LUNAR2ばっかへ

Perfect Black


 "第二章  続く剥奪"

 酒場の二階の一室で、ヒイロとロンファは毛布にくるまり、それぞれのベッドで寝息を立てていた。
 二人が裸であることに気付いたルビィが、毛布を掛けてやったらしい。男二人が酔っぱらって裸で寝ている姿は見苦しいものがあるし、星が出始めている今の時間に、窓ガラスが割れている部屋で裸で眠っていると、風邪をひいてしまう。
 何より、女性が部屋に入りにくい。ルビィに案内され、ヒイロたちが眠っている部屋へやってきたジーンとレミーナは、その点、ルビィの気遣いに救わたと思う。
「何のんびり寝ているのよヒイロ!起きなさい!!」
「さっさと起きなロンファ!えらいことになっちまったよ!」
 レミーナはヒイロの肩を、ジーンはロンファの肩を毛布の上から掴み、強く揺さぶったが、目を覚ます気配は無い。ルビィもヒイロの耳元に座り、何かを叫んでいたが、彼は唸りはするものの、やはり目は覚まさなかった。
「ったく!しょうがない男どもだねえ!」
 呆れた顔で言うと、ジーンはロンファの肩から手を離し、持ってきた服を枕元に置いた。
「ところで…レオは?レオはどこへ行ったんだい?」
 部屋の中にレオの姿は無く、町で別れて以来、まだ一度も彼と会っていないことに気付いたジーンは、ルビィにそう尋ねた。ルビィはハッとしてジーンを見る。
「そうだ!レオがどこにもいないの!一度バルガンに戻ってから、この部屋に来た時には、レオはもういなくて、ヒイロたちが裸で寝ていたの!後で町中を探したけど、見つからなかったわ!町の人に聞いても、誰もレオを見ていないって!!」
「何だって!?」
 ジーンは思わず声を上げた。レミーナも驚き、ヒイロの肩から手を離す。
「そんなバカな!いったい、いつからいなくなっちまったんだい!?」
「わからないよ!最後に見たのは、レオがヒイロとロンファを部屋に運んでいく所だったから、その後あたしが酒場に戻って来るまでの間にいなくなったはず…」
 ルビィは、今にも泣きそうな顔で答えた。それを見て、ジーンは声を荒げたことを悪く思う。
「ご、ごめんよルビィ。怒鳴ったりして…」
 ジーンはレミーナの隣に立ち、ルビィを抱きかかえ、背中を撫でてやった。
「…ねえ、ジーン。もしかしてレオは、泥棒を追いかけて出て行ったんじゃないかしら」
 部屋の中を見回しながら、レミーナはジーンにそう言った。
「あたしの推測だけど…レオが少し部屋から出ている間に泥棒が入って、レオが戻ってくると、泥棒は窓を破って逃げた。そしてレオも、泥棒を追って窓から外へ出た…そう考えられない?」
 話しながら、レミーナは割れた窓ガラスに歩み寄った。ジーンもルビィを撫でながら、レミーナに続いて歩く。
 大人一人が余裕で通れるくらいの大きさの窓に張られていたであろうガラスは、完全に破られており、柵しか残っていない。
「ホラ、床には少ししかガラスの破片が落ちていないでしょ。ガラスは内側から破られたことに間違いはないわ!」
 床を指し、レミーナは自信満々の笑みを浮かべ、そう言った。ジーンは割られた窓から顔を出し、地面を眺める。
「…確かに外のほうが、ガラスが多く落ちているね」
 割られた窓は岩山側に面しており、地面に散乱するガラスの破片は、かろうじて差し込む青き星の光を反射して弱々しく輝いていた。
 岩肌は滑らかで、この窓からは身を乗り出しても届かないほど程離れている。普通の人間が道具も無しに飛び移ることは、まず無理だろう。
 レミーナの言う通り、窓が内側から破られたことは確かだ。しかし、ジーンには腑に落ちないことがあった。
 窓を割って飛び降りても、道具を使って岩壁に飛び移ったとしても、その程度ではレオからは逃れられないはずだ。何せレオは、その剣の腕と強靱な精神を認められ、かつてのアルテナ神団の四英雄、『白の騎士』の称号を得た男だ。ゾファーを倒した英雄の一人でもあり、悪を許すまじとする執念は並のものではない。
 実際に追いかけ回されていたジーンやヒイロたちは、その執念に散々苦労させられ、結局捕まった。もう二度と彼を敵に回したくない。
 泥棒が逃げた後、部屋に戻ったレオが何者かが侵入したことに気付き、追って部屋を出たとしたら、今度は窓が割られる意図が分からなくなる。
 この部屋の窓は開閉が可能なので、窓から進入する際に割るのは分かるが、出て行く際にわざわざ窓を割る泥棒など、いるわけがない。
 まあ、レオなら泥棒を追って窓から飛び出す際に割るかもしれないが、その場合も、泥棒はレオに捕まえられているだろう。
 泥棒が何かしら細工をしてレオから逃れ、未だレオが泥棒を追っているにしても、なぜ町の者の誰もがレオを目撃していないのだろうか。彼の行動は派手で目立つことが多く、騒ぎの一つは起こしていてもおかしくはない。
 しばらく考え込んだ後、ジーンはレミーナに言った。
「レミーナ。あたし、ルビィと一緒に酒場の人に話を聞いてくるから、ここに残ってヒイロたちの様子を見といてくれ」
「えっ、聞き込み捜査?」
 レミーナは、探偵気分で明らかに面白がっていた。ジーンは、やれやれと肩をすくめる。
「面白がっている場合じゃないだろ。白竜の翼やサファイアだって盗まれてるんだ」
 そう言って、ジーンはルビィを抱えたまま、部屋を出た。去り際に、荷物が盗まれたことを思い出したレミーナの絶叫が聞こえたが、無視し、さっさと階段を下りていった。

   *

 一階の酒場のカウンターの前まで来ると、奥で酒瓶を棚に並べているマスターに声をかけた。
「マスター!ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな!?」
 普段の声量では客の喧噪に声を掻き消されてしまうので、ジーンは声を張り上げた。それに気付いたマスターは、手にしていた酒瓶を棚に収めてから、カウンターを挟んでジーンの手前に立った。
「おう、何を聞きたいって?」
 マスターは、気さくな笑顔でジーンに問う。
「レオを見なかったかい?日が暮れる前に、この子と一緒に酒場に入ったはずなんだけど…」
 ジーンは、抱えているルビィをマスターに見せながら、そう尋ねた。ちなみに、この酒場のマスターは、訳あってレオと仲が良く、ジーンとルビィのことも、顔だけは知っていた。
「あれ?あんたたち、二階の部屋を見てきたんだろ?そこにいるはずなんだが…いなかったのかい?」
 マスターの答えを聞き、ジーンはルビィと顔を見合わせる。
「…ねえ、最後にレオを見たのは、いつ?」
 ルビィがマスターに顔を向け、そう尋ねた。
「それは…あいつが仲間の二人を担いでいく所を見たのが最後だったな。おチビちゃんも見ていただろ」
 つまり、マスターが最後にレオを見たのは、ルビィが最後にレオを見たのと同じ時のようだ。ルビィはマスターの答えに驚かされ、再び問う。
「じゃあ、あれからレオは、ヒイロとロンファが飲んだお酒のお代も払わないで、どっか行っちゃったってこと?」
「いいや、勘定なら、あの派手な姉ちゃんが済ませてくれたぜ」
 今度はジーンも驚き、ルビィと一緒に「えぇっ!?」と声を上げた。
「派手な姉ちゃんって…誰?」
「あ…忘れてた。レオと一緒に、ヒイロとロンファを二階に運んでくれた女の人がいたの。ヒイロとロンファがお酒を飲んでいる時の話し相手もしていたみたい」
 不思議そうにジーンに問われ、ルビィは思い出したことを話した。
「そう、その姉ちゃんだよ。自分の勘定を済ませるついでに、あの二人の分の勘定も済ませるっつって、金を払って出て行ったぜ。その時は…レオなら二階の部屋にいるって言っていたぞ」
 ルビィの言葉を聞いたマスターが口を開き、そう話す。
「その時、その女の人って、これくらいの荷物を持っていなかったかい?」
 ジーンはルビィをカウンターの上に下ろし、ヒイロが持っていたであろう荷物の大きさを、両手で表しながらマスターに尋ねる。
「いや、ほとんど手ぶらだったぜ。せいぜいポケットから財布を出したくらいだ。それくらいの大きさの荷物を隠せるような服装でもなかったしな…」
「じゃあ、その女の人が部屋を出るまでは、荷物もあったし、レオも部屋にいたってことよね」
 ルビィはジーンを見上げ、そう言った。しかしジーンは「いや、違うかもしれない…」と、難しそうな顔で呟いた。
「先に、ロープか何かを使って荷物を窓から地面へ下ろせば、酒場から出た後に荷物を回収できるだろ。これだけ店の中が騒がしけりゃ、落とした時の音も聞こえないだろうさ。窓ガラスが割れた音だって、外の人間になら聞こえたかもしれないけれど、酔っ払いが騒いでいる音だと勘違いするだろうよ。しかも、あの部屋の窓からなら、外からも見つからずに荷物を下ろして回収できる。…レオは部屋にいると伝え、勘定を済ませたのは、マスターを安心させて、部屋に入らないようにするため…泥棒だと気付かれるまでの時間稼ぎのためじゃないかな」
 ジーンの推理に、ルビィは「なるほど〜」と頷く。
「へっ?ガラスが割れたって?…いやいやそれよりあの女、泥棒だったのか?」
 マスターは身を乗り出し、ジーンに尋ねた。
「…本当に泥棒かは分からないけど…荷物が無くなって、しかも仲間の身包みまで剥がされているんだ。疑いの余地はあるだろう」
「そんなことがあったのか!?そりゃ災難だな…」
 マスターが、気の毒そうに言う。ジーンは「全くだよ…」と、ため息をついた。
 …でも、仮にその女が泥棒だとしても、レオがいるのに、どうやって荷物を盗んだんだろう。それに、レオはどこへ行っちまったんだ…。
「ジーン!ルビィ!聞いて聞いてよ!もう最悪ー!!」
 様々なケースを想定し、あれこれ考えていたジーンだが、突然レミーナが騒ぎながら二階から下りてきたため、思案を中断させ、そちらへ顔を向ける。
「レミーナ!ヒイロとロンファは目を覚ましたかい?」
「ええもう引っぱたいて覚まさせてやったわ!!」
 怒りの形相で、レミーナはずかずかとジーンに歩み寄る。その迫力に、ジーンやルビィ、周囲の客まで恐怖を覚えた。
「ヒイロの荷物の中身はねえ!白竜の翼にサファイア、それと黒竜の紋章まで入っていたんだって!!貴重な物ばっかじゃないのよ!装備していた武器や防具だって、苦労して手に入れたレア物だし、ヒイロの剣に至っちゃガレオンの魔剣なのよ!なのにどーして盗まれるの!?しかもルーシアのメダリオンまで無くなっているって言うのよ!信じられる!?」
「ええーっ!!ルーシアのメダリオンまで!?そんなぁ!!」
 レミーナの言葉に、ルビィまで騒ぎ出した。
「ルビィ!ジーン!泥棒が入ったって、本当かい!?」
 さらに、ズボンを履いて、軽く上着を羽織っただけの姿のヒイロが、慌ただしく階段を駆け下りてきた。
「ヒイロ!もう具合は大丈夫なの!?」
 ルビィがカウンターから飛び、ヒイロの肩へと移動した。
「本当だよ!あんたたちが酒飲んで寝ている間にね!」
 まだアルコールが抜けきっていないのだろう。ジーンとレミーナのもとに駆け寄るヒイロの足どりは、少々おぼついていない。そんな彼に向かって、ジーンは吐き捨てるように叫ぶ。
「そんな…っ!早く取り返さないと!!」
 ふらつく体のまま、ヒイロは彼女たちに背を向け、酒場から出て行こうとしたが、ジーンに「お待ちよ!」と首根っこを掴まれたので、嗚咽を漏らして止まった。
「当てもなく探し回る気かい!?状況を説明するから、まずは落ち着きな!!」
 ジーンは、ヒイロを強引にカウンターの席に座らせた。その隣に、レミーナも座る。
 そして、その場にいる全員が落ち着くと、手頃な椅子に腰を掛け、レオとルビィがヒイロとロンファを探しに行った所から、ジーンとレミーナが酒場の二階に駆けつける所まで、ルビィや酒場のマスターから聞いた話も含めながら、ジーンはヒイロたちに説明した。
「…ところでヒイロ。あんたたち二人と、ここで話をしていた女の人のこと、覚えているかい?」
 一通り説明した後、ジーンはヒイロに尋ねた。
「…ああ、覚えているけど…何を話していたかまでは、思い出せないんだ…」
 ヒイロは頭を押さえながら、そう答えた。酒が入っていたため、あまり記憶に残っていないのだろう。ジーンも頭を押さえ、ため息をついた。
「…とにかく、一旦バルガンに戻りな。もしかしたら、レオがバルガンに戻っているかもしれない。そしたら、きっと何か分かるさ」
 ジーンの言葉に、ヒイロは困った顔をする。
「でも早く、あの女の人からサファイアとメダリオンを取り返さないと…」
 ヒイロが何かを言おうとしたが、ジーンは手の平をヒイロの目の前にかざして、それを止める。
「まだその女が泥棒だと決まったわけじゃないよ。確かに探して話を聞く必要はあるけど、もう夜になっちまったし、ヒイロだってまだフラフラじゃないか。女なら、あたしたちが探すから、ヒイロとロンファはバルガンへ戻るんだ。それでいいだろ、ルビィ」
 ジーンに名前を呼ばれ、ヒイロの肩に乗っていたルビィは、ジーンの肩の上へと飛び移る。
「もちろんよ!ヒイロとロンファの他に、あの女の人の顔を知っているのは、あたしだけだもんね!一緒に探しに行こう!…だからヒイロ、あたしたちに任せて、今は休んで。ね」
 ルビィは、宥めるようにヒイロに言った。メダリオンを盗まれ、居ても立ってもいられないヒイロの気持ちを察しているのだろう。その気遣いは、ヒイロに伝わったようだ。
「…分かった。じゃあボクはロンファが下りてきたら、バルガンに戻るよ。三人共、頼んだよ」
 そう言って、ヒイロは立ち上がった。
「任せなさい!!絶対見つけ出して、慰謝料ふんだくってやるわ!!」
 レミーナも立ち上がり、気合いの入った声で言った。ジーンとヒイロは、やや引きつった笑みを見せる。
「決まりね!さあジーン、早く探しに行こう!」
 ルビィもレミーナに負けじと声を張り上げた。
「そうだねルビィ。ヒイロも気をつけて戻るんだよ。もう外は真っ暗だからね。また寄り道するんじゃないよ!」
 ジーンは、まるでヒイロを子供扱いしているかのように言うが、まだ頭がクラクラしているし、ロンファに連れられてとは言え、勝手に別行動を取った前科も考えると、ヒイロは口答えはできなかった。
「それと、もしレオが戻っていたら、酒場に来るよう伝えとくれ。あたしたちも、一時間くらいしたら一旦酒場に戻るからさ」
 そう付け加えると、ジーンも立ち上がり、酒場を出ようと歩き出した。レミーナも、怒りながら後に続く。
 彼女たちが酒場から去り、見送っていたヒイロが何気なく階段に視線を投げると、丁度着替えを済ませたロンファが下りてきた。ヒイロはロンファに事情を説明すると、彼らも酒場を出て、バルガンへと向かった。

   *

 外は暗く、時間的には夕飯時なので、人通りも少ない。頼りになる光は、家の窓から零れる灯りと、青き星の輝き、そしてレミーナの杖の先端に宿っている魔法の光である。
 ジーンたちは、町中を歩いて回り、家々も尋ねたが、大した収穫は得られなかった。
 時間が時間なので、ほとんどの店は閉まっており、早い家は既に灯りが消えている。夜にならないと開かない店もあるが、それでも昼間と比べると、調べられる場所は少ない。
 仕方なく、少し早いが、ジーンたちは酒場に戻ることにした。

「赤い髪に、派手な服に、濃い化粧に香水…黙っていても目立つ女の人なのにな〜」
 酒場の中央、空いているテーブルを囲んで、ジーンとレミーナは椅子に腰をかけ、ルビィはテーブルの上で丸くなる。
 体力的に疲れているわけではないが、レオと女の行方が結局分からずじまいであることに、気が滅入ってしまったらしく、ルビィの声には元気がない。
 彼女たちを気遣ったマスターが、氷水の入ったグラスを二つ、ミルクを注いだ皿を一枚出してくれた。ルビィはちびちびとミルクを飲む。
「も〜…女を見かけたって人はいたけど、どこにいるかが分からないんじゃ、どうしようもないわよ〜…」
 テーブルに頬杖をついているレミーナも、ため息をつきながら言った。
「…それにしても…昼間以降、レオを見た人がいないってのは、どういうことだろう…」
 グラスを片手に、水面を揺らしながら、ジーンは考え込む。
 夕方頃、レオがいなくなったことに気付いたルビィが、一度レオを探して回って見つからなかったので、今になって探しても見つからないだろうと思っていたが、念のため、彼に関しても町の人々に聞いた。
 結局、派手な女を見かけたという者は数人いたが、レオを見かけた者は誰もいなかった。だが、逆を言えば、彼を見た者は誰もいないという確信を得られた。
「泥棒を追っていたのなら、絶対に誰かが見かけていたはずさ。なのに誰もレオを見ていないなんて…何かあるね…」
 ルビィとレミーナも、行方の分からないレオが気になり、一緒に考え込む。
「…ひょっとして…あのメダリオンを使って、どこかへ行っちゃったんじゃない?」
 そう呟いたルビィへと、ジーンとレミーナは同時に顔を向けた。
 ヒイロがいつも首から下げている、ルーシアが残していったメダリオンを使えば、どんなに遠く離れた場所であっても瞬間移動することができ、誰かに見つかることもない。但し、一度でも行ったことがあり、なおかつ青き星が見える場所に限られるが。
「まさか。あのメダリオンも、きっと泥棒に盗まれたんだよ」
 メダリオンが、ヒイロにとってどれだけ大切な物かを、レオは知っている。勝手に持ち出して使うなんてありえない。そう思ったジーンは、ルビィの考えを否定した。
「それもそうよね。…でも、レオがマスターに気付かれないように酒場から出る理由だってないはずよ…」
 レミーナも、ジーンの意見には同意するが、それで謎が解決したわけでもなく、再び考え込む。
 しばらく、三人は黙って思考を働かせていたが、ふと、ジーンがため息をつき、グラスをテーブルに置いた。
「…ここで考えていても仕方がない。あたしたちもバルガンに戻ろう。もしかしたら、ヒイロとロンファが何か思い出してくれるかもしれない」
 ジーンは、ルビィとレミーナにそう言った。二人は一度顔を見合わせた後、頷く。
 その時、ジーンの目の前に置いてあるグラスの水面が、テーブルを揺らした覚えもないのに、波紋を広げ始めた。
 小さな振動を持続的に受けることで生じる波紋だ。ジーンがそれに気付いてから間もなく、振動は体で感じられるほど大きくなった。
 ルビィとレミーナ、酒場にいる客たちも振動に気付き、地震かと戸惑う。
 やがて振動は、グラスがカタカタと音を立てて揺れる程度の大きさで一定し、何かが空気を切るような音も聞こえてきた。
「…ねえジーン、レミーナ。これって…」
 その振動と音に、ルビィは覚えがあった。
 ルビィだけではない。ジーンとレミーナ、それどころか酒場の客の大半、マスターにも覚えのあるものだった。
「まさか…っ!?」
 ジーンは立ち上がり、酒場の外へと走った。ルビィもテーブルから飛び、レミーナも走って後に続く。
 外に出てすぐ、河で東と西に隔たれている町を繋いでいる橋へと、ジーンは顔を向けた。
「やっぱり…!」
 振動と音の主は、ちょうど橋の真下を通過しようとしている所だった。ジーンに続いて外に出てきたルビィとレミーナも、声を上げる。
「バルガン!?どうしてこっちに来たの!?」
「ひ、ヒイロが迎えに来てくれたのかな!?」
 バルガンでノートの橋の下を通ることは、たまにあるが、町の人々の迷惑も考え、極力通らないようにしていた。もっとも、町の人間のほとんどは、その姿を見て喜んでいたが。
 町の前ではなく、少し離れた沖に停泊させておいたのも、そのためだ。離れた場所に停めてあっても、メダリオンですぐに戻ることもできた。
 …迎えに来たにしても、こんな夜遅くにバルガンをよこすなんて…ヒイロの奴、何考えてんだい?
 そんなことを、ジーンが思っていた時、何かがバルガンの甲板から放り出された。目を凝らして見ると、それが人間であり、さらに誰であるかも分かった。
「ヒイロ!?」
 真っ先に声を上げたのは、ルビィだった。
 ヒイロだけではない。ロンファも一緒に、しかも何故か二人ともパンツ一丁の姿で甲板から投げ出され、頭から河へと落ち、水しぶきを上げた。
 気を失っていたのだろうか。動く気配は全く見られなかった。
「ヒイロ!ヒイロー!!」
 悲痛な声を上げ、ルビィはヒイロのもとへと飛んだ。ジーンとレミーナも、慌てて走り出す。
 バルガンのスピードは衰えることなく、河を下っていく。
「ちょっと、何がどうなってるの!?」
 困惑しながら、レミーナはジーンに問うが、ジーンにも分からず、「そんなこと、こっちが知りたいよ!!」とレミーナを怒鳴りつけてしまう。
 …ヒイロとロンファがバルガンから落とされ、でもバルガンは動き続けている…ってことは…。
「ルビィ!ヒイロとロンファは任せて、あんたはバルガンを追ってくれ!!誰かがバルガンを操縦しているんだよ!!」
 ジーンがルビィに向かって叫ぶと、ルビィは軽く後ろを振り返り、「わ、分かった!」と返事をしてからバルガンを追った。
 そしてジーンは、パンツ一丁で水面を漂っているヒイロとロンファを助けるため、レミーナと共に河へと走った。

 (第三章へ)


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