとしてアスカを見る。 「命を奪うことを拒むあなたの拳は、暗殺拳ではありません…」 そして、アスカは片手を軽く上げた。 「まいりました。私の負けです」 ライナスは、しばらく驚いた表情でアスカを見ていたが、ふっと笑うと、「ありがとう」と言った。 「ありゃぁ〜アスカはもう戦えそうもないな〜」 その様子を見ていたリティが、困ったように言うが、表情は穏やかだ。 レオも微笑みながら二人を見ていたが、「さて…」とつぶやくと、固めていたリティの腕を一旦解いてから、素早く片手だけで彼女の両腕を押さえつけ、上半身を起こした。 「もう魔法の効果も切れているようだな。次はお前の番だ」 リティは、ぎょっとしてレオを見る。 「心配するな。気絶させるだけだ」 レオは拳をリティの腹部に突きつけようとした。リティはイヤイヤと首を振る。 「ヤダヤダヤダー!もっとレオ様と密着していたいー!!」 レオの握り締めた拳の力が緩んだ。 「リ、リティさん!そんなことを言っている場合ではないでしょう!!」 かわりに、赤神官が拳に力を込める。 「だってぇ〜、こんな良い子のみんなには見せられないようなシチェーションをレオ様と一緒に味わえる、この貴重な時間を、もっと堪能していたいんだも〜ん♪」 リティの言う通り、確かに今の二人の様子は、とても良い子のみんなには見せられないものだった。 リティによって、上半身は完全に脱がされたレオが、バニーガール姿のリティを押し倒し、互いの両足を絡ませ、両腕を押さえつけている…。 これは、良い子に限らず見せられない光景だ。 「いっ…あ、ち・違う!!これは正当なるたたった闘いの場で生じた、止むを得ない出来事であって、だ・第一、貴様が私の服を脱がっ…ぬ、脱がすからだっだなあぁぁ!!!」 自分の立場に気がついたレオは、リティを押さえつけたまま、顔を真っ赤にして取り乱す。 「きゃあぁ〜んっ。照れてるレオ様ってカワイイ〜。もっと叱ってぇ〜ん」 そんなレオを見て、リティは甘ったるい声を出して喜ぶ。 再びアナウンスから『バキッ』という音が響く。 「な、なんてふしだらな…!この仮面の赤神官、正義の名において、あなたがた二人の行為を許すわけにはいきませんわ!!」 赤神官は、騒いでいる二人に向かって勢いよく走り出した。 「あっ!マウリがぁ!!」 闘技場の隅に立つボーガンと、呆れ顔でレオたちを見ていたライナスとアスカは、赤神官の行動に気がついたが、取り乱しているレオと、喜んでいるリティは気がついていない。 「ねえ、あたし、レオ様になら何をされたって怒らないから、レオ様も素直になって…」 「ぶっ!ばっ、誤解を招くようなことを言うな!!」 ついにレオは、リティの両腕を押さえつけている手を離してしまった。リティがニヤリと笑う。 「お兄様、覚悟ぉ!!」 我を忘れている赤神官は、レオを「お兄様」と呼ぶ。 そして、レオの懐に飛び込もうと、姿勢を低くして床を蹴った。 その時…。 「わーい!レオ様ー!!」 両腕の自由がきくようになったリティが、体を起こせるだけ起こし、レオに抱きついた。 そして…。 ゴンッ 飛び込んできた赤神官が、リティと頭をぶつけ合い、鈍い音を立てた。 「はっ…はら…ほれ…?」 「…ひれ…は…れぇ…」 赤神官とリティは、しばらく頭をふらつかせてから、ばたっと倒れた。 目を回しており、意識もない。完全に気絶しているようだ。 『ありゃ…』 アナウンスの青竜が、気が抜けるような声でつぶやいた。 熱気にあふれていた観客席も、それが嘘だったかのように静まり返っており、青竜の声は、はっきりと会場内に響き渡った。 ライナスとボーガンも、取り乱していたレオも、倒れているアスカも、ぽかんと口を開けている。 「あ…えぇと…勝者、青竜拳!!」 少しためらった後、審判は青竜拳の勝利を告げた。 とたんに観客席は熱気を取り戻し、笑い声と、つっこみ混じりのブーイングを飛ばした。 (第三戦へ) |