LUNAR2ばっかへ

Perfect Black


 "第五章  兇悪!仮面の黒騎士"

 白マントの男について神官から聞き出した話を仲間たちに伝えるため、レミーナとルビィは二手に分かれた。
 空を飛べるルビィは、町にいることは確かだが明確な居場所は分からないヒイロを探しに、レミーナはジーンとロンファがいるであろう食堂へと向かう。
 競売の会場については、あらかじめビッチェに教えてもらっていたので、レミーナは迷わず食堂の裏口から中に入ろうとした。
 しかし、ドアには鍵が掛かっているようで、ノブが回らない。
「ちょっとー!誰かいないの!?ここ開けてくれないかしら!!」
 叫びながら、レミーナは激しくドアを叩き始めた。しかし返事はなく、中からは物音すら聞こえない。
「もうっ!こっちは急いでるってゆーのに!」
 レミーナはドアを叩くのを止め、呪文の詠唱を始めた。そして両手を掲げると、頭上に大きな氷柱が現れた。
 氷柱は、レミーナの両腕の動きに合わせて振り下ろされ、尖った先端をドアに叩きつけた。
 ドアは、あっけなく破られる。レミーナが軽く片手を振ると、氷柱は細かい氷の破片となって床に崩れ落ちた。
「…誰にも見られていないわね。用が済んだら、修理代を請求される前に逃げちゃおっ」
 そう言って、レミーナは壊した裏口をくぐり、中に駆け込んだ。しかし、廊下で仰向けになって倒れている男に気付き、立ち止まった。
 先程のレミーナの魔法のせいではない。裏口から、男が倒れている場所までは距離があり、ドアの破片すら届いていない。
「ちょっと、大丈夫!?」
 レミーナは男に駆け寄ると、床に膝をつき、彼の顔を覗き込んだ。
 息はある。特に外傷は見られない。しかし気を失っているようで、全く動こうとしない。
「もしもーし!何があったのか教えてよ!起きなさい!」
 レミーナは男の両肩を掴み、ガクガクと揺さぶった。
「うう…誰だよ、うるさいな…」
 うめき声を上げ、男は目を開いた。意識が戻ったことに安心し、レミーナは男の肩から手を放す。
「ねえ、ここの地下で裏競売が行われているわよね。あなたはその関係者?あたしは競売客の仲間なんだけど…」
 泥棒の組合に所属していることを示し、裏競売に参加するのに必要な会員証を持っていないレミーナは、男に怪しまれないよう、先にそう言っておいた。
「ああ?あんたも客か?…イテテ…」
 男は後頭部をさすりながら、上半身を起こす。
「大丈夫?何があったの?」
「それが、白いマントの男に頭を殴られて…」
 男の言葉に、レミーナは思わず「ええっ!?」と声を上げてしまう。
 …あいつ、もしかしてここに来ていたの!?
「殴られた?何でまた!」
「…イテテ…知らねえよ。ここで見張り番をしていただけだ。会員証を持った客だけ通すためにな。それで、入ってきた白マントの男からも、会員証を確認しようとしたら殴られて…そうか!あんにゃろ、会員じゃないのに競売に参加しようとしていやがったんだ!」
 男は怒りで顔を赤くし、床に拳を叩きつけた。
 …ってことは、あいつも競売会場にいるってこと?ジーンとロンファは大丈夫かしら…。
 怒っている男をよそに、レミーナは会場にいるはずのジーンたちを心配する。
「畜生!あいつ、ただじゃおかねえからな!!」
 突然、男は立ち上がると、店の奥へと走り出した。おそらく競売会場へ向かうのだろう。
 頭に血が上っている様子なので、後を追っても気づかれないだろう。競売会場に入りさえすれば、ジーンたちと合流して言い訳もできる。
 そう考え、レミーナも彼に続いて走り出した。

   *

「…はい?」
 しばらく呆然としていたジーンだったが、開いたままの口から、やっとそんな声を漏らした。
 客席は静まりかえっており、声どころか物音すら立てない。そのため、ジーンの声は、ステージに立っているレオの耳まで届いた。
「はい?ではない!二度も名乗らせるな!いいか、よく聞け!!」
 レオは、わざわざ白いマントを翻し、改めてポーズを決め直した。その際、すぐ後ろにある、黒竜の紋章が置かれている台車にマントが当たらぬよう気を付けながらも、足下で倒れている五人のガードマンを、ご丁寧にも一度ずつ踏みつける。
「破壊と非道の限りを尽くし、混沌の渦を巻き起こす!我こそは悪の化身、仮面の黒騎士である!!」
 そう言いきったレオの表情は、黒い仮面の上からでも分かるほど、なんか生き生きとしていた。
「…い、一体どうしちまったんだい?レオは…」
 ジーンは小声でロンファに問う。しかし「そりゃこっちが聞きてぇよ」と返されてしまった。
「ねえ、あの黒服の男、あたしが酒場で眠らせたお兄さんよね。あの時とは雰囲気が違うけど…本当はあんな性格だったの?」
 ビッチェがジーンの肩を突きながら、そう尋ねてきた。
「いや、その…まあ、たまに性格が変わることはあるけれど…」
 レオは、人知れず正義を行うため、仮面で正体を隠し、仮面の白騎士と名乗ることがある。それを思い出しながら、ジーンは答えた。
 しかし、今のレオの様子は、仮面の白騎士とは似ているようで違っていた。
 テンションの高さは白騎士と同じだが、やっていることと言っていることが悪っぽい。身に着けている仮面と服も、形は白騎士のものと同じだが、色はほぼ白黒反転している。
 何より、彼はレオでも白騎士でもなく、仮面の黒騎士と名乗った。
 まるで、正義と悪が逆転した白騎士のようだ。
 ジーンがそんなことを考えている間も、客席は静まり返っていたが、ついに黒竜の紋章を競り落とした女が喚き始めた。
「なにバカなことを言ってるのよ!頭おかしいんじゃない!?」
 女は、その大きな声を会場内に響き渡らせた。それをきっかけに、他の客たちも騒ぎ始める。
「そうだ!頭おかしいんじゃねーのか!?」
「バカみてーにカッコつけてんじゃねーよ!!ダサイんだよ!!」
 などなど、客たちはレオに罵声を浴びせかける。しかし、レオは不敵な笑みを崩さない。
「ほお。文句があるのなら、ここへ上がってきたらどうだ?全員まとめて相手にしてやってもよいのだぞ」
 レオは、挑発的な仕草を客たちに見せる。しかし、客たちはただ怒鳴り声を上げ続けるだけで、レオの行動が理解できないジーンたちも、その場から動けなかった。
 客たちの様子を、レオは黙って見下ろしていたが、ふと顔をしかめると、何かを呟き始めた。そして客席に手の平をかざすと、会場内の中央、ちょうどジーンたちの頭上に、小さな光が生じた。
「まずい!みんな伏せろ!!」
 それにいち早く気付いたロンファが、ジーンとビッチェのマントを掴み、強く引いた。ジーンとビッチェの体は床に崩れ、ロンファも姿勢を低くする。
 その間、握り拳ほどの大きさもなかった光球は、強烈な電気を帯びて膨張し、たちまち大人の体より大きくなった。他の客たちも光球に気付き、慌てて床に伏せる。
「…口先だけの臆病者が…粋がるな!!」
 そう吼え、レオはかざしていた手の平を握りしめた。すると、光球は音を立てて弾け、幾つもの稲妻となって会場内に走った。
 まるで暴れ狂う蛇のような稲妻は、その牙に触れた椅子や壁を、小規模な爆発を起こして噛み砕く。
「うわっ!レオのヤツ、あたしたちの頭まで粉々にするつもりなのかい!?」
 床に伏せ、その様子を横目で見ながら、ジーンは叫んだ。その声は、爆音や雷鳴、他の客たちの悲鳴によって掻き消されてしまい、近くにいるビッチェとロンファにすら、ろくに聞こえていなかった。
 やがて雷の威力は弱まり、爆音と雷鳴も治まったが、客たちの悲鳴は続いている。
「ハッハッハッハッハッ!!この程度の魔法で驚かれては困るな!これからが本番なのだぞ!!」
 そんな中、レオの笑い声が響いた。ジーンとロンファは、稲妻が消え去ったことを確認してから立ち上がり、ステージへと顔を向けた。
 そして、まだ高らかに笑っているレオの姿を見て…瞳を大きく見開いた。
 ジーンたちが床に伏せている間に取ったのだろう。彼の右手には、黒竜の紋章が握られている。
「この紋章に秘められし力、この私が解き放ってやろう!!」
 そう言い放って、レオは黒竜の紋章を、高々と掲げた。
「ばっバカ!やめな!!」
 ジーンは身を乗り出し、届くわけでもないのに、その場からステージへと腕を伸ばした。
 しかし、既にレオは紋章に魔法力を注ぎ、黒竜の魔法を発動させていた。
 突然、会場内を大きな揺れが襲った。今度は何事かと客たちは体を起こすが、揺れが激しくて立ち上がることはできない。ジーンとロンファも、その揺れに耐えきれず、床に膝をつく。
 壁に亀裂が生じ、木造の天井がミシミシと音を立て始めた。灯りは全て消え、会場は暗闇に覆われる。
「ハーッハッハッハッハッハッ!!さあ、刮目するがいい!これが竜魔法の一つ、"黒竜の嘆き"だ!!」
 そんな中、レオの笑い声と共に、会場内に竜の咆吼が響き渡った。
 咆吼は天井を砕き、その隙間から会場内に光が差し込む。天井の破片が落ちてくることを予想し、ジーンは両腕で頭を庇った。
 しかし、破片どころか塵一つすら落ちてくる様子はない。不思議に思って顔を上げるたジーンは、その視線の先に現れた光景に目を疑った。
 地下の競売会場の真上、地上にある食堂の上空に、大きなブラックホールが生じており、競売会場の天井を食堂ごと吸い込んでいる。
 一見すさまじい吸引力だが、不思議と天井より低い位置までは及んでいない。食堂と、競売会場の天井以外は吸い込まないよう、あえてレオは魔法をコントロールしているのだろう。
 それでも、その余波が巻き起こす強風が会場を襲う。人の体が飛ばされるほど強いものではないが、客たちはパニックに陥り、ジーンとロンファも、いつ吸い込まれるか分からない恐怖を感じながら伏せていた。
 ただ一人、マントを音を立ててはためかせているレオだけは、動じることなく、見下すような笑みを浮かべながら客たちを眺めていた。
 やがて、天井が完全にブラックホールに吸い込まれると、レオは掲げていた腕を下ろした。するとブラックホールは閉じ、跡形もなく消え去った。代わりにブラックホールの向こうに隠れていた青き星が、姿を現す。
「…マジかよ…レオの奴、建物を一つ消しやがった…」
 揺れと強風が弱まってきた頃、ロンファは天井があった空間を見上げて呟いた。
「ったく!もう冗談じゃ済まされないよ!」
 完全に揺れが治まるのを待たずに、ジーンは勢いよく立ち上がると、マントを脱ぎ捨てて走り出した。
 まだ床に伏せて怯えている客たちや、散乱している椅子を跳び越えながら、ジーンはレオに向かって一直線に突っ込んでいく。その姿に気付いたレオは、黒竜の紋章を握っている手を懐に突っ込んだ。
 そして、最前列の席を跳び越えたジーンが、ステージに飛び上がろうと強く床を蹴る直前に、その手を出した。
 手には、黒竜の紋章ではない、別の物が握られている。
 青き星の光を浴びて輝く、金色のそれが瞳に映った時、跳躍したジーンは驚愕の表情を見せた。
 …ルーシアのメダリオン!!?
 とたんに、レオの体がメダリオンと同じ色の光に包まれ、ジーンや客たちの視界から姿を隠した。
 ジーンはステージに上がるなり、すぐさまレオを捕らえようと光の中へ腕を伸ばしたが、その場にいたはずのレオの姿は既に無く、光もジーンが触れた直後に消え失せた。
「くっ…どこへ消えた!?」
 レオがいた位置に立ち、ジーンは周囲を見回した。
 青き星が見える場所でなら瞬間移動を可能とするメダリオンを、白マントの男が盗んだということは予想していた。だが、白マントの男の意外すぎる正体と、ありえないレオの発言と行動に困惑し、彼がメダリオンを持っている可能性を完全に忘れていた。
 しかも、青き星の光が会場内に射し込み、瞬間移動ができるようになったのは、つい先程のことだ。冷静になっていれば思い出せていたかもしれないが、それでも天井が無くなった時点で、レオを捕らえることは不可能となっていたのだろう。
「ぐあっ!!」
 最後列の、ステージから向かって右隅の客席から、何かを打つ音と、短い悲鳴が上がった。ジーンはそちらへと顔を向ける。
「おい、どうした!何があったんだ!!」
 客席の中央付近で立っていたロンファが、悲鳴が上がったほうへと駆け寄ろうとしている。
「う…い、今、あの白マント野郎が…」
 悲鳴の主らしき人物が、両手で腹を押さえながら呻いている。
 よく見ると、彼は白竜の翼を競り落とした者だ。しかし、彼のいる場所にレオの姿は見当たらない。
 …またメダリオンを使って移動をしたのか!?…でも、あの競売客は、白竜の翼を競り落とした奴…ってことは!!
「うぐっ!!」
 今度は、前から三列目の客席の左隅から悲鳴が上がった。次にレオが現れる場所を予想していたジーンは、悲鳴が聞こえるより早くそちらへ顔を向けていたので、その時の様子をはっきりと見ることができた。
 サファイアを競り落とした人物の目の前に金色の光が生じ、光の中からレオが現れた。
 レオは、その人物の腹に拳を叩き込み、うめき声を上げている内にサファイアを奪い取ると、金色の光に包まれて姿を消した。
 …あいつ、サファイアを奪い取った!?じゃあ、白竜の翼は…!
「フッフッフッフッフ…白竜の翼とサファイアは、この黒騎士が貰い受けた!」
 背後から聞こえてきた声に、ジーンは慌てて振り返ると、車輪付きの台の上で立っているレオの姿を確認できた。
 レオは不敵な笑みを浮かべ、白竜の翼とサファイアを抱えている。
 焦っていたこともあって、ジーンはレオが現れた気配を全く感じることができなかったが、驚かされつつも素早く身構え、仮面の下からレオを睨む。
「さっきから何バカなことやってんだよ!本当に頭がおかしくなっちまったのかい!?」
 ジーンがそう怒鳴りつけると、レオはムッとして言い返した。
「失礼な!!おかしいのは貴様の姿のほうだ!!コーディネイトが全く成っておらん!!」
「なっ…い、いや、姿がおかしいのはお互い様だろ!!」
 ジーンが身に着けている拳法着と、無駄に派手で優雅な仮面は、あまりにも不釣り合いだった。そんな自分の姿がおかしいことはジーンも認めているが、レオに言われると腹が立つ。
「だいたい…ねえ、あんたレオだろ?べつに仮面の白騎士でもいいけど…」
 他の者に名前が聞こえないよう、ジーンは声を抑えてレオに尋ねた。
「何ィッ!?私をあのような正義の者たちと一緒にするな!!私は悪!悪の味方、悪の化身、悪の権化!!悪事を働き、正義を打ちのめす極悪人!!そして名前は仮面の黒騎士!!二度も名乗ったのに聞いていなかったのか!!」
 レオは、そんなジーンの気遣いもおかまいなしに声を張り上げ、まくし立てる。幸い、レオと白騎士の名前を口にしてはいなかった。
「それは聞いていたよ!どうして黒騎士なんて名を名乗っているんだい!?」
「私が黒騎士だから黒騎士と名乗っているのだ!!わけの分からない質問をするな!!」
「わけの分からないのはそっちだよ!ああもう頭が混乱してきた!」
 吐き捨てるように言って、ジーンは頭を抱える。
「何やってんだ!早くそいつを捕まえろ!!話は後で聞き出せばいいだろ!!」
 ジーンとレオが言い合っている間に、客に負傷者が出ていないことを確かめ終えたロンファが、ステージに向かって、そう叫んだ。
「ちょっとぉ!何の騒ぎ!?」
 さらに、無くなった天井の向こうから、ひょっこりとレミーナが顔を覗かせた。
「ちっ…騒がしくなってきたか…」
 顔を上げ、レミーナの姿を確認すると、レオは小さく舌打ちをした。
 …今だ!!
 その僅かな隙に、ジーンはレオが乗っている台を薙ぎ払うように蹴り、彼の体勢を崩そうとした。
 しかし、レオは台が蹴られる直前に、後ろへ跳躍した。台は音を立てて壊れ、木片を撒き散らしながら、ステージの隅まで滑走する。
 レオは、ジーンとは間合いを取って着地を決める。
「ハッハッハッハッハッ!!捕まえられるものなら捕まえてみるがいい!だが、ここでお前たちと鬼ごっこをする気はない!黒竜の紋章、白竜の翼、そしてサファイアを手に入れた今、この場所にも用が無くなったのでな。私はこれで失礼するとしよう。さらばだ!!」
 そう言って、レオはメダリオンを掲げた。
「待ちな!逃がしゃしないよ!!」
 ジーンはレオを捕らえようと、彼に向かって突進する。しかし、既にレオの姿は光に包まれている。
「そう急くな、ジーンよ。まだ準備が整っていないのだ。準備が整えば、お前は…」
 光の中から聞こえていたレオの声が、そこで途絶えた。ほぼ同時に光も消え、レオの姿も、その場から消え去っていた。
 またもやレオを捕らえ損ね、ジーンは彼が立っていた位置の手前で立ち止まる。
「…んもう!今度は何処へ消えちまったんだよ!!」
 悔しそうに拳を握りしめ、周囲を見回すも、レオが現れる気配は無い。
「どうやら、逃げられちまったみてぇだな」
 ステージに上がり、ジーンの隣に並んだロンファが、ため息をつきながら言った。
「あいつ、世界に混沌を招くだの、ルナを支配するだの言っていたけど…本気かねえ…」
 ジーンは拳の力を緩め、ボロボロにされた競売会場を眺めた。客たちは、まだ低くしたままの体勢で戸惑っており、ステージの脇へ避難していた競売人も、腰を抜かしている。
「レオは冗談であんなことを言う奴じゃねえが…本気であんなことを言う奴でもねえんだよな…」
「そうかい…ハァ。本当にとんでもないことになっちまったみたいだね…」
 ジーンは頭を抱え、深くため息をついた。
 そんな二人の暗い心境を表すかのように、虚しい音を立てて吹き込んできた風が、ジーンの髪とロンファのマントを揺らした。

   *

 レオに気絶させられたガードマンや、呆然としている競売人と競売客を置いて、ジーンとロンファは、さっさと会場の外へ出た。
 もう裏競売などと関わりたくもないし、関わってもいられない。そう思って、騒ぎが大きくなる前に会場を出ることにしたのだ。
 人気のない場所で仮面やマントを外し、会場から離れた場所でレミーナと合流した。
 何故かレミーナの服は塵と埃にまみれ、髪の毛もボサボサになっていた。その理由は、顔を合わせるなりレミーナのほうから話し始めた。しかも、一気に。
「聞いてよ!ひどい目に遭ったわ!食堂の中に入って地下へ向かおうとしていたら、いきなり食堂全体が崩れて上に吸い込まれていったの!見たら、空に黒い大穴が開いているじゃない!誰が黒竜の紋章を使ったの!?あたしと、会場の見張りをしていた男や、他に巻き添えを喰らった人たちは穴に吸い込まれる直前で地面に落とされたからよかったけど、おかげで服も髪も汚くなっちゃったわ!!」
 それを聞いて、ブラックホールが人間を吸い込まなかったことに、ジーンはホッとする。
「でも、どうしてレミーナも会場に来たのさ。それに…ルビィは?ルビィと一緒じゃないのかい?」
 ジーンが問うと、レミーナは深刻そうな顔をして答えた。
「もう気付いていると思うけど…と言うか、あの黒竜の魔法、レオが使ったの?だったらレオが大変なことになっていることを知っているはずよね」
「えっ…どうしてそれを?」
 レオの様子をろくに見ていないはずのレミーナが、彼の変貌を知っていることにジーンは驚かされる。
「話は、ヒイロとルビィと合流してからにしましょう。ジーンとロンファも、競売会場で何があったのか教えて…って、あれ?あの泥棒女は?」
 一緒に競売に出ていたはずのビッチェの姿が見当たらないことに気付いたレミーナは、目をぱちくりさせながら二人に尋ねた。
「…ごめん。逃げられた…」
 ジーンの答えを聞くなり、レミーナは怒りの形相で「何ですってェ!!!?」と叫んだ。
 ビッチェも連れて会場を出ようと、ジーンとロンファはステージを下りた後、一旦客席へ戻ったのだが、そこにビッチェの姿はなかった。どうやら、ロンファがジーンを追ってステージへと向かっていた時に、既に会場から抜け出していたようだ。
「もー許さない!!今度会ったらタダじゃ済まさないわよ!たっぷり利子つけてやる!!」
 レミーナは天に向かって吼える。道行く人々が、何事かとレミーナを振り向いていた。
「と、とにかく、早くヒイロたちと合流しに行こうぜ。時は金なりって言うだろ?」
 そう言ってロンファはレミーナを宥めた。

 しかし、その後…少なくともこの物語中でビッチェと再会することは、二度となかった。

 (第六章へ)


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