LUNAR2ばっかへ

記憶の牢獄


「あのね、ぼく、おおきくなったら、ドラゴンマスターになるんだ!」
 少年は、嬉しそうに笑った。
 ドラゴンマスター…女神アルテナを守護する戦士。
 そのことは、彼女も本で読んだことがあった。
「そうなの。…じゃあ、私はアルテナ様になりたいな」
「どうして?」
「だって、私が女神アルテナになれば…」
 そう言いかけて、彼女はうつむいた。
 心臓は、通常より早く鼓動している。
 体は微かに震えており、それを抑えようと、彼女はぎゅっと膝を抱えた。
 不安、期待、緊張…そんな感情が、彼女の心の中で渦巻き、体にまで影響を与えていた。
「あ…ど、どうしたの?」
 少年は、心配そうに彼女の肩をさすった。
 そこから伝わるぬくもりが、少しだけだが、彼女の心を落ちつかせる。
「大丈夫。ありがとう」
 彼女は顔を上げ、まっすぐと少年を見つめた。少年は、不思議そうに首をかしげている。
 …大丈夫。この子は私を思ってくれている…。
 そう自分に言い聞かせ、二、三度深呼吸をすると、彼女は思いきって口を開いた。
「あのねっ!もし…もしもだよ!…もしも、あなたがドラゴンマスターで…」

 少年に励まされ、家に戻った彼女を待っていたのは、やはり、あの冷たい視線だった。

 そして、心安らぐことなく、彼女は成長していったが、次第に周囲の彼女を見る目が変わっていった。
 その理由を知った時、彼女の運命は大きく揺れた。


 "第四章  荒ぶる魂"

 ここ、キカイ山では、多くの子供たちが一緒に暮らしている。
 そのほとんどが、やんちゃ盛りの子供で、朝から晩までパワフルに遊んでいる。
 そんな場所が、騒がしくならないわけがない。
 笑い声、叫び声、騒音…さらに赤ん坊の泣き声も加わり、心地よくないBGMとなって、キカイ山に響き渡る。
 レオがいる部屋にも、当然その騒音は響いてくるのだが、今のレオには、全く気にならなかった。
 一人、ベッドの上で仰向けに寝転がっているレオは、子供たちからもらった飴玉の一つを手に取り、じっと眺めていた。
 …やはりあの夢は、幼い頃の私の記憶なのでは…。
 幼い自分が、泣いている少女に飴玉を渡す夢…。レオは、先程からずっとその夢のことを考えていた。
 …確か、夢を見る前にも、こうして飴玉を眺めていたな…。
 昨晩、具合の悪いレオの様子を心配した、キカイ山の少女が、飴玉を一つ、レオに渡した。
 飴玉を受け取ったレオは、嬉しそうに笑う少女の顔を見た時、心の中で、何かが引っ掛かった。
 …あの時、飴玉をくれた少女の中に、過去の自分を見つけ、それが夢となって現れたのではないか…。
 しかし、夢の中の自分が何歳だったかは分からないが、まだずっと小さかった頃の出来事を、なぜ急に思い出すのだろうか。
 …子供から飴玉をもらったことも、私が子供に飴玉を渡したことも、今までに幾度かあったはず…。あの夢が、本当に過去の記憶だとしても、なぜ今頃思い出すのだ…。
 レオは、飴玉を睨みつけながら考えた。

「レオ兄様。お体のご様子はいかがでしょう」
 ドアがきしみ、マウリが外から顔をのぞかせた。しかし、レオは気付かない。
「…お兄様?」
 もう一度呼ばれて、レオはマウリへと顔を向けた。
「あ…すまん」
 レオは飴玉をお菓子の山に戻す。
「どうなさいましたの?またどこか具合が…」
「いや、何でもない」
 心配そうに駆け寄ってきたマウリに、レオは軽く手を振った。
「お兄様。何かありましたら、遠慮せずにおっしゃって下さい。どうか無理はしないで下さいませ」
 マウリはベッドの手前で腰をかがめると、レオにそう言った。レオは「ありがとう」と微笑む。
「…でも、こうしてお兄様の看病をするのも、久しぶりですわね」
 レオに毛布を掛けなおしてやりながら、マウリはクスクスと笑った。
「そうだな…。以前看病をしてもらったのも、確か風邪をひいた時だったな」
「まあ、覚えていらしたのですね。…あの時は驚きましたわ。お兄様は、あまり風邪はひかないほうですのに…」
「うむ。私自身も不思議に思って…」
 そう言いかけて、レオは急に身を乗り出した。
「そうだ!思い出したぞ!!あの時、ロンファのやつときたら、『バカなのに風邪をひいた』と病人を笑っておったな!…マウリ。今回もやつはそんなことを言っていなかったか?」
「え・あ・はい…あっ」
 唐突に質問されたマウリは、つい正直に答えてしまい、後になって口を閉ざした。
「…あやつ…自分こそ風邪をひいたことがないくせに…」
 レオは、やれやれと肩の力を抜いた。マウリは小さく笑っている。
「ウフフ…それもそうですわね。…でも、本当に懐かしいですわ」
「ああ…。あの頃の私は、十くらいだったかな」
「ええ。私が七つの時のことですもの」
「そうか…」
 レオは手を伸ばし、マウリの髪を優しく撫でた。
「大きくなったな」
 まるで父親のように言い、レオはマウリに微笑んだ。
「あれから十年も経ちましたもの。あの頃と比べれば、誰でも大きくなりますわ」
 マウリは、少し照れているようだ。
「ハハハ…それもそうだな。だが、もっと小さかった頃は、お前が早く大きくならないものかと、待ちわびていたぞ」
 レオは、伸ばしていた手を引っ込める。
「どうして?」
 マウリに問いかけられると、レオは少し視線をそらした。
「…遊び相手が欲しかったからだ」
 声を落としてそう言ったレオに、マウリは首をかしげる。
「あら、遊び相手でしたら、ロンファがいたではありませんか」
「あ…、そうだったな」
 そう言って、レオは笑顔を見せるが、それはどこか寂しげなものだった。
 確かに、ロンファとは物心がつく前から一緒に遊んでいたような気がする。
 だが、マウリが生まれてしばらくの間は、レオはほとんど一人で遊んでいた。
 ロンファとケンカをしたからではない。
 マウリの世話で忙しくなった両親が、自分をかまってくれない…。そんな寂しい気持ちを、周囲の人間に悟られたくなかったからだ。
 だから、マウリには早く大きくなってもらいたかった。
 そうすれば、両親は自分と遊んでくれるだろうし、マウリとも遊べるようになる。
 寂しさの中にも、そんな期待を感じながら、レオは毎日を過ごしていた。
 …そういえば、あの夢の中でも、そんな気持ちだったような…。
 レオは、再び夢のことを思い出した。
「お兄様?」
 マウリは、黙り込んでしまったレオを、不思議そうに見る。
 レオは目を閉じ、夢の内容を、もう一度頭の中で繰返そうとした。
 しかし…。
『…い…や…』
「…!」
 頭の中で、声が響いた。
『…一人は…いや…』
 同時に、頭痛や吐き気がレオを襲う。
「う…あ…」
 レオは、辛そうに頭を抱える。
 声は、昨晩妙な映像と共にレオの頭の中で繰返されていた、あの声と、全く同じものだった。
 だが、今回は映像は見えず、声も弱々しい。
 …これがロンファの言う呪いなのだろうか。
 呼吸を荒げ、気を失いそうになるのを耐えながらも、レオは、ふと気に掛かったことに思考を働かせる。
 …この声、どこかで聞いたことがある…。昨晩ではなく、別の場所でも…。
「お兄様、しっかり!」
 マウリは、胸の前で両手を合わせ、レオの苦しみが和らぐよう祈った。
 高位の神官であった彼女の祈りは、瞬く間にレオを落ちつかせた。呼吸は正常に戻り、少しずつ全身の力を抜いていく。
 マウリは湿った布で、レオの額の汗を、そっと拭った。
 レオは眠っているようで、何の反応も示さず、ただ静かに胸を上下させている。
「レオ兄様…」
 マウリはレオの手を握り、ふうっと一息つくと、天井を見上げた。
 …ロンファ…急いで…。

   *

 飛竜の巣に生息する怪物は、とても手強いと聞いたことがある。
 実際にその怪物と戦ったレオも、群れをなして襲われては敵わないと言っていた。
 レオの強さを、幼馴染であるロンファは、よく知っている。
 だから、飛竜の巣に入ってからは、慎重に行動するよう、ルビィと共に心がけていたのだが…。
「…やけに静かだな」
「怪物なんて、どこにいるのよ」
 巣の中は獣臭く、確かに怪物の気配はあるのだが、なぜか姿が見当たらない。
「ねえ、あたしおなかがすいちゃった。お魚なぁい?」
「ねえよっ。…ったく。緊張感のないネコめ…」
「ネコじゃ…ないっ!」
「あじぃっ!火ィ吹くんじゃねぇ!!」
 こんな具合に、時々騒いでいるので、声は聞こえているはずなのだが、やはり怪物は姿を見せない。
「さては、俺に恐れをなしていやがるな」
「違うわよ。あたしが竜だから、怪物は怖がっているのよ」
 正解は後者。ルビィの言うことが正しかった。
 ここの怪物たちが強いのは、頭がよく、野生の勘が鋭いからでもあった。
 そのため、羽の生えた小さなネコの姿をしているルビィが只者ではないことに、本能的に気付き、身を隠しているのだ。
 しかし、それに二人が気付くことはなかった。

「でもさあ、レオが言っていた宝の山って、どこにあるんだろう」
 ルビィは、あまり大きな声で言ったつもりはないのだが、この狭い洞窟の中では、声がよく響き、少しうるさい。
「さあな。…ま、じきに見つかるだろ」
 ロンファは、そっけなく答える。
 レオの話では、飛竜の巣で狭い洞窟の中に迷いこみ、そこから宝石や貨幣が山積みになって置いてある場所へ出たという。
 そこで見た妙な光が、レオの呪いの原因ではないかと睨んだロンファは、その場所を探しにここまで来たのだが…。
「じきにって、いつなのよぉ。さっきからずっと歩いているのに、まだ見つからないじゃない。もう疲れちゃった」
「何言っていやがる。お前は俺の肩の上で座っているだけじゃねぇか」
 ロンファにつっこまれ、ルビィは言葉を詰まらせるが、突然ロンファの頬を叩き始めた。
「ねえロンファ。あれ、何だろう」
「そうやってごまかそうとしてんのか?」
「違うわよ!ほら、あれ、あれっ」
 ルビィが前足で指し示した所では、道がいくつかに分かれている。
 その内、一本の道の手前の壁に、妙な傷がついている。
「あぁん?何だありゃ」
 ロンファは、その傷をじろじろと眺める。どうやら、人為的につけられた傷のようだ。
「まだ新しい傷みたいよ。これって、もしかして、レオがつけた目印じゃない?道に迷わないように目印をつけて進んでいたのよ」
「…ってことは、この目印通りに行きゃあいいわけか」
「…たぶんね」
 ルビィは不安そうだが、ロンファは「考えても仕方ねぇ」と言って、一歩前に踏み出した。
「それとも、こいつにかけてみるか?」
 ロンファは、懐からサイコロを取り出した。
「ええ〜っ。目印通りにいこうよ〜っ」
 ルビィは、かなり嫌そうな顔をする。
 それを見たロンファは、サイコロを懐へ戻し、小さく舌打ちをすると、目印にしたがって歩き出した。

   *

 眠りについたレオは、再び夢を見ていた。
 幼い自分と、泣いていた彼女の夢を…。

「ねえ、きみはどこからきたの?」
 レオが彼女にそう尋ねると、彼女は微かに肩を震わした。
 戸惑っている様だが、やがて口を開いた。
「…ちょっと、遠い所から…」
 彼女の声は、少し暗かった。
「ひとりで?」
「うん」
「どうして?」
「…家出したの」
「ええーっ!?」
 一応、家出の意味は知っていたレオは、大声を出して驚いた。
「かえりなよ!おとうさんとおかあさんにおこられるよ!」
 レオは、膝を抱えて座っている彼女の肩を揺すった。
 彼女は下を向き、ポツリと呟いた。
「怒られないよ…」
「え?」
「怒られないもんっ」
 そう吐き捨てると、彼女は膝の間に顔をうずめた。
 また彼女を泣かせてしまったと思ったレオは、どうしようかとおろおろする。
「で、でも、ぼくのおとうさんとおかあさん、きっとおこるよ」
 レオは、彼女の頭を撫でながら言った。自分が落ち込んでいる時も、親が頭を優しく撫でてくれるので、レオもそれを真似てみたのだ。
 しばらく撫でていると、彼女が顔を上げたので、レオは手を引っ込める。
「あなたも、家出したことがあるの?」
 上目使いでレオを見る彼女の瞳は、涙で湿っており、なぜかレオの心を戸惑わせる。
「うっ、ううん、ない。…で・でも、ぼくだったら、おこる…」
「…どうして…」
「だって…いえでされるの、いやだ。いなくなったら、さびしいよ。だから…おこる…」
 レオは、しどろもどろに答える。
「…そう?そうなら、嬉しいな」
 彼女は、寂しそうに笑う。
 レオは、なぜ怒られることが嬉しいことなのか理解できず、詳しく彼女に聞こうとしたが、その前に、彼女が女神像を見上げながら、こんなことを言った。
「…うらやましいな。アルテナ様が…」
「へっ?」
「だって、みんなに大切にしてもらえるんだもの」
 突然話が変わったので、これからどう話をつなげていけばいいか分からず、レオは必死に悩む。
「あ、えっと、えっと…アルテナさまって、フシギだよね」
 レオも女神像を見上げた。
「このアルテナさま、ずっとむかしから、ここにあるんだって。ずーっと、ずーっとむかしだよ」
 レオは、女神像を指しながら、彼女に話した。彼女は、レオへと顔を向ける。
「でも、おじーちゃんやおばーちゃんみたいに、おかおがしわくちゃにならないんだ。ずっとキレイなおんなのひとのままなんだって。ヘンだよね」
 女神像は、像であって生物ではないので、それは当然のことなのだが、今のレオにはそれが理解できていなかった。彼女は「ふぅん」とだけ答える。
「あと、おとうさんがおはなししてくれるアルテナさまも、いつもキレイなおんなのひと。なんでだろう」
 それには彼女も不思議に思ったらしく、「そうだね」とレオに言った。
「女神様って、ずっとキレイなままなんだね…」
 彼女も、レオと一緒に女神像を眺めていたが、急にレオが、「そうだ!きいて、きいて!」と騒ぎ出したので、驚いてレオを見る。
「あのね、ぼく、おおきくなったら、ドラゴンマスターになるんだ!」
「ドラゴンマスター?」
「うん!!それでねー…」
 レオは、嬉しそうに語った。
 ドラゴンマスターの英雄伝は、寝物語で両親からよく話されていた。
 ただ、四竜を統べるだの、試練を乗り越えるだの、レオにはまだ難しく、とにかく『アルテナ様を護る、強くてカッコいい人』とだけ認識していた。
 男の子のレオが、そんな『強くてカッコいい人』に憧れないわけがなく、話を聞いた後は、いつも「ぼくもドラゴンマスターになりたい」と言っていた。
「だからさ、ドラゴンマスターになって、こーして、あーやって…」
 レオは、わけのわからないジェスチャーを交えながら、一生懸命に語っていた。
 そんなレオの様子が面白くて、彼女は笑っていたが、レオは語るのに夢中で気がつかない。
「アハハハハッ!そうなの…。じゃあ、私はアルテナ様になりたいな」
 レオは、動かしていた手足を止め、彼女に尋ねた。
「どうして?」
「だって、私がアルテナ様になれば…」
 そう言いかけて、ふと、彼女は下を向いた。
 不安げな顔でうつむく彼女の姿を見て、レオはどきっとした。
 寂しさの中に、期待を感じながら過ごしている自分と、今の彼女の様子が重なって見えたからだ。
 そんな親近感を感じつつも、急に黙り込んだ彼女を心配し、肩をさすってやった。
「あ…ど、どうしたの?」
「大丈夫。ありがとう」
 彼女は、少し落ちついてから顔を上げ、まっすぐとレオを見つめた。
 つい先程まで、あんなに不安げな顔をしていたのに、今はなぜか真剣な面持ちの彼女を不思議に思い、レオは首をかしげる。
 彼女は、二、三度深呼吸をすると、思いっきり口を開いた。
「あのねっ!もし…もしもだよ!…もしも、あなたがドラゴンマスターで、私が女神アルテナだったら、あなたは私を守ってくれる?」
 レオは彼女の勢いに圧倒され、目をぱちくりさせる。
 彼女は、すがるような瞳で、レオの答えを待っている。
 レオは、一度心を落ち着けてから、彼女に言われたことを頭の中で繰返すと、にっこりと笑って答えた。
「うん!まもる!」
 とたんに、彼女の表情が、ぱあっと明るくなった。
「本当?本当に!?」
 彼女は身を乗り出し、レオの手を強く握った。レオは少し後ろによろめく。
「わあっ!ほ、ほんとうだよ。うそ、つかない」
「本当ね!じゃあ、じゃあ…」
 彼女はレオの手を離すと、右手の小指を立てた。
「はいっ、ゆびきりね!約束だよ!」
 彼女は、レオの目の前に、ずいっと小指を突き出した。
 それにも、レオは驚くが、彼女があまりに嬉しそうに笑っているので、レオの心も明るくなった。
「うん。いいよ」
 レオも右手の小指を立てると、彼女の小指に絡め、上下に軽く振った。


「…!?」
 気がつくと、レオは岩山に囲まれた場所に立っていた。
 目の前には、宝石や貨幣が山積みになって置いてある。
 飛竜の巣に迷い込んだ時、たどりついた、あの場所だ。
「ばかな…なぜ、私はここに…」
 これも夢なのだろうか…とレオは思った。
 よく見ると、アルテナ神団の四英雄だった頃の服を着ており、幼い子供だった体も成人した男性のそれに戻っている。
 夢だとしても、先程まで見ていた夢とは違うもののようだ。
「いや…」
 ふと、どこからか、かすれた声が聞こえた。
 レオは辺りを見まわす。
 少し離れた所に、一人の少女が立っている。
 少女は、すすり泣きながらレオを見つめている。
「一人は…いや…」
 少女の唇の動きに合わせて聞こえてくる声は、妙な感覚と共に頭の中に響くあの声と同じものだった。
 …いや、この声は…!
 レオは思い出した。
 夢の中で、幼い自分と話をしていた少女も、確かにこんな声をしていた。
 そして、今、目の前に立っている少女が、あの夢の中に現れた少女であることに気がついた。
「君は、一体…」
 レオは少女に歩み寄ろうとした。
 その時、少女の体に異変が生じた。
 ウェーブのかかった黒髪が、不自然に波打つ。
 発達しきっていない子供の体は、部分的に膨らんでゆき、それに合わせて背も伸びる。
 その光景に、レオは驚き、動きを止める。
 少女は、最終的には成人した女性の姿へと変貌した。
「…!!」
 レオは驚愕する。
 何も着飾っていない、丸みを帯びた、しなやかな身体。
 どこか少女の面影が残っている、整った顔立ち。
 足元まで伸びた、豊かな黒髪。
 その神秘的な美しさには、誰もが息を呑むことだろう。
 しかし…。
「…まさか…そんなっ…!」
 レオは瞳を大きく見開き、わなわなと肩を震わせている。
 彼女は、細い腕をレオへと伸ばした。
「…レ…オ…」
 今にも消えてしまいそうな声で、彼女はレオの名を呼んだ。
 何かを訴えかけているような瞳からは、涙が零れる。
 涙は頬を伝い、胸元に落ちた。
「あ…」
 レオも腕を伸ばし、彼女に歩み寄ろうとする。
 しかし、彼女の体は、周りの景色の中に溶け込んでいく。
「待ってくれ!!あなたは…!」
 レオは走り出したが、なぜか彼女との距離が縮まらない。
 やがて、彼女の姿は完全に消え、そこには鈍い金色の光を放つものが残っていたが、それもすぐに消えてしまった。


「…なんということだ…」
 ベッドの上で目を覚ましたレオは、上半身だけ起こすと、そう呟いた。
「ハァ?何言ってんだ」
「レオ兄様、大丈夫ですか?うなされていましたわよ」
 すぐ隣で、ナルとマウリが心配そうにレオを見ている。
「そうだ、思い出した…。あの時、私は確かに彼女と約束をした。…だとしたら、私が…彼女を…?」
「おいおい。頭大丈夫かよ」
 うつろな目で独り言を呟くレオの背中を、ナルは強く叩くが、レオは反応しない。
「だが…違う!本当は…!」
 突然、レオはベッドを飛び出した。
「お・おい、どうしたんだよっ」
 驚くナルを無視し、レオは部屋から出て行こうとするが、体がよろめき、壁に手をつく。
「お兄様、どうなさいましたの?まだ無理ですわ」
 マウリは、レオの体を支える。
「止めるなマウリ!急いで飛竜の巣へ行かねばならんのだ!!」
 そう吠えると、レオは走り出そうとしたが、ナルとマウリに取り押さえられる。
「バカ!!んな体でムチャ言うな!」
「いけません、お兄様!」
 ナルとマウリは、どうにかレオを止めようと説得するが、レオは諦めない。
「全ては私が決着をつけることだ!ロンファたちより早く、私が彼女と会わなければ!彼女は、本当に孤独で…」
 ナルは、レオの言う『彼女』とは、誰のことなのかが気になったが、ただごとではないレオの様子に、仕方なく声を上げた。
「あーもー分かった分かった!オレ様が連れていってやるから、ちったぁ大人しくしろ!!」
 そう叫んで、ナルはマウリに「ちょっくらガキどもを頼む」と言うと、レオの手を引いて部屋を出ていった。

   *

 洞窟を抜けた先には、宝石や貨幣が山積みになって置いてあった。
 その上空を、ハーピィクイーンの群れが、ロンファたちを警戒しているかのように旋廻している。
 ルビィは、それに驚いていたが、ロンファは、宝の山から少し離れた所に転がっているものを睨みつけていた。
「…あれか」
 ロンファが呟くと、肩に座っているルビィも、そちらへと顔を向ける。
「あれ?」
「ああ。レオにまとわりついていた影みてぇなのと同じやつが、あれの中で渦巻いていやがる」
 しかし、ルビィにはさっぱり分からない。
「そうなの?…なんか、大きな杖ね」
 ルビィの言う通り、それは大人一人分以上はある、金色の錫杖だった。
 土にまみれ、所々で塗装がはがれており、本来持っていたであろう美しさは失われつつある。
 ロンファたちは、それに近寄る。
「これがレオの言っていた、金色の光かな?」
 ルビィは落ち着いているが、ロンファの表情は険しい。
「…ん?こいつは…」
 ロンファは錫杖を掴もうと、腕を伸ばした。
 しかし、突然錫杖が震えだした。
 ロンファは驚き、手を止める。
「ぎゃあっ!何よ、何よぉ!!」
 ルビィは毛を逆立て、ロンファの頭の後ろに隠れた。
 錫杖は、地面と垂直に立ち、重苦しい空気を周囲に漂わせた。
 上空のハーピィクイーンの群れが騒ぎ出し、互いに体をぶつけ合う。
「ね、ねえ、ロンファ。これって…」
 ルビィは、震える前足で、チョイチョイと錫杖を指した。
「ああ。これは…」
 ロンファは一歩後ずさると、錫杖と対峙した。

「間違いねぇ!ペンタグリアの偽の女神が手にしていた杖だ!!」

 (第五章へ)


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