LUNAR2ばっかへ

Perfect Black


 "第四章  裏競売会場に現る悪夢"

 ジーンたちは、泥棒の女を連れて酒場の一室に戻った。ヒイロとロンファもルビィに連れられ、すぐに部屋に戻って来た。
 女はビッチェという名前で、表向きは行商人の泥棒らしい。
 盗みを働く時は毎回違った変装をしており、昨晩ヒイロたちが見た赤い髪もカツラだったそうだ。
 彼女は、部屋にレオを除く全員が集まるなり、こんなことを言った。
「あなたたちって、ゾファーって悪い神をやっつけた英雄なんでしょ。そんなすごい人が酔っぱらって倒れて荷物を盗まれちゃ世話ないわね〜」
 ビッチェの態度に、ヒイロとロンファはイラッとしたが、ジーン、レミーナ、ルビィに「全くだね…」と睨まれると、何も言い返せなくなった。
 昨晩、ビッチェはレオを手伝って、ヒイロとロンファを酒場の二階のベッドに運んだ後、香水に見せかけた眠り薬でレオを眠らせ、彼ら三人のサイフとヒイロのに持つを盗んだそうだ。
 財布以外で盗んだ物は、ヒイロの荷物の中に入っていた物だけで、ロンファの葉っぱはもちろん、メダリオンや服には手を出さなかったらしい。
 装備していた武器や防具、特にヒイロとレオの剣には興味を引かれたが、あまり重い物を持つのは嫌だし、ヒイロの荷物の中身だけでも十分稼げそうだったので、盗まなかったそうだ。
 その後はジーンが推理した通り、ヒイロの財布だけポケットに入れ、他は全て荷物袋の中にまとめて入れ、ロープを使って窓から外に下ろし、一階で勘定を済ませてから荷物を回収したと言う。ヒイロの財布の中身は、その時払った酒代以外には使われておらず、ロンファとレオの財布の中身は、そのまま残っていた。
「じゃあ、ヒイロとロンファは服を着たままで、レオも眠らせたまま、あんたは酒場を出たんだね。…ところで、あんたがレオを眠らせるのに使った薬って、体に眠り以外の何かをもたらすような、怪しい物じゃないだろうね」
 昨晩の行動を一通り話し終えたビッチェに、ジーンは尋ねる。
「そんなことないわよ。彼と同じような獣人族にも使ったことはあるけど、他に変わった症状が現れることはなかったわ。ただ眠らせるだけよ」
 ビッチェは、そう答えるが、ジーンはまだ疑いの眼差しを彼女に送っている。その視線がうっとうしく、ビッチェはジーンから顔を背けたが、ふと「あ、でも…」と呟き、顔をジーンへと向け直した。
「あのお兄さん、眠気に負けて倒れた時、ベッドの角で頭を強く打ったわ。もしかしたら、そのショックで記憶がなくなっちゃったんじゃない?」
 そんなことを言って、ビッチェはケラケラと笑うが、ジーンは「そんなベタなこと…」と首を横に振る。
「じゃあ、メダリオンや服を盗んだのは、一体誰なんだ!?」
 ヒイロは頭を抱え、声を荒げる。
「きっと、あの白マントの男だよ…」
 ジーンは、昨晩考えていたことをヒイロたちに話した。同じ心配をしていたレミーナはもちろん、ヒイロたちもジーンの考えに納得する。
「ところで、あんたは一人で盗みを働いているのかい?誰か仲間がいるんじゃないのかい?」
 次にジーンは、ビッチェに白マントの男について尋ねた。しかし、ビッチェは今も過去も盗みは一人で働いており、白マントの男についても何も知らないと答えた。彼女が嘘をついている様子は見られない。
「…もしかして、レオが戻ってこないのは、寝ている所を白マントの男にさらわれたからとか…」
 ルビィがポツリと呟いた。
「それなら、何で同じ部屋で寝ていた俺たちはさらわれず、服を剥がれただけなんだ?」
「レオも服を剥がれたんじゃない?それで下着姿のまま追いかけていって、露出狂と間違えられて捕まっちゃったとか」
 レミーナの冗談に吹き出しつつも、ロンファは反論する。
「いや、そんなカッコで走り回ってりゃ、町の連中の目につくだろ。レオのことも尋ねて回ったが、奴を見た人間は誰もいなかったぜ」
「きっと仮面を着けていたからよ!だから誰もレオとは気付かなかったんだわ!」
「ぶっははははは!!そんな変態が町に現れりゃ、嫌でも耳に入る噂になってるっての!!それに、あの変装なら誰にだって見破れるだろ!!」
 レミーナとロンファの会話を聞いたビッチェも大笑いし、ジーンとルビィまでプッと吹き出す。
「冗談を言っている場合じゃないだろ!頼むから真面目にやってくれ!!」
 メダリオンが盗まれたままであることに焦りを感じているヒイロは、悲痛な声を上げた。
「ご・ごめんよヒイロ…とにかく、競売に出された物やメダリオンを取り返すことを考えよう…」
 笑いを堪えながら、ジーンはヒイロに謝った。ロンファたちも、どうにか笑いを止めると、今後の行動についての話し合いを始めた。

   *

 午後になると、ジーンたちは二手に分かれて行動を開始した。
 午前中の話し合いで、ヒイロとレミーナとルビィは白マントの男の捜索に当たり、ジーンとロンファはビッチェの案内の下、裏競売に参加することとなったのだ。
 ビッチェの話によると、表で売ることのできない品を高値で売るため、ノートの町の泥棒たちが組合を興し、裏競売を始めたそうだ。
 競売は完全会員制で、品物を出すにしろ買うにしろ、会員証がなければ参加できない。
 その辺は、組合に参加しており、組合員たちからの信頼も厚いというビッチェが何とかしてくれるそうだ。
 また、二十歳以上でなければ会員にはなれないらしい。ヒイロとレミーナは明らかに二十歳未満なので、かろうじて年齢を誤魔化せそうなジーンと、二十歳どころか三十路も軽く過ぎているような顔のロンファが、競売参加者としてビッチェに抜擢された。

 ビッチェに連れられて向かった先は、町の片隅にある、何の変哲もない食堂だった。表口には『臨時休業』と書かれた札が吊されている。
「会場は店の地下にあるの。裏口から入ると、組合の人がいるわ」
 そう言って、ビッチェは店の路地裏に入っていった。ロンファもビッチェの後を追って路地裏に入ろうとしたが、慎重な面持ちで立ち止まっているジーンに気付き、彼女に声をかけた。
「おいジーン。どうかしたのか?」
「…さっきから、誰かがあたしたちを見ているような気がする…」
 表情を変えず、ジーンは答えた。ロンファは「えっ?」と声を上げ、辺りを見回す。
「バカッ!きょろきょろするんじゃないよ!」
 小声で、ジーンはロンファを叱った。ロンファは動きを止める。
「わ、悪い。でも、こっちを見ているヤツなんていないぞ。気のせいじゃないか?」
「…そうかねぇ…」
 酒場を出て、しばらく歩いた辺りから、ジーンはずっと誰かの視線を感じていた。
 しかし、どこから視線が送られているのかは分からず、歩きながら、さりげなく周囲の様子を窺ったりもしたが、やはり怪しい者は見当たらなかった。
 …まったく、気味が悪い。気のせいじゃないなら、そうハッキリとすればいいんだけど…。
「ちょっとー早くこっち来てよー」
 裏路地からビッチェが声を上げ、ジーンとロンファに手招きをした。
「気のせいだろ。さ、早く行こうぜ」
 ロンファはジーンの背中を軽く叩き、そう促すと、小走りでビッチェの元へと向かった。仕方なく、ジーンも彼に続く。
 店の裏口の前で待っていたビッチェは、ジーンたちが来ると、背負っていたリュックを地面に下ろした。
「ハイ。これ着けなきゃ中に入れないわよ」
 そして、荷物の中から取りだした物を、ジーンに渡す。
「…コレを…身に着けろってのかい?」
 ジーンは、受け取った物をまじまじと見た。
 それは、魔術的儀式でも行う際に身に着けるような黒いマントと、蝶のような形をした派手な仮面だった。
「そうよ。ホラ、おじさんも着けて着けて」
 ビッチェは、ロンファにも同じ物を渡す。受け取りながらロンファは「おじさんじゃねえ!!」と怒鳴るが、ビッチェはそれを無視し、リュックの中から化粧道具とカツラを取り出した。昨晩、ヒイロたちの前でつけていた、あの赤いカツラだ。
「本当は、もっと気合いの入った化粧をしたい所だけど…仮面も着けるし、軽くで我慢するか」
 そうぼやいて、ビッチェは口紅を塗り始めた。ジーンとロンファは、嫌そうな顔で仮面とマント…特に仮面を見つめている。
「…ビッチェ。何でこんなものを身に着けなきゃ、競売に出られないんだい?」
「さあ?ワケあって顔を見せられない人も参加しているからじゃない?でも楽しくていいじゃない」
 ジーンの質問に、ビッチェは楽観的に答えた。彼女は化粧を終えるとカツラをかぶり、自分のぶんの仮面とマントをリュックの中から取り出した。
「なにボケッとしてんのよ。競売が始まっちゃうでしょ」
 ジーンとロンファを促しながら、ビッチェはさっさと仮面とマントを身に着ける。しかし、二人はまだ嫌そうな顔をしている。
 蝶の形の、派手な仮面。これを見ると、どうしても仮面の白騎士を思い出し、身に着けるのに気が引けてしまう。
「お、おう…仕方ねぇよな…」
 ロンファは、ジーンを横目で見て言った。ジーンも「…そうだね」と頷き、仕方なさそうに仮面とマントを身に着け始めた。

   *

 地下の競売会場には、ざっと百人分の客席が設けられていた。
 岩を削って整えられた壁には無数の窪みがあり、その中に立てられているロウソクの灯りと、天井から吊されているランプの灯りによって、会場内はわりと明るかった。
 客席の正面にはステージがあるようだが、垂れ幕によって閉ざされている。
 ジーンとロンファは、ビッチェの連れとして、どうにか入場を許可された。彼女たちは、会場の中央付近に空席を見つけると、そちらへと向かった。
 ジーンを真ん中にして、三人は横一列に並んで席に着く。
 彼女たちの、黒いマントに仮面という怪しい姿は、会場内ではあまり目立っていなかった。
 ビッチェの言っていた通り、会場内にいる者は、全員仮面を身に着けている。
 中には、仮面が無いのか、包帯を巻いて顔を隠している者もいれば、マントではなく派手なドレスを身に着けている女性もいた。まるで仮装パーティーである。
 念のため、白マントの男を探そうとしたのだが、白いマントを羽織っている男は会場内に複数おり、競売の客の正体を探ろうとする行為は禁止されているそうなので、一人一人を調べて回ることもできなかった。
 せめて会場に出入りする客の姿を確認しておくため、出入り口付近の席に着こうとしていたのだが、どこも埋まっており、三人揃って座れる席は、この中央付近の席しかなかった。
 …仕方ない。競売に出されるサファイアや紋章を取り返すことだけを考えよう。
 ジーンは、ため息をついた。
「なあ、どうやってサファイアや紋章を取り返すんだ?」
 ジーンの右隣に座っているロンファが、小声で彼女に尋ねた。それに対し、ジーンも小声で答える。
「そうだねぇ…競り落とすのが一番なんだけど…」
 ジーンはマントの裏から財布を取り出し、中身を確認した。
 ざっと六千シルバー。ヒイロたちと別行動を取る前に、可能な限りの金額を持たせてもらった結果が、これだ。
 …これだけあれば、一つくらいは競り落とすことができるはず…。
 そんなことを考えていると、後ろの方から、バタンという音が響いた。ジーンは財布をしまい、後ろを振り向く。
 どうやら、会場の出入り口の扉が閉められた音だったようだ。競売が始まる時間になるので、参加する客を締め切ったのだろう。
 ジーンが顔を前へと向け直すと、最後に入ってきたらしき人物が、ちょうど最前列の席に腰を下ろす様子が見えた。
「そろそろ始まるようだな」
 ロンファの声は弾んでいる。裏競売なんて参加したことが無いので、面白がっているのだろう。
 やがて幕が上がり、ステージ中央には中年男性が立っていた。
 おそらく、彼が競売人だろう。彼だけが仮面を着けておらず、上品な服装をしている。
 彼の後ろには、ガードマンらしき男が五人ほど控えていた。競売人と同じ服装だが、仮面は着けている。
「あの人、どこかの賭博場でイカサマディーラーやってたらしいのよ」
 ビッチェが競売人を指しながら、ジーンに耳打ちをした。そして、うっとりとした顔で彼を見つめる。
「でも、カモにされたいって思っちゃうくらい素敵なおじ様でしょ〜」
 客に挨拶の言葉を述べている、その競売人の立ち振る舞いは、非常に紳士であり、髪も髭も白いが綺麗に整えられ、ハッキリとした喋り方には老いが感じられない。
 好みのタイプというわけではないが、まあ素敵な部類に入るかなとジーンも思う。
 ロンファが二人に「もっと素敵な男が近くにいるじゃねぇか」と自信満々に言ったが、それはスルーされた。
 挨拶を終えた競売人は、ステージの、向かって右側にある、木槌の乗った台へと移動した。
「それでは早速、本日の一品目から参りましょう」
 そして、競売人がパチンと指を鳴らすと、ステージの左奥から、派手な衣装の女に押されて、車輪付の台が出てきた。
 あの台の上に、競売にかけられる品物が乗っているのだろう。しかし、紫色の布を被せられており、その品物が何かは分からない。
 女はステージの中央まで台車を押し、そこで止まった。それを見計い、競売人が声を上げた。
「まずお披露目致します商品は、何と白竜の翼!ドラゴンマスターが白竜より賜ったとされている、伝説の品でございます!」
 競売人がそう言い終えるとすぐ、紫色の布が捲られた。そこにあったのは、競売人の言った通り、紛れもなくジーンたちの白竜の翼だった。
 客席から、感嘆の声が上がる。
「おい、何であの競売人が、ドラゴンマスターの伝説まで知ってるんだ?」
 ロンファが小声でビッチェに尋ねた。
「あ、それはね、あたしが教えたの。あのヒイロって子、酔っぱらっている時に白竜の翼のことを詳しく話してくれたから」
 ビッチェの答えを聞くなり、ジーンとロンファは思わず彼女を「バカッ!」と小声で叱った。
「な、何よ…教えておいたほうが高く売れるじゃない…」
 ビッチェはすねたように言った。
「そ・そりゃそうだけどさあ…それにしても、いきなり白竜の翼が出てくるなんてね。競り落とせればいいんだけど…」
 ジーンは一度ため息をつくと、気持ちを切り替え、競りに集中することにした。
 現在の所持金、六千シルバー…それ以上値が上がらないよう、十分注意して競らなければいけない。
 そう考えながら、ジーンは競りが始まるのを待った。
 そして、ついに競売人の口から、競売品の開始価格が告げられた。
「では始めましょう。こちらの商品、六万シルバーから!」
 早くも、競り落とすどころか競り合うことすらできない状況下に置かれ、ジーンとロンファはガクッと上半身を前に倒した。ビッチェは「ぶはっ!」と吹き出し、声を押さえて笑う。
「おいおいおいおい待てや!初っ端から脱落かよ俺たち!」
 そうツッコミを入れるロンファを余所に、客たちは熱気を上げて競り始めた。
「六万百シルバー!」
「六万五百シルバー!」
「六万二千シルバー!」
 一気に値段が跳ね上がった。競売に初めて参加するジーンとロンファは、その競り値にめまいを覚える。
 結局、白竜の翼は七万五百シルバーで落札され、落札者の手に渡った。
「…よ、よくそんな大金出してでも買う気になるな…」
「そんなに金が余ってるなら、あたしたちにも恵んどくれよ…」
 半ば放心状態で、ジーンとロンファは力無く呟いた。
 伝説の人物が、これまた伝説の竜から貰った物なのだから、価値があるのは分かる。
 しかし、自分たちが特に価値を気にせず持ち歩いていた物が、そんなに高価な値段で取引をされると思うと、何だか妙な気分になる。
 もし、この競売にレミーナを連れてきていたら、彼女は高額な競り値に絶叫し、おそらく気を失っていただろう。
「…まあ、白竜の翼なら、ナルに頼めば取り返して貰えるんじゃねぇか?」
 以前、ペンタグリアで危機に瀕していたヒイロたちを、キカイ山にいたナルが助けたことがあった。ナルは、ヒイロが持っていた白竜の翼を操ることで、彼らをキカイ山に転送したのだ。
 ロンファの言う通り、ナルなら白竜の翼を取り返してくれそうだ。そう考えると、少し気が楽になる。
「それにしても、白竜の翼の値が、あんなに上がるなんて思わなかったわ。この調子なら、サファイアもかなりの高値になりそう。黒竜の紋章に至っちゃ、開始価格で既に十万シルバーだったりして…」
 しかしビッチェの嬉しそうな言葉が、せっかく軽くなったジーンとロンファの気持ちを、ずどんと重くした。
「よ、余計なことを言うなよォ!!」
「何よ。怒ることないじゃない」
「怒るわぁっ!!元はと言えばお前のせいだろーが!!!」
 ロンファとビッチェが言い争い、ジーンが頭を抱える中、次の競売品がステージに運ばれてきた。今度はジーンたちの物ではなかったが、珍しくて高価そうな品だった。
 一品目の白竜の翼で、すっかり盛り上がった客たちは、次いで現れた品を競り落とそうと、気合いの入った声で競り値を叫ぶ。そして、叫んだ分だけ競り値は上がっていった。
「…本当、レミーナを連れてこなくてよかったなあ…」
「そうだねぇ…」
 ロンファとジーンは、遠い目をしながら、競り合う声を聞いていた。
「あらあら、もう諦めちゃったの?まだサファイアと紋章が残っているじゃない。希望を捨てちゃダメよ」
 売りに出した品が高く買い取られて嬉しいのか、ビッチェの声は弾んでいる。
「…おいビッチェ。今更聞くのも何だが…盗んだ物を競売に預ける前に、開始価格を聞いたんじゃねえか?」
 ゆっくりと、静かな口調でロンファに問われ、ビッチェは「えっ…」と声を漏らし、動揺を表した。
「やっぱり知っていやがったな!!知ってて黙っていたんだろ!俺たちが絶望する様を見て楽しむために黙っていたんだろー!!!」
 ロンファはビッチェの襟首を掴み、彼女の体をガクガクと前後に激しく揺らし始めた。
「あはははははは!!まあいいじゃないの!どうせ競売には参加しなきゃいけなかったんだしぃー!」
「笑うな!オイ、サファイアと紋章は幾らで預けた!?開始価格は幾らだ!?答えろ!!」
「いやプー!教えてあげないもんねー!あんまり気にしすぎるとハゲが悪化するわよ!!」
「ハゲてねーよ!!!」
「お客様!お静かに願います!!」
 あんまりロンファとビッチェが騒ぐので、競売人が苛立たしそうに声を上げた。それに対し、ロンファは文句を言おうとしたが、「およしよ!会場からつまみ出されたらどうするんだい!」とジーンに止められたので、しぶしぶとビッチェの襟首から手を放し、椅子に座り直した。
 ビッチェは勝ち誇ったように笑い、んべっとロンファに向けて舌を出した。そんな彼女に、ジーンは無言でデコピンをする。
 拳法家でもあるジーンのデコピンが相当痛かったらしく、ビッチェは目に涙を浮かべ、額の痛みに悶えていた。

   *

 白マントの男の捜索という役を担った、ヒイロ、ルビィ、そしてレミーナは、まず町での情報収集から始めた。
 午前中も、白マントの男について尋ねて回っていたが、早くにビッチェが見つかったため、まだ回っていない場所が数カ所残っているのだ。
 町の西側と東側に別れ、白マントの男を見ていないレミーナは、ルビィと一緒に西側の町で、ヒイロは一人で東側の町で情報収集を行っていたが、白マントの男に関する情報は、なかなか得られずにいた。
 昨晩も町中を歩き回っているレミーナは、いいかげん歩くことにうんざりしてきた様子だ。彼女の表情にやる気が全く見られない。
 ただ歩くだけなら旅で慣れていたが、同じ場所を何度もとなると、さすがに嫌気が差してくる。
「はあぁぁぁ〜…ほ〜んと、嫌な目に遭ってばっかり。あたしって何て不幸なの〜…」
「まあまあレミーナ。悲観しないで…」
 背中を丸め、足を引きずって進むレミーナを、ルビィはどうにか励まそうとするが、気持ちが沈んでいるのはルビィも同じ。励ますにも明るく振る舞えない。
 そんな具合に道を進んでいると、ふと、すれ違った神官に呼び止められた。
「お嬢さん、どうか致しましたか?」
 レミーナは立ち止まり、無気力な顔を上げて神官を見た。細身の中年で、人のよさそうな雰囲気のある男だ。
「あのう、あたしたち、泥棒を探しているの。大切な物を盗まれちゃって…」
 返事をする気力すら無いレミーナに代わり、ルビィが答える。
「泥棒?…もしかして、その泥棒は白いマントを羽織った男ではありませんか?」
 神官の、白いマントという言葉に反応し、レミーナは気力を取り戻す。
「な…ど、どうして知っているの!?」
 レミーナは、思わず神官の肩を掴み、彼に詰め寄った。
「お・落ち着いて下さい!私も、その男を探しているんですよ!」
「探している?どうして?あなたも何か盗まれたの?」
 レミーナが神官の肩を放すと、神官は乱れた服を整えてから、ルビィの問いに答えた。
「いいえ、物を盗まれたのではなく、この町の人間が、彼に拉致されてしまったらしいのです」
「えっ…拉致?」
 落ち着きを取り戻したレミーナが、そう聞き返す。
「はい。知らせがあった限りでは、昨晩の内に十人もの人間が行方を眩ましたのです。それも、服飾品を作っている職人や、一流の音楽家など、腕の良い技術者ばかりですよ」
「昨晩の内に?それっていつ頃?もう少し詳しい時間を教えてもらえる?」
 今朝はともかく、レオとビッチェについて、町中の人に聞いて回った昨晩は、誰かが拉致されたという話を耳にすることはなかった。
 もし夜に人がさらわれていたのなら、バルガンが盗まれ、ヒイロとロンファが河に落とされた後だ。そして犯人が白マントの男なら、彼はバルガンを操縦してノートを去った後、バルガンをどこかに停泊させ、再び町に戻ってきたことになる。
 それを確かめようと、レミーナは神官に尋ねた。
「昨晩、遅くにバルガンが町に現れたでしょう。あの後からです」
 神官の答えを聞き、レミーナは「やっぱり…」と呟いた。
「その白マントの男って、以前からノートで誰かをさらったりしていたの?」
「いいえ、昨晩が初めてのはずです。窃盗や誘拐の事件は初めてではありませんが…夜に活動する犯罪者で、白いマントを羽織った男がいるということは、聞いたことがありません」
 確かに、夜に犯罪を犯すのに、わざわざ目立つ白いマントを羽織る者など、そうはいないだろう。
 ルビィは、さらに神官に問う。
「他に、白マントの男について知っていることはある?」
「はい。拉致の現場を目撃した者から、白マントの男について話を聞いています。白いマントで姿を隠していたそうなので、服装や体の特徴は分かりませんが…その男は、人に見つかれば大胆にも自己紹介をしたそうです」
 神官の言葉に驚き、レミーナとルビィは「えっ?」と声を揃えて上げる。
 呆れたように、神官は話を続けた。
「まあ、本名を名乗らなかったことは確かですがね。彼は、こう名乗っていました…」
 そして神官は、目撃者から聞いたであろう、白マントの男の言葉を、レミーナとルビィの前で口にした。
 それは、レミーナとルビィにとって、白マントの男の正体を知るには十分なものであった。
 同時に、想像もつかない事態が起こっていることに気付き、レミーナとルビィの顔は、サッと青ざめるのだった。

   *

「続きまして、こちらの商品は、辺境、サイラン砂漠の遺跡で発掘されたサファイアでございます」
 白竜の翼の競売が終わってからしばらくして、今度はサファイアの競りが始まろうとしていた。
 サファイアについても、ビッチェはヒイロから聞き出し、競売人に話したのだろう。競売人は、サファイアが見つかった場所だけではなく、強力なガーディアンに護られていたことまで話していた。
 そして、競売人に告げられた開始価格は…三万シルバーだった。
 白竜の翼より低い開始価格だが、またもや所持金を上回られてしまった。ジーンとロンファは顔を伏せ、ビッチェはプッと吹き出す。
「…ロンファ。これはどうやって取り返しゃいいのさ…何かいい方法…思いつかないかい?」
「…後で落札した奴と交渉してみようぜ」
「素直にサファイアを返して貰えると思うかい?」
「…脅しゃ返してくれるだろ」
「そんな、強盗じゃあるまい…」
 力のない声でジーンとロンファが話し合っている間、サファイアは六万シルバーで落札された。
 残るは黒竜の紋章のみ。しかし、開始価格で既に所持金を上回ってた白竜の翼とサファイアのことを考えると、競り落とせる希望が全く持てなかった。
 ジーンは肩の力を抜き、椅子の背もたれに体重を任せた。
「はぁ〜…もう競り落とすことは無理だろうね。そうだろうビッチェ」
 大きくため息をつき、ジーンはビッチェに声をかけた。ビッチェは「さあ、どうかしらね」と意地悪そうに笑った。
「ああ、もう帰りてぇよ。これ以上高額な値段を聞かされちゃ、頭がおかしくなっちまう」
 ロンファも紋章を競り落とすことは諦めたようだ。ジーンと同じく肩の力を抜き、下を向いて呟いた。
「でも、紋章を競り落とす奴の姿は見ておかなきゃ…」
「おう、分かってるさ…」
 そう言いつつも、すっかり意気消沈してしまったジーンとロンファは、次の品がステージに現れ、競売人がそれを紹介し始めても、あまり反応を示さなかった。
「最後の商品となりますのは、こちら、黒竜の紋章でございます!」
 客席は、白竜の翼を紹介された時以上にどよめいた。さらに競売人が、黒竜の紋章に込められた魔法について説明すると、客たちはいっそう盛り上がる。
 そんな中、ジーンとロンファだけがボケーっとしていた。
「では始めましょう。まずは七万シルバーから!」
 紋章は、競売人が告げた開始価格まで白竜の翼以上だったが、既に諦めているジーンとロンファは驚かず、ビッチェが腹を抱えて笑い出しても、気にしていなかった。
「あ〜あ…黒竜の紋章を手に入れた所で、魔法力が高くなきゃ魔法は使えないのにねぇ…」
 客が競り値を叫び合う声を聞き流しながら、ジーンは嫌味なことを吐き捨てる。ヤケになっているのだろう。
「レミーナほどじゃなくても、せめて俺やレオくらいの魔法力は欲しいよな…」
「…うん、そうだね…」
 ロンファの言葉を聞き、ジーンは相槌を打ちつつ、行方不明のままのレオを思い出す。
 …ヒイロたちがレオを見つけられればいいんだけど…見つかったかな…。
「うわっ!ちょっと今の聞いた!?十万シルバーまで上がったわよ!!」
 一人、物思いに耽っていたジーンは、突然ビッチェに肩を揺さぶられ、我に返る。
「うわっ!な、何だい急に…」
「十万シルバーよ!十万シルバーの声が上がったの!すごくない!?」
「…ああ、すごいねぇ…」
 ジーンは面倒臭そうに言うが、ビッチェは構わず盛り上がっている。
「はい、十万シルバーです。他にお声はございませんか?」
 競売人は客席を見回した。そして、誰も声を上げようとはしないことを確認してから、木槌を叩いた。
「それでは、黒竜の紋章は、こちらのお客様に十万シルバーで落札となります」
 競りが終わると、客が漏らすため息が会場内に溢れた。
「やれやれ、終わったか。…で、誰が紋章を落札したんだ?前のほうの席から声が聞こえたが…」
 ロンファは、その場から落札者の姿を確認しようと、身を乗り出した。
「あの女の人よ。ホラ、前から二番目の列に座っている、一番デブっちょな女よ」
 そう言ってビッチェが指したのは、確かに太っている女だった。
 ジーンとロンファが、その女へと視線を移した時、丁度彼女は横を向いた。やたらと羽飾りの付いた派手な仮面を被り、真っ赤な毛皮のコートを羽織っている様子が分かる。
 いかにも金を持っていそうな印象が受けられる女だ。
「…あんまり良い趣味とは思えない格好の女だね。話し合って、紋章を返してもらえるかねえ…」
 今のジーンとロンファの姿も、とても趣味の良いものではなかったが、太った女は、それを超えていた。
「返してもらうのは…無理だろうな。…どうしたものか…」
 ロンファは頭を抱えて考え込んだ。ジーンもうつむき、何か良い案はないかと頭を働かせるが、何も浮かばなかった。
「フッ…フッフッフッフッフ…ハッハッハッハッハッハ!!」
 ふいに、男の笑い声が会場内に響き渡った。ジーンとロンファは、はっとして顔を上げる。
「お客様、いかがなさいましたか?」
 競売人が、笑い声の主に向かって、そう声をかけた。どうやら笑っていたのは最前列の席に座っている男らしい。
 しかし、前に座っている客が邪魔で、ジーンたちからは姿が見えない。
「はは…いやなに、そこの女が黒竜の紋章を手に入れた所で、竜の魔法を使いこなすことはできまい。宝の持ち腐れ。豚に真珠と言ってもよい…そう考えると笑いが込み上げてしまってな。フフフ…」
「な・何ですって!?」
 男の言葉に、太った女は、座っていた椅子を倒して立ち上がった。他の客もどよめき、ステージで控えているガードマンたちに緊張が走る。
「フン。この会場にいる者は、私を除く皆が愚か者だ。あの紋章に秘められし魔法がどれほどのものか、競売人から聞かされただけで目の色を変えおって。真の力も知らず、惜しげもなく値を上げ合う貴様らが、どれほど滑稽なことか…フフフ…ハーッハッハッハッハッハ!!」
 明らかに見下しているような口調で、男はそう言い、再び笑い出した。その声は、馬鹿にされたことを怒る客たちの喧騒にも負けず、ジーンとロンファの耳にも響いてきた。
「…ロンファ、これって…!」
「あ、ああ!」
 ジーンとロンファは、その場から笑い声の主の見ようとするが、あの太った女が見事に視線を遮る位置に立っていたため、どう体を傾けても見えなかった。
「何?どうかしたの?」
 何やら戸惑っている様子のジーンとロンファを、ビッチェはきょとんとした顔で眺めていた。
 今も響いている、その笑い声は…レオの声だった。
 ただ声がレオに似ているだけとは思えない。口調といい声色といい、間違いなくレオのものだ。
「お客様、お静かに願います!」
 競売人が苛立たしげに叫び、「あの男を摘み出すのです!」と、ガードマンたちに指示した。彼らの内の二人が、すかさずステージから降り、まだ笑っている男を捕らえようとする。
「む、汚い手で私に触れるでない!!」
 しかし、男は椅子の上から大きく跳躍し、ガードマンが伸ばした腕をかわした。それにより、ジーンとロンファは、やっと彼の姿を確認することができた。
 顔までは見えなかったが、ストレートの青い髪と、そこから突き出ている尖った耳は確認できた。
 やはりレオだ。体格や動き方も、彼と一致している。
 …でも、どうしてレオがここに?
 もしや、彼なりに盗まれた品を取り返そうと、この競売に潜入していたのだろうか。行方を眩ましていたのも、自分がついていながら、ヒイロとロンファが泥棒の被害に遭ったことに負い目を感じていたからかもしれない。
 しかし、どうも様子がおかしい。
 彼が身に着けている服は、白の騎士の服と同じデザインだが、全体的な色は黒い。それに、白いマントを羽織っている。
 あの白マントの男がレオと同一人物だとは考えなかったが、どこかいつものレオとは違うと、ジーンは思った。
 レオはガードマンの頭上を飛び越え、ステージの上、黒竜の紋章が乗っている台の手前で華麗に着地を決める。
 客席に背を向けている状態なので、やはり顔は見えない。
「は・早くその男を捕らえなさい!」
 競売人に命令されるまでもなく、ガードマンたちは全員でレオに飛びかかった。
「ふっ…だから貴様らは愚か者なのだ!身の程を知るがいい!!」
 しかし、一斉に襲いかかった所で、レオの敵ではなかった。
 レオは、腰に吊している剣も抜かず、無駄の無い動きでガードマンたちの頭や腹を打ち、あっという間に全員昏倒させた。
 彼らがドサッと音を立てて床に倒れる、その様子に、競売人や客たちは息を飲む。
「ハッハッハッ!!見かけ倒しの雑魚風情が!私に敵うと思うな!!」
 そう言って、レオはうめき声を上げて倒れているガードマンの頭を踏みつけた。ジーンとロンファは、思わず立ち上がり、その様子を凝視する。
「…おい、あいつの様子、やっぱり変だろ!さっきから態度が…何だか悪っぽくねぇか?」
 ロンファも、レオの様子がおかしいことに気付いていたようだ。当然だろう。ジーンでさえおかしいと思ったのだ。レオとは幼なじみのロンファが気付かないわけがない。
 確かに今のレオは、ノリは仮面の白騎士だが、やっていることと言っていることは悪っぽい。
「う…お・お前、何者だ?」
 ガードマンたちが倒され、すっかり逃げ腰になってしまった競売人は、震える声でレオに問う。
「フッ…よかろう。私の正体を教えてやる!貴様らも、よく覚えておくのだな!世界に混沌を招く者の名を!そして、その目にしかと焼き付けよ!ルナを支配する者の姿を!!」
 レオは白いマントを翻し、客席に体を向けた。
 やっと見えたレオの顔、その上半分は、仮面によって隠されている。
 しかし、白騎士の仮面とは色が違っていた。服と同様、全体的に黒い。
「…混沌?支配って…何を言ってるんだい?レオは」
 彼の身なりも気になったが、それ以上に、世界に混沌を招くなどという言葉を彼が発したことが信じられず、ジーンはひどく驚いた顔で呟いた。ロンファとビッチェ、他の客たちも、ジーンと同じような表情でレオを見ている。
 誰もが困惑し、視線はレオへと集中している。その様子をステージの上から見下ろしているレオは、満足げな笑みを見せると、再度マントを翻して、声高らかに言い放った。

「我が名は、悪の化身、仮面の黒騎士である!!!」

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