LUNAR2ばっかへ

華の乱舞


 "第三戦"

「さすがはライナスだ。暗殺拳は封じたというが、腕のほうは健在のようだ」
「これで青竜拳は、ギヅナ様の計算通り、決勝進出したわけですね」
「ああ。ただ、バニー拳の奴らが出場できたのは計算外だったが…まあ、いいだろう」
「問題は、あの二人…レオとボーガン。奴らがライナスと組んで出場したはいいのですが、かつての四英雄を三人も相手に、我々は勝てるのでしょうか」
「心配するな。ボーガンのほうは魔法力を失ったというし、ライナスとレオも、あの三人のコンビネーションには勝てねえさ。それに…」
「それに?」
「念のため、イヅチに保険をかけるよう、頼んでおいたぜ。ふふふ…」

   *

 第六試合終了後には、次の決勝戦に備えて、選手たちが体調を整えられるよう、休憩時間が設けられていた。
 時間的には、ちょうど昼頃なので、お昼休みと言ったほうがわかりやすいだろう。観客席でも、昼食をとっている人がチラホラと見られる。

 レオとボーガンの二人は、会場内にある日当たりのいいベンチに腰をかけ、それぞれ持参の弁当を食べていた。
「ゲッヘッヘッヘッヘ…ミリア様の手料理…これが愛妻弁当というものでしょうかぁ」
 レミーナが聞いたら怒りそうな勘違いだ。しかし、ボーガンは幸せそうにミリア手製の弁当を食べている。
「おい、あまり食べすぎると、決勝にひびくぞ」
 がっつくボーガンを、レオが軽く叱る。
「ぬぁに、どうせ私は応援をしているだけどぁから、細かいことは気ぬぃするぬぁ」
 ボーガンもまた、レオの言葉を軽く流した。
 …まあ、戦いに慣れぬ者は、うかつに手を出さずにいてくれたほうが助かるのだが…。
 かつてボーガンは、黒竜の力を得たことで、強大な魔法を自在に操り、人々の上に君臨していた。
 しかし、現在は黒竜の力を失っており、今の彼には戦う術はないに等しい。
 そのため、レオとライナスは、敵の手が届かない所で応援していてくれとボーガンに頼み、ボーガンは素直にそれに従った。
「とにかく、闘技場に立つことには変わりないのだ。決勝の相手…毒ガマ拳とかいったな。奴らがお前にまで手を出さぬとは限らぬぞ」
 真面目なレオは、自分たちの戦いが終わると、ほかの選手たちの試合を観戦し、力量を測っていた。
 中でも目を引いたのが"毒ガマ拳"。彼らの強さは、生半端な修行では得られないようなものだった。
 自分たちはほぼ無傷で、敵を確実に仕留めていく。その精密で鋭い攻撃には、レオも思わず感嘆の声を漏らしていた。決勝まで勝ち残ったのも、当然の結果だろう。
 とはいえ、実力は自分やライナスには及ばない程度のものと、レオは踏んでいる。
「いちいちうるさい男だぬぁ、お前も。本来ぬぁら、レミーナ様に命じられ、魔法ギルドの勧誘をせねばぬぁらぬ所を、わざわざ大会に参加してやったというぬぉぬぃ」
「それはそうだが…む?」
 会話の途中、ボーガンが弁当袋の中から小ビンを取り出したことに、レオは気がついた。
 ボーガンがビンの栓を抜くと、つんと鼻につくにおいが広がった。
「ボーガン、それは何だ?」
「とぁだの香辛料どぁ」
 ボーガンは、ビンの中に入っていた赤い液体を、数滴、弁当に垂らす。
 一瞬、レオの脳裏に、かつてマウリに飲ませた薬がよぎる。
「ちょっと見せてくれ」
 そのため、レオにはボーガンが持つビンの中の液体が、気になって仕方がなかった。
「別にかまわぬぐぁ」
 ボーガンは、栓を抜いたままのビンを、レオに手渡した。レオは、ビンの口に顔を近づけ、中を覗こうとした。
 と、そこに…。
「おっと、ごめんよっ」
 どこからともなく現れたジーンが、レオの後頭部に肘鉄をかました。
「ぬおぉっ!」
 レオは前につんのめり、その拍子にビンからあふれた多量の香辛料を、思いきり飲んでしまった。
「ガ――――――ガガガガガハッゲホッ!はっはらっはらひぃぃ!!!」
 そうとう辛いのだろう。レオはビンを放り投げ、顔を真っ赤にしてむせ返る。
「おやおや、悪いねぇ。…でもまあ、準決勝で女の子といちゃついていた奴には、いい薬だろ。決勝前に気合を入れてもらったと思って、感謝しな」
 何やら怒っている様子のジーンは、それだけ言うと、プイッとそっぽを向き、その場を去っていった。
「ひーん!ひまのあはらほらろ!わらひがはにをひらほひゅーのら!!」
 レオは、早足で去り行くジーンに向かって「ジーン!今のはわざとだろ!私が何をしたというのだ!!」と叫ぶが、上手く舌が回っていない。
「お・おい、大丈夫か!?」
 ボーガンは、ビンを拾いつつも、レオを心配する。
「ほげっ、ほれより、ひずぅ!ひずをふれぇ!」
「ひず?ああ、水か。ちょっとむぁっていろ」
 ボーガンは、慌てて弁当袋の中をあさった。そして、一通りあさった後、ゆっくりと片手を上げて言った。
「すまん。ない」
「はに―――――!!!?」
 レオはボーガンの襟首を掴み、顔を近づけて睨んだ。しかし唇が腫れているので、かえって笑える。
「あ、しかし、控え室になるぁ、選手だけに特別に支給されとぁ水があったぬぁ。すぉれを飲んで来い!」
 ボーガンは、自分もタラコ唇であるにもかかわらず、密かに笑っている。
 そんなボーガンを突き飛ばすと、レオは唇を手で覆って控え室へとすっ飛んだ。

   *

 会場の賑わう声は聞こえるが、人目のつかない場所に、アスカは立っていた。
 アスカの目の前、少し間を置いた所に立っているライナスは、何やら難しそうな顔でアスカを見ている。
「こんな所に呼び出して…聞きたいことがあるとか言っていたが、何の話だ」
 ライナスの口調は、なぜか重く、威圧感があったが、アスカはひるまない。
「…なぜ、予選に出ていた青竜拳の方たちが出場せず、ライナス様たちが助っ人として出場しているのかを、教えてください」
 静かに…だが鋭い口調のアスカの言葉に、ライナスは眉をひそめる。
「それを聞かれるとは思っていた。だが、知ってどうする」
「実は、私とリティを除くバニー拳の仲間たちは、予選が終わると、急に体調を崩し、アザドへ連送されたのです」
「何っ!?」
 ライナスは驚き、少し身を乗り出す。
「原因はわかりません。仕方なく、何事もなかった私とリティが、仮面の赤神官さんに助っ人をお願いして大会に出場しました」
 ライナスは下を向き、考え込むようなしぐさをする。
「そうか…お主らも、そのような目に会っていようとは…」
 今度はアスカが身を乗り出す。
「やっぱり、青竜拳の方々にも何かあったのですね!」
 ライナスはうなずき、顔を上げる。
「うむ。お主らと同じく、青竜拳の者たちは全員体調を崩し、大会には参加できなくなってしまったのだ」
「そうですか…。ライナス様。これはおかしいと思いませんか?私には、とても偶然の出来事とは思えません」
「では、どう思っているというのだ」
「おそらく、私たちが本戦に出場することを快く思っていない輩が、何らかの方法で私たちを欠場させようとした…そう考えています」
「ふむ。なるほどな」
 そう言って、ライナスは黙り込んだ。どうやら、再び考え事をしているようだ。
 アスカは、話を続ける。
「一回戦で、ライナス様たちと戦うはずだった酔拳の方たちも、その輩によって欠場してしまったのだと思います。いくらなんでも、本戦を目前に控えている時に、全員が二日酔いに至るまで飲むことなんて、ありえません」
 ライナスは、黙り込んではいたが、アスカの話は、しっかりと聞いていた。しばらくして、ようやく口を開く。
「…確かに、私も始めのうちはそう考えた。だが、ただ欠場させるだけではなく、何か他の目的があるのではないか?」
「他の目的?」
「うむ。第五試合を始める前に、私はあくまでも助っ人として参加していると、お主に言ったな。本来、私は大会に参加する気はなかった」
 アスカは、ライナスが何を言いたいのかわからず、不思議そうな顔をしている。そんなアスカを気にせず、ライナスは話を続ける。
「大会本戦直前に、大会に参加する見込みのある者が全員倒れるという不自然な出来事があれば、疑問に思った私が、真相を確かめるべく大会に出場する可能性があるということを、その輩は考えていなかったのだろうか」
 アスカは、まだ不思議そうな顔をしているが、ライナスの話は大人しく聞いている。
「そして、もう一つ。武闘大会を観戦するためにホーンへ来たレオと、これを機に魔法ギルドの宣伝をしに来たボーガンは、私の勧めで、青竜拳の道場に泊まり、予選が終わってからも、我々と行動を共にしていた。だが、どういうわけか、我々三人だけは、体調を崩すことはなかった」
「そうだったんですか。でも、それは本当にライナス様たちは出場しないと思っていたからではないのですか?」
「確かに、その考えも捨てることはできぬ。だが、本戦で決勝までに我々と戦う可能性のある流派が、アルマジロ拳以外は同じような目に会っていることから、私はこう推測しておる。…我々三人が、青竜拳の名で出場し、決勝まで勝ち残れるよう、仕向けているのではないか…とな」
 アスカは、はっとして手を叩いた。
「なるほど…でも、なぜアルマジロ拳の方たちだけが本戦に出場できたのでしょうか。…まさか、アルマジロ拳の方たちが、ライナス様たちと戦うために…?」
 ライナスは、首を横に振った。
「彼らは、私に恨みがあるかもしれぬ。私が暗殺拳を振るっていた頃の大会で、私の弟子たちにやられたことがあったからな。だが、その弟子たちも、体調を崩して倒れてしまった。以前の大会のことで、我々との再戦を望んでいるのであれば、無関係なレオとボーガンではなく、その弟子たちを参加させようとするはずだろう」
「…それもそうですね。では、いったい誰が何のために…」
「はっきりとしたことはわからぬ。だが、何が目的であろうと、次の決勝では必ず勝つ。無念にも倒れてしまった者たちのためにもな」
 力強くそう言ったライナスに、アスカは一瞬ドキッとしてしまう。
 以前、アスカは赤神官に、今のライナスと同じようなことを言った。
 それを思い出したアスカは、ライナスが自分と同じ気持ちで大会に出場したということに気がついたのだ。
 今まで、仲間たちのためにと気張っていたアスカの心が、徐々に和らいでいった。
 戦っているのは、自分一人だけではない。
 リティに赤神官。そしてライナス。おそらく、レオとボーガンもそうだろう。
 リティと赤神官についてはわかっていたが、今のライナスの言葉で、改めて身にしみた。
「…ライナス様。頑張って下さい。応援しています」
 アスカは優しく微笑み、そう言った。
 ライナスはうなずき、それに答えた。

   *

「いい、赤神官さん。絶対に物音を立てないでね」
「はあ…」
 青竜拳の控え室の裏を、赤神官とリティは、忍び足で歩いていた。
 赤神官は、例の赤い服と紺色のマント姿に着替えているが、リティはバニー姿のままだ。手には色紙を抱えている。
「でもリティさん。レオ兄さ…いえ、レオ様のサインを頂きに行くのに、なぜコソコソと窓から入らなければいけないのですか?」
 赤神官は、昼食をとり終えると、レオにサインをもらいに行くと言うリティに、ほぼ強引についてきた。
 何しろ、あんな試合の後だ。またリティがレオに何かしでかしたら…そう考えると、いても立ってもいられない。
「だって、着替え中だったりしたら覗けてラッキーじゃん♪」
 リティは楽しそうに言うが、赤神官は本気で怒る。
「なっ・何ですって!?そんなこと、この正義の赤神官が許すとでも思って!!」
「わあっ!冗談だよっ!ただレオ様をびっくりさせたいだけなんだってばぁ」
 赤神官が、あんまり熱くなって詰め寄るので、リティは逃げ腰になる。
「…本当でしょうね」
「本当っ。本当だよっ」
 そう言いつつも、リティの口元は、怪しい笑みを浮かべている。
 落ち着きを取り戻した赤神官は、肩をすくめる。
 …とにかく、私がしっかりとリティさんを見張っておかなくちゃ!でないと、レオ兄様が…。
 そうこうしながら、二人は窓がある所まで来た。
「気をつけてね赤神官さん。なんてったって、相手はレオ様なんだから。ばっちり気配を消しておかないと、すぐに見つかっちゃうんだよ」
 赤神官に、そう注意すると、リティはざっと周囲を見回し、赤神官以外に誰もいないことを確認すると、そろりそろりと窓に近づいた。
「さてと…レオ様はいるかな〜」
 リティは、窓から部屋の中を覗こうとしたが、赤神官に腕を引かれて止められた。
「いけません!まずは私が中の様子を確認します!」
 そして、赤神官はリティを押しのけ、部屋の中を覗いた。リティは面白くなさそうに唇を尖らせる。
「もおっ。赤神官さん、頭が固いよ〜っ。…で、どう?レオ様、いる?」
 リティは、わくわくしながら赤神官の返事を待つが、赤神官は何も言わない。
「何?どうしたの?」
「しっ!…静かにして下さいませ」
 赤神官は、人差し指を立て、リティに注意すると、今度はその指先を部屋の中へと向け、リティに中を覗くよう、合図を送る。
 その赤神官の表情は真剣で、不思議に思ったリティは、緊張しながら、そおっと中を覗く。
 部屋の中にレオの姿はなかった。ライナスとボーガンも見当たらない。
 いるのは、全身黒ずくめの服を着た、見慣れない男一人だ。
 彼は、レオたちの荷物を、ごそごそとあさっている。
 …まさか、泥棒?
 そう思いつつも、赤神官は慎重に男を見張る。
 男は、大会本戦に出場する選手に配給された水筒を見つけると、それを手に取って蓋を開けた。そして、懐から三角に折りたたまれた紙を取り出し、角を水筒の口に近づけた。
 そこから流れ出る白い粉が、サラサラと水筒の中に注がれる。
「そこまでよ!」
 そう叫び、赤神官は、窓から部屋の中に飛び込んだ。男は驚き、水筒を手にしたまま、とっさに三歩ほど退く。
「あなた、お兄…じゃなくて、レオ様たちの水筒の中に、何を入れましたの?」
 赤神官は、仮面の下から男を睨みつけた。男も負けじと赤神官を睨みながら、水筒の蓋を閉める。
「ちょっとぉ!レオ様の物に変なことをするなんて、いい度胸してるじゃない!!」
 赤神官に続き、部屋の中に飛び込んできたリティが、色紙を投げ捨て、男に殴りかかった。
 男も水筒を投げ捨てると、大きく後ろに跳び、服の袖口から取り出した星型の刃を、リティに投げつけた。
「ひゃあぁっ!」
 リティは慌ててそれをかわすが、面識のない武器だったため、気が動転して足がもつれ、転んでしまう。
 その隙に、男は部屋の入り口から外へ逃げようとする。
「甘いですわ!」
 しかし、赤神官に行く手を阻まれ、足を止める。
「はあっ!」
 赤神官は、男の脇腹を狙い、蹴りを繰り出した。
 男は、高く飛び上がってそれをかわすと、再び星形の刃を取り出した。
 赤神官は、素早く体勢を立て直し、投げつけられた星形の刃を華麗にかわした。刃は壁に突き刺さる。
 男は舌打ちをし、赤神官から少し離れた所で着地を決める。
 …強い。只者ではなさそうですわね。
 そう思いつつ、赤神官は男と対峙する。
「赤神官さん!挟み撃ちにしよう!!」
 転んでいたリティが、男の後ろに回りながら、赤神官に言った。男は、赤神官とリティを交互に見る。
「もう逃げ場はなくてよ!覚悟なさい!!」
 赤神官とリティは、じりじりと男に詰め寄る。
「…くそっ!」
 男は、懐から布きれを取り出し、続いて握りこぶし一つぶんくらいの大きさの玉を取り出した。
「何をなさるおつもりで!!」
 赤神官が床を蹴った。同時にリティも男に飛びかかる。
 男は、布で鼻と口を覆うと、玉を床に強く叩きつけた。
 玉はボンと音を立てて弾け、多量の白い煙を噴出した。
 それを吸い込んだ赤神官とリティは、咳き込み、動きを止める。
「ゲホッ…な、何ですの、これは…!」
 煙は部屋中に広がり、赤神官の視界から男とリティの姿を消した。
「くっ…逃がしませんわよ!」
 赤神官は、どうにか煙を払えまいかと、両手で宙をかき回す。
「心配せずとも、逃げやしないよ」
 背後から、男の声が聞こえた。赤神官は、素早く後ろを振り返った。
「逃げるのは、お前らをぶっとばした後さ!」
 男は赤神官の肩を掴み、拳を振り上げた。
 赤神官は、とっさに両腕を顔の前で交差させ、防御の体勢をとった。
 しかし、男が攻撃をする前に、何者かの蹴りが男の脇腹を打った。男は横に飛ばされ、体を壁に叩きつける。
「ひさまぁ!はらひの妹に手をらすとは、それなりの覚悟があってのことらろうな!!」
 男を蹴り飛ばし、赤神官の前に現れたのは、唇を赤く腫らしたレオだった。
「ぷっ…レオ兄様?」
 その様子に、赤神官は思わずふき出してしまう。
「マウリ!何もされれいないか!?怪我はらいか!?はらひが来たからには、もう心配無用ら!!」
 今度はレオが赤神官の肩を掴み、ガクガクとゆすった。赤神官は「あわわわわ」と揺れる。
「っきゃあああああぁぁぁぁ!!レオ様レオ様レオ様――――――!!!」
 さらに、煙の中からリティが飛び出し、レオにしがみついてグリグリと頬を摺り寄せた。
 こうして三人が揺れている間に、煙は薄れていった。男の姿はどこにも見当たらない。
「あわわぁ…逃がしてしまいらひはれれれ…」
「おい、女!ひーかげん離れろ!」
「やーん、もっと言って〜女って呼んで〜」
 赤神官は目を回しており、リティにしがみつかれているレオは、唇だけではなく、耳の先まで赤くしている。
「れれれ…はっ!リティさん!何をしておりますの!!」
 赤神官に引っぺがされ、ようやくリティはレオから離れる。
「ふう、やれやれ。…ひかし、今の男は何者ら。マウリに手を出しおって…」
 そう怒りながら、レオは赤神官の肩を離し、床に転がっている水筒を拾った。赤神官は「マウリではなくてよ」とつぶやく。
「そうですね。誰だったんでしょう。なんか変な武器を使っていましたし…」
 赤神官に邪魔をされ、少しむくれ気味のリティは、壁に突き刺さっている星形の刃を引き抜き、手のひらに乗せて二人に見せた。
「何でしょう。変わった武器ですわね」
 赤神官は、リティが手にしている武器を、めずらしそうに覗き込む。
「それは"手裏剣"というものら」
 水筒の蓋を開けながら、レオは言った。
「手裏剣?」
「何ですか、ソレ」
 赤神官とリティは、同時にレオを見た。レオは水筒の中の水を一口飲んでから、二人に説明した。
「我々とは異なった、独特な文化を持つ地で生まれた武器と聞く。実際に見たのは初めてだが…よくできているものだ」
 水を飲んだためか、舌が上手く回っている。
「はぁ…そうなのですか…」
「さっすがレオ様!物知りー!!」
 赤神官とリティは、感心しながら再び手裏剣を眺める。
「…あれ?これって…」
 ふと、リティが何かに気がついたようだ。
「どうなさいましたの?」
「この武器…毒ガマ拳が使ってた武器と同じだ!試合中に使っていた所を見たことあるもん!…そういえば、毒ガマ拳のカッコだって、全身黒の服だったし…」
 リティは、声を上げて言った。
「…そうか。今の男が奴らの仲間である可能性が高いということか!必ず見つけ出し、マウリに手を出した罪の重みを思い知らせてやる!」
 レオは腰に手をあて、水筒の中身を一気に飲み干した。
「ですから、私はマウリではなくてよ!」
 赤神官は否定するが、レオは全く聞いていない。
「しかし、奴は何が目的でマウリを…そういえば、お前たちも何故ここにおるのだ」
 レオは水筒を置くと、赤神官とリティに尋ねた。
「え、ええ。実はリティさんが…」
 赤神官が、そこまで言いかけた時、外のアナウンスから青竜の声が響いてきた。
『ピンポンパンポーン♪そろそろ決勝戦を始めるよ〜。青竜拳と毒ガマ拳の選手さんは、すみやかに闘技場に上がって下さ〜い』
「むっ。もうそんな時間か」
 レオは、剣をくくりつけているたすきを整え、腰帯をきつく締めた。
「あ、お兄…じゃなくてレオ様、気をつけて下さい!」
「レオ様!頑張って下さいね!私、応援しています!!」
 赤神官は不安そうに、リティは目を輝かせながら、それぞれレオに言った。
「ありがとう。では、行ってくる!」
 レオは二人に力強い笑みを見せると、駆け足で部屋を出て行った。赤神官とリティは、手を振ってレオを見送る。
 レオの姿が見えなくなると、二人はふうっと一息ついた。
「さて…私たちも行きましょう。レオ様の応援をしなくちゃ」
 赤神官は、リティの肩を軽く叩いた。
「うん、そうだね。…でも、何か忘れているような気がするんだけど…」
「あら、そうでしょうか」
 赤神官とリティは、その場で考え込んだ。数秒後、リティが「あっ!」と声を上げる。
「思い出しましたか、リティさん」
「…サインもらうの忘れてたぁ!」
 リティは、床に投げ捨てていた色紙を、慌てて拾った。
「あっちゃあ〜…何で忘れてたんだろ〜」
 リティは悔しそうに色紙で頭をぺちぺちと叩いた。そんなリティを、赤神官がなだめる。
「まあまあ。サインなら後でもお願いできますわ」
「うう…そうだね。またレオ様に会うキッカケもできたことだし…いっかぁ」
「そうそう。何事も前向きに考えましょう」
 そして二人は部屋を出ようとして…。
「あっ!」
 再びリティが声を上げた。赤神官は、今度は何事かと立ち止まる。
「…あのさぁ。あの黒服の男、水筒の中に粉を入れていたよね。アレ、何だと思う?」
「そういえば…そうでしたわね。少なくとも体に良いものとは思えませんが…」
「そうだよね。普通そう考えるよね。…でもさ、その水筒の中身…レオ様が全部飲んじゃったんじゃないかな」
 リティがそう言い終えると、二人はそのままの表情で固まった。
 そして、五秒ほど沈黙が続いた後…。
「ア―――――――――――――――――ッ!!!!!!」
 会場の外まで響き渡りそうな声で、二人は絶叫した。

   *

『おまちかね!ついに決勝戦が始まるよ!この闘いで、今年最強の拳法が決まるんだってさ』
 実況の青竜が、ノリノリの声で、観客たちを沸き立てた。さすが決勝戦なだけあって、観客席は、今まで以上に賑わっている。
『その最強の座を巡って、この闘技場で戦う選手さんたちを紹介するよ。まずは"毒ガマ拳"!今年で初出場らしいけど、決勝まで勝ち上がってきたよ。すごいね〜』
 闘技場に立っている、黒装束の男三人…毒ガマ拳の選手たちは、観客たちの歓声も気にせず、無表情で前を見据えている。
 その視線の先に立っているのは、ライナス、レオ、ボーガンの三人である。
『対するは、拳聖、騎士、魔道士として、それぞれ名高い、青竜拳の助っ人だぁ!これは手強いぞ〜…って、今までロクな勝ち方をしていない気もするけど』
 青竜の無邪気な毒舌に、ライナスたちの顔がひきつる。
『ハハハ…でも、ライナス師匠とレオの実力は、あたしが保障するよ。ライナス師匠とは、何度か手合わせをしたことがあるしね』
 解説のジーンが発言する度に飛び交う黄色い声援は、いいかげんうっとうしい。
『ふ〜ん。で、毒ガマ拳は勝てそう?』
『…個々の実力なら、青竜拳のほうが上だね。でも、毒ガマ拳のコンビネーションはあなどれないよ。今まで、ほぼ無傷で確実に勝ち残ってきたからね』
 それを聞いた毒ガマ拳の選手の一人…変わった形の短刀を手にしている男が、不敵な笑みを浮かべた。
「ククク…あの女の言う通りだ。いくらかつての四英雄とは言え、我々の戦術の前では恐るるに足らず…」
 ライナスとボーガンは表情を崩さないが、ジーンを「あの女」と言われたためか、レオはムッとする。
 今度は、分銅と鎌のついた鎖を腕に絡めている男が口を開いた。
「そういうこった。お前らは俺たちに倒されてエンドってワケ。…そうだ。倒される相手の名前くらい覚えておきたいだろ。俺の名は…」
「貴様の名前など興味はない」
 いやみのきいた口調で話す彼の言葉を、レオがさえぎった。
「それより、貴様らの仲間らしき者が、我々の控え室に侵入しておったが…心当たりはあるか?」
 レオは、毒ガマ拳の三人を睨んだ。彼らは動揺し、微かに肩を震わせる。
「何?」
「ぬぁんだと?」
 ライナスとボーガンも、彼らを睨みつけた。
「…フン。知らねぇな。それより、試合に集中しようぜ」
 短刀男が、鼻で笑って言った。そして、仲間の二人に手で合図を送ると、彼らはレオたちと間合いをとり、それぞれ戦闘体勢に入る。
「…そうだな。試合を終えた後、じっくり聞くとしよう」
 レオとライナスも、数歩後ろに下がってから構え、ボーガンは彼らとは大幅に離れた闘技場の隅へと移動する。
 数秒後。両チームの間に立つ審判が、「始めっ!」と開始の声を上げた。

 試合が始まる前から、応援席は二つ分かれ、一方は青竜拳を、もう一方は毒ガマ拳の応援に熱を上げていた。
 どちらもすさまじい白熱ぶりだが、特に気合が入っているのは、青竜拳側…の、観客席の一番前で騒いでいる女性二人、赤神官とリティである。
「ファイト!ファイト!レオ兄…じゃなくてレオ様ー!!」
「頑張れ頑張れレオ様!負けちゃイヤー!!!」
 二人は、青竜拳側の、特にレオの応援に徹し、いつの間にか用意したプラカードを振り回し、悲鳴に近い声を張り上げている。
「…あなたたち。ずいぶん気合の入った応援をしているのね…」
 リティの隣に座っているアスカは、この二人のテンションの高さに、少々逃げ腰になっている。
「あったり前よ!だって、あたしたちのせいでレオ様が…い、いや、とにかく、あたしはレオ様を応援するの!」
「そそそそそう!そうですわ!!アスカさんも一緒に応援しましょう!さあ立って立って!!」
 慌てながら、赤神官はアスカの腕を引き、立ち上がらせた。アスカは、何やら動揺している二人に首をかしげる。
「…そうね。私も応援しなくちゃ。…でも、その前に、話を聞いてくれる?」
 赤神官とリティは、「何?」とアスカを見る。
「実は私、さっきの休憩時間中に、ライナス様と会ってきたの。なぜライナス様たちが大会に出場しているのかを聞くためにね」
 アスカの「休憩時間」という言葉に、赤神官とリティはビクッとする。幸い、アスカは気付いていない様子。
「へ、へぇ。そうなんだ」
「ま、まあ、そうでしたの。…で、ライナスさんは何と?」
 アスカは、闘技場で毒ガマ拳と対峙しているライナスを、じっと見つめながら話した。
「それが、私たちと同じように、予選が終わると、ライナス様たちを除く、青竜拳の道場にいた人たち全員が、体調を崩してしまったそうよ」
「何ですって!?」
「ええっ!?」
 赤神官とリティは、同時に声を上げて驚いた。アスカは深刻そうな顔つきで続ける。
「それで、無事だったライナス様たちは、事の真相を探るために、大会本戦に助っ人として出場しているの。やっぱり、私たちと同じようにね」
 アスカの表情が、少しだけ和んだような気がしたが、赤神官は、それより他のことが気になった。
 …まさか、あの控え室に忍び込んだ男が…?
 水筒の中に妙な粉を入れたように、バニー拳や青竜拳にも、何か細工をしたのではないか。赤神官は、そう考える。
 少しうつむき加減のリティも、同じようなことを考えているのだろうか。時折、横目で赤神官を見ている。
「ライナス様も、みんなが倒れたのは何者かの仕業だと考えていたわ。…ただ、私たちとは少し考え方が異なっているけど」
「どういうことですの?」
 赤神官が、アスカに問う。
「私たちは、ただ何者かが私たちを欠場させるために仕組んだことだと考えていたけど、ライナス様は、自分たちが大会に出場し、決勝まで勝ち残れるように仕向けられているのではないかと、考えているらしいの」
 アスカの答えに、赤神官は、う〜んとうなる。
 …では、お兄様たちを大会で優勝させるために…?
 その可能性はある。しかし、その何者かが、あの控え室にいた男だとしたら、なぜ水筒に妙な粉を入れる必要があるのだろうか。
 あの粉が、人体にどのような影響を与えるかは分からないが、良いものだとしても手が込みすぎている。
 かつての四英雄であるレオやライナスの強さを知らないわけではあるまい。ドーピングなどせずとも、負ける可能性など考えられない。
 …やっぱり、あの粉は人体に悪影響を与えるものとしか思えませんわ。レオ兄様たちを優勝させるためではなく、もっと別の何か企んでいるのでは…。
 赤神官が、あれこれ考えていると、突然、観客たちが沸き立った。赤神官は、はっとして闘技場を見る。
 毒ガマ拳が、二手に分かれたレオとライナスに、攻撃を仕掛け始めたのだ。
 彼ら三人の内、短刀男と鎖男はライナスへ、残る一人はレオへと、それぞれ狙いを定め、攻撃を続ける。
 何の手出しもしてこないことを分かりきっているからだろうか。相変わらず、闘技場の隅にいるボーガンは無視しているようだ。
「ライナス様…」
 毒ガマ拳の二人を相手に戦うライナスを、アスカは手に汗を握って見つめる。
「きゃー!レオ様カッコいいー!!頑張ってェー!!」
 リティは甲高い声を上げて、レオを応援する。レオは剣を抜き、投げつけられる手裏剣を弾き返している。
 …お兄様…。
 赤神官は、胸元を強く握り締めた。
 できれば、ここから神官の力でレオを助けてやりたいが、それでは反則になってしまうし、何よりレオが許さないだろう。
 ただ応援することしかできない自分に、もどかしさを感じる。しかし、レオのためにできる唯一のことがそれであれば、精一杯応援しよう。
 自分が犯したミスに対する責任感と、兄への思いが、そんな気持ちを膨らませる。
 赤神官は、アスカとリティが試合に熱中していることを確認すると、素早く仮面を外し、声を張り上げた。
「レオ兄様!頑張ってー!!」

 毒ガマ拳の強さは、レオの予想通りのものだった。
 彼らの試合を観戦している時から、強いということはわかっていたが、実際に戦ってみると、それを改めて思い知らされる。
 特に、三人そろっての連携した動き…。互いに互いの弱点を補い合い、相手や仲間の動きを冷静に分析しながら戦う、そのコンビネーションには、レオも目を見張っていた。
 同時に襲い掛かられると、苦戦を強いられるだろう。だから、レオとライナスは、あらかじめ二手に分かれておいた。
 そのため、毒ガマ拳も二手に分かれることになり、二人はライナスに、一人はレオに狙いを定めた。
 …ライナスに対して、短刀を持つ男と、鎖を持つ男がついたのは、私は剣を扱う分、リーチが長いからだろうか。それとも、ライナスを警戒しているのか…。
 戦いながら、レオはそんなことを考える。
 今、レオが相手にしている毒ガマ拳の男は、動きが素早く、飛び道具を駆使しているので、こちらからの攻撃はなかなか届かない。
 接近戦を主体とするレオに対して、それは妥当な戦術だろう。
 …この武器…手裏剣は、確かにマウリたちを襲った男が使っていたものだ。やはり毒ガマ拳の連中が…。
 しかし、考え事をしている余裕はあった。
 一方、ライナスは、二人を相手に苦戦しているようだった。
 あのライナスが、そう簡単に負けるはずはないだろうが、様子からして、戦いが長引けば、どう転ぶかわからない。
 …とにかく加勢せねば。だが、今は私が相手をしている男を倒さなければならぬ。
 今すぐライナスに加勢しようと思えば、それは可能だが、そうすると、相手は三人同時に襲いかかってくることになるだろう。できるだけ、それは免れたい。
 だが、個々の実力ではレオの方が上だ。
 …戦いを長引かせるわけにはいかん。即決で勝つ!
 レオは、攻撃を防ぎつつも、胴当てを外した。そして、それを盾のように構えると、手裏剣男に向かって突進した。
 レオの行動に驚いた彼は、とっさに手裏剣を投げつけたが、胴当てによって防がれる。
 今度は、レオが手裏剣男の顔面をめがけて胴当てを投げつけた。胴当ては、手裏剣男の視界から、レオの姿を隠す。
「ちぃっ!」
 手裏剣男は、大きく後ろに跳んで胴当てをかわすと、手にしている手裏剣を、レオに投げつけようとした。
 しかし、レオの姿は見当たらない。
 手裏剣男が、それに驚いた、次の瞬間、すぐ目の前に剣を構えたレオが姿を現した。
「亜空閃!!」
 瞬間移動により、相手との距離を一気に縮めて斬りつけるレオの剣技が、手裏剣男の腹部を見事とらえた。
 剣の腹を水月に叩き込まれた手裏剣男は、嗚咽を漏らすと白目をむいて倒れた。
 闘技場の隅にいるボーガンが、ぱちぱちと拍手をする。
「なっ…やられんのが早ェよ!」
「クソッ、さすがはゾファーを倒した英雄なだけあるな!」
 その様子に気がつくいた、残る毒ガマ拳の二人は、狼狽を隠せずにいる。
「ライナス!加勢するぞ!!」
 レオは、ライナスに向かって叫んだ。
「ヤベェぜ!ライナスとあいつの二人を相手に、俺たちゃ勝てんのかよ!」
 鎖男は、ずいぶん慌てているが、短刀男は落ち着いている。
「落ち着け!取り乱しては勝てる戦いも勝てん!」
「ほお。私に勝てる気でいたとはな!」
 騒いでいる二人に、ライナスが攻撃を仕掛けた。二人は紙一重でそれをかわす。
 鎖男は、いらだたしげに歯噛みをする。
「クソッ…てめえらが、あの薬さえ飲んでいりゃ…」
 ライナスを睨みつけながら、そう呟いた鎖男に、ライナスと短刀男が叫んだ。
「薬?どういうことだ!」
「バカ!言うな!!」
 短刀男が、鎖男の腕を掴んだ。
「とにかく、一度退くぞ!」
 毒ガマ拳の二人は、ライナスから離れようとする。
「させぬ!!」
 しかし、それより早く、レオが剣を振りかぶった。毒ガマ拳の二人は、ぎょっとしてレオを見る。
 レオの剣は、魔法力を帯びて金色に輝いている。
「くらえぇぇぇ!!!」
 雄叫びを上げ、レオは剣を振り下ろした。
 しかし…。
「うっ…」
 突然、強烈な目眩に襲われ、レオは足がもつれて転んだ。
 その拍子で、手から剣がすっぽ抜け、ライナスに向かって飛んでいった。ライナスは驚き、「おわぁっ!」と悲鳴を上げる。
 剣は切っ先をライナスに向けている上に、魔法力を帯びているので、このままではライナスの体を貫通しかねない。
 ライナスは、慌てて剣をかわす。剣は闘技場を飛び出し、地面に突き刺さった。
「隙あり!」
 体勢が崩れたライナスの体に、鎖男の鎖がからみついた。
「ぬうっ…」
 ライナスは、全身に力を込めるが、鎖はビクともしない。
「ぎゃはははははは!てめェらは本当にマヌケだなあ!おかげで助かったぜ!!」
 鎖男は、品のない口調で大笑いする。
「くっ…レオ!何をしておる!!」
 ライナスの声は、レオの頭にガンガンと響いた。
 レオは頭を抱えながらも、どうにか立ち上がった。しかし体はふらついている。
「うぅ…おかしいな。こんなはずではなかったろらが…ヒック…」
 レオの様子がおかしいことに、ライナスとボーガンは気付いた。
「おい、レオ!ぬぁにがあったのどぁ!!」
 ボーガンは叫ぶが、その声はレオには全く届いていなかった。
 全身がほてり、思考がうまく働かない。
 平衡感覚が弱まっており、体をあっちへフラフラこっちへフラフラさせる。
「ヒック…な・何だこれはぁ…私はいったいろーしてしまった…ヒック…のらぁ…」
 顔を赤くし、目をぐるぐる回しながら闘技場をふらつくレオの様子は、まるで酔っ払いのようだった。

 様子がおかしいレオを、赤神官…いや、マウリたちは、目を丸くして見ていた。
「お兄様?どうなさったのかしら…」
「どうしちゃったんですかレオ様!大丈夫ですかー!!」
 リティは、相変わらず騒がしい。
「…あれは…まさか…」
 アスカは、何やら驚いている様子だ。
「アスカさん?どうなさいましたの?」
 マウリは、アスカへと顔を向ける。
「ええ、実は…あら?赤神官さん、仮面を外したのね」
 アスカがそう言うと、レオに声援を送っていたリティも、マウリの顔を見て「あ、ホント」と呟いた。
「な・何のことかしら。私はマウリ。赤神官ではありませんわ」
 マウリは、アスカたちから視線をそらす。
「えーっ!?マウリさんって、レオ様の妹さんのぉ!?赤神官さんがマウリさんだったの!?」
「ですから、赤神官ではありません!!」
「ほぇ?なんで?さっきまで赤神官って名乗ってたじゃん」
「記憶にございませんわ」
 赤神官とリティは、ああだこうだと言い合っていたが、アスカに止められた。
「まあまあ。それより…リティ、レオさんの様子に見覚えはないかしら」
 アスカに言われ、リティはレオを凝視する。
 レオは、頭を抱えながら、今にも倒れそうな千鳥足でふらついている。
「…お酒を飲みすぎたロンファのようですわ。…でも、レオ兄様は、ああなるまでお酒を飲む方ではありませんのに…」
 マウリも、リティと並んで、不思議そうにレオを眺める。
「…あーっ!!あれ、みんなと同じじゃないのー!!」
 突然、リティが大声を出すので、マウリは驚き、肩を震わせる。
「同じって…どういうことですの、リティさん」
 マウリはリティに問うが、リティは動揺しており、声が聞こえていないようだ。
 代わりにアスカが答えた。
「私たちの仲間…バニー拳のみんなが倒れた時と、今のレオさんの様子が、全く同じなの」
「ええっ!?」
 リティに続き、マウリが声を上げる。
「…まさか、レオさんも、みんなと同様、何者かに細工をされたのかしら…」
 真剣な顔つきで、アスカがそう言うと、リティはさらに熱を上げた。
「エエ――――――ッ!!?どどどどどうしよう赤神官さん!!やっぱりあの粉が原因なんだよぉ!レオ様があれを飲まなきゃ、ああはならなかったもしれないのにィ!あ〜んっ。あたしたちってドジだよ〜」
「リティさん、落ち着いて下さい!それに私は赤神官ではありませんわ!!」
 マウリとリティは、再び二人で騒ぎ出す。
「粉?粉って何?二人とも、何か知っているの?」
 リティの言葉を聞いたアスカが、二人に詰め寄った。ドキッとした二人は騒ぐのを止め、体を硬直させる。
「あ・いえ、あの、その…」
「えっと…ご・ごめん。アスカ」
 顔を引きつらせ、だらだらと冷や汗を流している二人を、アスカはしばらく睨みつけていたが、ふいに肩の力を抜き、ため息をついた。
「…後で詳しく話を聞かせてちょうだい。今はライナス様たちを応援しましょう」
 アスカは、闘技場へと向き直った。マウリとリティも、レオへの応援を再開する。

 体を鎖で戒められつつも、繰り出される攻撃を、ライナスはどうにか防いでいた。
「ら・ライナス!かっ…ヒック!加勢するぞっぞっぞ…ヒック」
 などと言って、レオはライナスとは明後日の方向へと進んでしまう。
 そんなレオを、鎖男が大笑いしながら見ていた。
「ぎゃははははは!!さんざんカッコつけておいて、何だあのざまは!あ〜腹イテェ!!」
 短刀でライナスに攻撃を仕掛けている、もう一人の毒ガマ拳の男も、ニヤニヤと笑っている。
「ククク…イヅチの奴は、薬を飲ませられなかったと言っていたが…なんだ。飲んでいたのではないか」
 彼の攻撃は、ライナスの体力を確実に消耗させ、少しずつだが痛手を与えていく。
「ぐっ…貴様、レオに何をした!」
 短刀男は、ライナスを鼻で笑う。
「フン。さあな。それより、そろそろケリをつけさせてもらおうか!」
 短刀男の声が聞こえたレオは、ふらつきながらも、どうにかライナスの方へと向かう。
「待てぇ…うぅ…目が回るぅぅ…」
 しかし、レオがライナスの元にたどり着く前に、短刀男がライナスのすねを強く蹴った。
「ぐぅっ…」
 痛みによって、ライナスは体勢を崩し、倒れそうになる。その隙に、短刀男はライナスにとどめをさそうとする。
「ヒック…待てとゆーにぇぐぅっ!う〜っ、目が回ってぇ…目が…めめめ…」
 レオは、それを止めようとするが、見当違いの方向へ体を向けてしまう。
「終りだ!」
 男の短刀の切っ先が、ライナスの腹部に突き立てられようとする。今のライナスに、それを防ぐ術はない。
 そのまま、短刀がライナスの腹を貫かんとした、正にその瞬間…。
「めておふれいきゅ―――――――――――!!!!!」
 両手を高々と天に向けてかざしたレオが、気の抜けそうな声で叫んだ。
 そんな声とは裏腹に、ライナスたちの頭上から、真っ赤に燃え盛る無数の隕石が現れた。
 レオが得意とする、地属性の魔法の中でも、最高位の威力を持つ魔法…"メテオブレイク"。
「なっ!」
「ゲッ!」
「ひっ!」
 ライナスたちは、とっさにその場から離れるが、降り注いできた隕石による爆風は、彼らをものの見事に場外まで吹き飛ばした。
 爆炎で服や髪を焦がし、少しすすけている三人は、体を地面で二、三度バウンドさせた後、観客席の手前の壁までゴロゴロと転がった。
 壁にぶつかり、ようやく止まった彼らは、そのまま動かなくなる。
「ヒック…め・めておふれい…きゅうっ」
 強烈な魔法を放ち、味方まで吹き飛ばしたレオの方は、しばらく闘技場をさ迷い歩いた後、足を滑らせ、ぽてっと転んだ。そして、ライナスたち同様、動かなくなる。
「……」
 観客一同。実況の青竜と解説のジーンも、開いた口が塞がらない様子で、闘技場を眺めている。
 結局、半壊している闘技場の中央付近には、最初にレオが気絶させた手裏剣男と、つい先程倒れたレオ。そして、どうにか難を逃れた審判が残っていた。
『…あ、えっと…コレって、相打ちってことになるのかな』
 ようやく青竜の声がアナウンスから流れたが、他は全員沈黙している。
 そんな中…。
「…ゲ、ゲヘ…?」
 選手たちの中で、唯一闘技場に立っているボーガンが、一人、困惑していた。
 隅のほうで、レオとライナスの応援をしていた彼は、全くの無傷で残ってる。
『あ…一人残ってた』
『そ・そうみたいだね』
 続けて、ジーンが声を出す。
『…ってことは、優勝は…』
『青竜拳…じゃないかい』
 青竜とジーンの会話が、そこで途切れてから三秒後。審判が、嫌そうな顔で言い放った。
「しょ…勝者、青竜拳!!」

 審判が優勝者の名を告げると、観客たちは、第五試合の青竜拳対バニー拳同様の、つっこみまじりのブーイングを飛ばした。今回はずっこける者まで出る始末。
 青竜拳、こればっかりだ。
「…まあ、勝ちは勝ちだよね」
 リティは苦笑しているが、マウリとアスカは、完全に脱力しきっており、声を出す気力もなさそうだ。
「…そ、それもそうね。でも、ライナス様、大丈夫かしら」
 ようやく口を開いたアスカは、ライナスを心配する。
「そうですわ!私、お兄様を治療してさしあげなくては!!」
 そう言って、マウリは走り出そうとする。
「あ、あたしも行く!」
 リティもマウリの後に続こうとしたが、アスカに肩を掴まれ、動きを止める。
「待った!…リティ、話があるの。悪いけど、残ってちょうだい」
 アスカは、真剣な顔つきでリティを見ている。
「え?…うん。いいけど…」
 リティは首をかしげつつも、素直にアスカに従う。
「お話って…どうかなさいましたの?」
 マウリが不思議そうに二人を見ていると、アスカが申し訳なさそうに微笑んで言った。
「マウリさんは、先にライナス様たちの所へ行ってあげて。話が済んだら、私たちも行くから」
 アスカの様子に、マウリはどうも腑に落ちない気分になるが、それより今はレオたちのことが気になるため、仕方なく走り出した。

 (第四戦へ)


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