LUNAR2ばっかへ

Perfect Black


 "第六章  ジーン強奪"

 日が暮れ始めた頃、ジーン、ロンファ、そしてレミーナの三人は、酒場へ戻り、昨晩ヒイロとロンファが寝泊 まりした部屋に集まった。
 部屋では、先に戻っていたヒイロが深刻そうな表情でベッドに腰を掛けていた。ルビィは彼の肩に乗っている。
 ジーンたちも適当にベッドに座った。
「ルビィから話は聞いたよ。白マントの男の正体はレオだったんだね。しかも仮面の黒騎士なんて名乗って…いったい彼に何があったんだろう…」
 そう言ってため息をついた後、ヒイロはジーンとロンファに「ところでサファイアや白竜の翼は取り返せたのかい?」と尋ねた。
「それがねぇ…レオに全部持っていかれちまったんだ」
「ええっ!?…じゃあ、ジーンたちはレオに会ったの?」
 ジーンの答えを聞いたルビィが身を乗り出す。
「うん。会ったし、少しは言葉も交わしたよ。…何と言うか…仮面の白騎士の正義と悪が逆転しただけのような…そんな感じだったね」
 裏競売会場で見たレオの様子を思い出しながら、ジーンは話した。
 仮面の白騎士でさえ、その一途すぎて暴走しがちな行動で、人々に迷惑をかけているのだ。しかも正体はバレバレで、気付かないふりをしてあげているジーンたちも、正直うんざりしていた。
 正義を行っているはずの白騎士でさえ、この始末なのだ。悪に目覚めたら、どんなトラブルを巻き起こすのだろうか…そう考えると、ジーンたちの背筋に悪寒が走る。実際、裏競売会場をパニックに陥れ、天井と、その上にあった食堂を消し去った。
 ジーンは話を続ける。
「レオはまず、競売にかけられていた黒竜の紋章を奪って、天井を魔法で破壊した。そして会場内に青き星の光が射し込むようになると、今度はルーシアのメダリオンを駆使して、白竜の翼とサファイアも奪ったんだ。捕まえようとしたんだけど…逃げられちまったよ」
「何だって!?ルーシアのメダリオンは、レオが持っていたのか!?」
 今度はヒイロが、身を乗り出して叫んだ。ルビィとレミーナも、驚いた顔をする。
「ああ。だから…昨日酒場でヒイロとロンファの服を剥いだのも、レオに違いないよ」
 そう考えると、レオがずっと行方不明だった理由も、昨日の夕方から今までの不可解な出来事も、ある程度納得できる。
「…レオはビッチェに眠らされた時、頭を強く打ったそうだから…その衝撃で、どういうわけか悪に目覚めちまったんじゃないかねえ。それでルナを支配するために、あたしたちが持っている武器やバルガン、竜の紋章を手に入れようと考えたんだろう」
 ジーンは、自分が推測したレオの行動を、ヒイロたちに話し始めた。
 ルビィが様子を見に来る前に目を覚ましたレオは、ベッドで眠っているヒイロからメダリオンを奪った。
 いくらなんでも、小汚い服やロンファの葉っぱまで奪うことはないと思うが、正義の白騎士だって、異常なほど正義を貫かんとしていたのだ。あのノリのまま悪に目覚めたとしたら、異常なほど悪を貫くようになるのは当然かもしれない。低俗な嫌がらせも立派な悪事だ。
 そして、ルーシアのメダリオンを使って町の外へと瞬間移動した。これなら誰にも気付かれることなく、町の外に出られる。窓ガラスが割られていた理由は分からないが、何かの拍子で割れてしまっただけかもしれない。
 その後、ルビィが裸で寝ているヒイロとロンファを発見し、ジーンとレミーナをバルガンから連れ出した。こうしてバルガン内には誰もいなくなり、そこにレオが進入した。もしかしたら、ジーンとレミーナがいる間に既に潜入していたかもしれないが。
 フラフラの状態でバルガンに戻ってきたヒイロとロンファを叩きのめし、再び服を剥ぎ、わざわざ町の河に投げ捨てたのも、単なる嫌がらせだろう。
 バルガン内に置いてあった白竜の紋章を装備し、白竜の魔法でルビィの攻撃を防ぐことも、レオほどの魔法力の持ち主なら可能だ。裏競売会場で使っていた雷の魔法も、雷系の魔法が使えるようになる紋章を装備して放ったのだろう。
 だが、黒竜の紋章や白竜の翼が無いことに気付き、バルガンをどこかに停泊させると、メダリオンを使って町に戻ってきた。
 そして今日の昼、酒場を出て裏競売会場へと向かうジーンたちを見つけ、後をつけた。
「会場に入る前まで、ずっと誰かの視線を感じていたんだけど…きっと、レオがあたしたちの様子を窺っていたんだよ」
 そこまでジーンが話した所で、レミーナが手を挙げ、「ところでさあ…」と口を開いた。
「ジーンとロンファには、まだ話していなかったわよね。あたしとルビィが町で情報収集をしていたら、昨晩レオが町に現れたって話を聞いたのよ。たぶん…あたしたちが寝ている間だと思うわ」
 それを聞いたジーンとロンファは、思わず「ええっ?」と声を上げた。
「レオは仮面の黒騎士と名乗って、町の人を何人かさらったらしいの。それも職人ばかりよ。きっと何か企んでいるんだろうけど…」
「そういえば、競売会場でレオが言っていたよ。準備が整っていないってね。何の準備かは知らないけど、それと職人をさらったことに関係がありそう…」
 競売会場から姿を消す直前のレオが「まだ準備が整っていない」と言っていたことを、ジーンは思い出した。
 その後にもレオは何か言おうとしていたが、よく聞き取れなかった。
「…おおかた、悪の帝国でも作り上げようとしているんじゃねえか?」
 レミーナとジーンの話を聞いて、ロンファは苦笑いを浮かべながら言った。
「悪の帝国って…そんな、子供のゴッコ遊びじゃあるまいし…」
 ヒイロも苦笑し、ジーンとルビィも「そんなまさか」と呆れるが、どことなく気まずい空気が漂い全員黙り込む。
 …レオなら、ありうる…。
 口では否定できても、この場にいる者の思考は、確かに一致していた。
「…と・とにかく、レオを探そう!メダリオンやサファイアを取り返さないと!!」
 そんな沈黙を、ヒイロの力強い声が破った。
「そ・そうよ!悪の帝国はともかく、あいつがまた何かしでかす前にとっ捕まえて、おかしくなった頭をスッキリさせてやらなきゃ!!」
 ヒイロに同意し、レミーナは拳を握りしめて言った。
 彼らの言う通り、今のレオを野放しにしておくわけにはいかない。メダリオンやサファイアも取り返さなければいけないし、悪の帝国を築き上げようとしているのであれば、なおさら止めるべきだ。
 いきなり悪に目覚めたレオを、元のレオに戻せるかどうかは分からないが、まずは彼を捕まえなければ何も始まらない。
「…そうだね。今は仮面の黒騎士でも、レオはあたしたちの仲間…。あたしたちでレオを捕まえて、さらわれた人たちも助けなきゃね!」
 もはや呆れたり落ち込んだりしている場合ではない。笑って済ませられる事態ではないのだ。
 そう考え、気持ちを切り替えると、ジーンは表情を引き締めた。
「でも、レオは今どこにいるのかしら。バルガンに戻ったにしても、バルガンの場所がわからないし…」
 ルビィは、う〜んと唸って考え込む。
 どうやら町での情報収集では、バルガンが停泊してある場所などの情報は得られなかったようだ。ヒイロとレミーナも、一緒になって考え込んでいる。
「ねえロンファ。あんた、レオとは幼馴染みだろ。あいつの行動を先読みすることはできないのかい?」
 ジーンがロンファにそう尋ねると、ロンファは「そうだなあ…」と呟いた。
「バルガンの場所は分からねえが…レオが悪に目覚めた所で、子供のゴッコ遊びのような悪事しか働けねえはずだ。元々、正義一途のレオが、いきなり手の込んだ悪事を働けると思うか?ルナを支配するとかほざいていやがったが、ゾファーのようにずる賢くはできねえだろうよ」
 言われてみれば、あの猪突猛進のレオが、ゾファーのように狡猾に悪事を働けるとは思えない。
 だが、バルガンや竜の紋章を彼が独占していることを考えると、例えば破壊活動を行った場合、その規模は計り知れない。
 まあ、レオが大ぴらに悪事を犯してくれれば居場所も分かるかもしれないが、犠牲者が出てからでは遅いのだ。
「だが、いきなり派手に悪事を働き始め、自分の存在を公にするほどバカでもなかったようだな。俺たちからバルガンや紋章を盗んだのは、力を蓄えるためか?…レオが言っていた準備とは、どんなに強い人間でもねじ伏せられるほどの力を集めることかもしれねえ」
「じゃあ、レオはまだ力を集めているってこと?」
 ロンファの話を聞いたルビィが、彼にそう問う。ロンファは「たぶんな…」と答える。
「でも、竜の紋章にバルガン、ルーシアのメダリオンまで持っているんだから、力は充分集められたと思うわよ。他に、悪の帝国を築くのに必要な物を集める気なんじゃない?例えば、お金や人材とか…」
 レミーナは、そう自分の考えを述べた。
「それならメリビア辺りが狙われるんじゃないかい?ほら、ラムス商店なんか儲かっているようだし、人もたくさん住んでいるだろ」
 ジーンの言葉に、ヒイロたちも「そうかもしれない…」と頷き合った。
「ただ、レオの行き先が予想できた所で、先回りは難しいぜ。レオはメダリオンを持っているんだ。例えメリビアがノートの隣にあっても、徒歩と瞬間移動じゃ話にならねえよ」
 そんなことを、ロンファが言った時…。
 …瞬間移動?
 その言葉が、ジーンの頭の中でひっかかった。彼女は微かに首を傾げる。
「ジーン?どうかしたの?」
 それに気付いたルビィが、ジーンに声をかけた。ヒイロたちも、ジーンを見る。
「う〜ん…何か大切なことを忘れているような気が…」
 しかし、いくら首をひねっても思い出せない。ただ、今ヒイロたちに話さなければいけないことで、とても重要なものだということは覚えていた。
 …そんな重要なことなら、忘れるはずはないと思うんだけど…。
 しばし黙り込み、どうにか記憶を呼び覚まそうとしていたジーンだが、ふと疲れているようにため息をつくと、立ち上がり、ヒイロたちに言った。
「ちょっと…一人にさせてもらってもいいかい?もしかしたら、思い出すかもしれないからさ」
 ヒイロたちは、不思議そうな顔をしつつも頷く。
「いいけど、重要なことなら、早めに思い出してくれ」
 ヒイロに言われ、ジーンは「分かったよ」と返事をすると、「じゃあ、隣の部屋にいるから」と付け足した後、部屋を出た。

   *

 日は完全に沈み、雲の無い夜空で星々が瞬いている。
 この時間帯は、青き星が最も美しく見える頃とされている。こんな事態でも、その輝きを浴びていると、心も体も癒されていくような気がする。
 ヒイロたちがいる部屋とは別の、マスターが貸してくれたもう一つの部屋に一人で入ってから、十五分くらいは経っただろうか。部屋の中をうろうろと歩き回ったり、窓を開けて夜空を眺めてみたりと、一見無意味な行動ばかり取っていた。
 実際、無意味だった。何をしても、忘れている何かを思い出すことができない。青き星は癒しを与えてくれても、今ジーンが思い出したい記憶を呼び覚ます手伝いはしてくれないようだ。
 深く息を吐き出しながら、靴を履いたままベッドの上で仰向け寝転がり、天井を眺める。
 下の階の酒場は騒がしくなり始め、その喧噪がうっとうしい。
 …駄目だ。なかなか思い出せない…。
 寝返りを打って俯せになると、真っ白なシーツに視界を埋め尽くされた。
 …それにしても…白マントの男の正体がレオだったなんて…。
 レオが悪者になってしまったのは、昨晩、頭を強く打ったのが原因としか考えられない。そうでなければ、あの正義一途のレオが、夕暮れ時にルビィと別れてから、ジーンたちが酒場に駆けつけるまでの短い間に、悪の化身などに変貌するわけがない。
 頭を強く打って悪に目覚めるなんて、ベタな気もするが、レオになら起こり得ると考えてしまうあたり、やはり彼はいろんな意味で恐ろしい存在だと思う。
 …しかも、正義の味方が仮面の白騎士なら、悪の味方は仮面の黒騎士ねぇ。あいつが竜の紋章やバルガンを盗んでいなきゃ、笑ってやりたいところだけど…。
 竜の魔法を使えるようになる紋章。町一つくらいは軽く潰せそうなバルガン。そして瞬間移動を可能とするメダリオンと、白竜の翼。
 竜の紋章は、ゾファーとの戦いでも役に立った。
 バルガンのおかげで移動が楽になり、定期船を待たずに海を渡ることもできた。もちろん、移動手段に関しては、ルーシアのメダリオンにも非常に助けられていた。
 そして、白竜の翼があったから、遺跡で迷っても常に脱出は可能だったし、ペンタグリアで敵に囲まれた時も、ピンチから脱出することができた。
 そんなアイテムが…自分たちを何度も助けてくれたアイテムが、こんなに頭を悩ませるものになるとは、思ってもみなかった。
 ジーンは目を閉じ、何度目かになるため息をつく。
 …ん?白竜の翼?ペンタグリアで?
 はっと目を開き、先程まで考えていたことを、ジーンは頭の中で復唱する。
 …ペンタグリアで敵に囲まれた時、ピンチから脱出できた…?
「そうだ!すっかり忘れていたよ!!」
 ジーンは勢いよく体を起こす。
「ナルに白竜の翼を操作してもらえばよかったんだ!!何ですぐに思い出せなかったんだろう!!」
 レオが白竜の翼を所持しているのであれば、ナルに白竜の翼を遠隔操作して貰い、レオを呼び寄せればいい。どこにいるかも、どれほど遠く離た場所にいるかも分からないレオを、わざわざ探さずとも捕らえることができるのだ。
 裏競売会場で、他の競売客に白竜の翼を競り落とされた時、ロンファもその手で白竜の翼を取り返そうと言っていた。
 …ロンファも、そのことを忘れているんだ…早くみんなに教えなくちゃ!
 ジーンはベッドから下り、部屋を出て行こうとした。
 しかし、ふいに何かが風を切る音が、開け放たれたままの窓の外から聞こえてきた。何かと思って立ち止まり、ジーンは窓へと顔を向けようとしたが、それより早く、ものすごい勢いで一人の男が窓から部屋の中に飛び込んできた。
「うわっうひぇあぁぁっ!!?」
 あまりに突然な出来事に、思わずジーンは奇声を発して後ずさり、部屋の壁に背中をへばりつけた。
「こらあっ!窓はちゃんと閉めておけ!蹴破れんではないか!!」
 彼は部屋の床に軽やかな着地を決めると、ジーンに向かってそう怒鳴った。
「んなぁ!?れれれれれれレオ?」
 ジーンは震える指先で彼を指差しながら、これまた震える声で言った。そう、現れたのは、黒い仮面と騎士服、そして白いマントを羽織ったレオであった。
「レオではない!仮面の黒騎士であると言っておろうが!!名乗るのはこれで四度目になるぞ!物覚えの悪い女め!」
 間違いなくレオであり、正体を隠しても明らかにレオであるレオがいきなり現れ、驚かされたジーンが思わずレオの名を叫んでしまうのは仕方のないことだ。物覚えの良し悪しの問題ではない。
「無茶言わないどくれよ!!それよりレオ…」
「レオではない!決して断じてレオではない!!心の底からレオではなーい!!!」
「あーもう!分かった分かったってば!!仮面の黒騎士だね!」
 彼は、いくらレオと呼ばれても頑なに否定し続ける気のようだ。このままではらちが明かないと悟ったジーンは、仕方なくレオを黒騎士と呼ぶことにする。
「それで…黒騎士さん。いきなり現れて、いったい何の用だい?」
 ジーンは壁から背を離し、レオ…いや、黒騎士を睨みつけた。
 できれば黒騎士をとっ捕まえたい所だが、いくらジーンでも竜の紋章やメダリオンを所持している黒騎士を一人で捕らえられる自信はない。
 ヒイロたちに応戦を求めれば、捕らえられるかもしれない。しかし、ヒイロたちがいる部屋は二つ隣にあり、呼ぶにはそれこそ大声を出さなければいけないし、黒騎士はちょうど青き星の光が窓から射し込んでいる位置に立っており、彼が腕に吊しているメダリオンも青き星の光を浴びているので、下手な行動を取れば瞬間移動で逃げられる恐れがある。
 ナルに白竜の翼を遠隔操作してもらうという手段を思い出したとは言え、いつ悪事を働くか分からない黒騎士を、早めに捕まえておいて損はない。むしろ、今がその絶好のチャンスなのだ。
 何故、黒騎士がこの部屋に現れたのかはいいとして、今は慎重に隙を窺おう。そう、ジーンは冷静に頭を働かせた。
「フッ…そう構えるな。ここで騒ぎを起こすような真似はしない。…貴様が大人しくしていれば、な」
 不敵な笑みを浮かべ、黒騎士はジーンに言った。
 騒ぎを起こす気がないのなら、なぜ窓を蹴破る気満々で窓から飛び込んできたのだろう。登場の時点で既に騒ぎを起こすような真似をしており、それに気付かずカッコつけている黒騎士に、ジーンは頭痛を覚えるが、突っ込みを入れたい気持ちと共に耐えた。
「じゃあ、何をしにここへ来たんだい?」
 警戒を解かず、黒騎士を睨みつけたまま、ジーンは再び彼に尋ねた。
 すると、黒騎士は偉そうに腕を組み、高らかな笑い声を上げた。
「ハッハッハッハッハ!よかろう!そんなに知りたければ教えてやる!我が素晴らしき計画の全貌をな!!」
 そこまで知りたいと言った覚えはないが、黒騎士が話したがっているようなので、ジーンは黙って彼の話を聞くことにした。
「私の目的は、誰もが恐れおののく絶対的な悪の存在として、ルナの世界を支配すること。それには強大な武力が必要だ。手始めに、私は貴様らから竜の紋章や武具、バルガンなどを奪った。私にとって、ゾファーを倒した英雄である貴様らは邪魔な存在なのだ。そんな貴様らから武具を奪って戦力を激減させ、私は多大な力を得た!!正に一石二鳥!素晴しかろう!!」
 黒騎士は自己陶酔しているような笑み浮かべながら、そう話した。
 確かに、効率の良い計画ではある。だがジーンにとっては素晴らしいと思えるほどのものではなかった。
 酔っぱらって眠っているヒイロからメダリオンを盗み、三つの竜の紋章やバルガンは、ジーンたちが留守の間に奪った。しかもバルガンを移動させる前に戻ってきたヒイロとロンファは千鳥足。
 既にこれだけのアイテムを労せず手に入れていれば、それらを使いこなせる黒騎士にとって、裏競売にかけられていたアイテムを手に入れることなど造作もないはずだ。それを成した黒騎士の手際は良いが、やっていることは案外せこい。
 それに、いくら悪者になりきっているとは言え、ヒイロとロンファの服を剥ぎ、ロンファの葉っぱまで奪うなどの嫌がらせはどうかと思う。
 顔には出さないが、内心ジーンは呆れていた。それに気付いていない黒騎士は、話を続ける。
「こうして手に入れた力を利用し、悪の軍勢を作り上げ、多くの人々を支配下に置き、やがて最強の悪の帝国を築く!そして、我が最大の敵、仮面の白騎士を滅ぼした時こそ、私は四竜も平伏す悪の帝王として、恐怖と絶望に満ちたルナの世界に君臨するのだ!!!」
 いかにも悪役が考えそうで、巨大な突っ込みどころを含む言葉を、黒騎士は誇らしげに言い切った。
 今まで心の中でだけ、黒騎士の話に呆れていたジーンだが、さすがに今度は心の中だけでは呆れきれなかった。表情を崩し、みっともなく開いた口から「んがっ…」と変な声を漏らした。
 …ロンファの言っていた通り、本気で悪の帝国を築く気だったのかい!?単純な奴だねえ!それに、仮面の白騎士を倒した時こそ、悪の帝王としてルナの世界に君臨するって…あんたと白騎士は同一人物だろ!!倒すどころか探し出すことすら不可能じゃないか!それじゃ悪の帝王は一生無理だよ!!
 ジーンは、心の中で黒騎士に突っ込みを入れる。口に出し、なおかつハリセンでどつきたい衝動にも駆られたが、それは我慢した。
「ハーッハッハッハッハッハッハッハッハッハッ!!!どうだ、恐れ入ったろう!これが我が計画の全貌だ!!これぞ悪!完璧な悪の計画!!もはや私は悪の象徴たる存在と言っても過言はあるまい!!」
 そんなジーンの気持ちもつゆ知らず、黒騎士は偉そうにふんぞり返って笑った。
 黒騎士の考え方には、恐れ入るどころかバカバカしくなるが、そんな計画を立て、実現せんとしている黒騎士自身は、確かに恐ろしい存在だ。
 悪用すれば街の一つや二つは余裕で滅ぼせるバルガンや竜の紋章を、黒騎士は所持し、使いこなせるのだ。聞くだけならバカバカしい計画も、実現される恐れがあれば笑い事ではない。
 それを思い出したジーンは、開いていた口を閉じ、ポカンとしていた顔を引き締める。
 黒騎士は、まだ笑いながら自画自賛の言葉を連発しており、視線はおそらく天井へと向けられている。
 今なら、彼を捕らえることができるかもしれない。そう考え、ジーンは黒騎士に気付かれないよう、じりじりと彼に近付く。
 そして黒騎士が間合いに入ると、強く床を蹴り、一気に距離を詰めた。黒騎士がそれに気付き、笑いを止めた時には、既にジーンは黒騎士の懐に潜り込んでいた。
「はああっ!!」
 ジーンは黒騎士の鳩尾に拳を叩き込んだ。黒騎士は短い悲鳴を上げ、後ろに飛ばされる。
 しかし、思ったより手応えがない。どうやら拳を叩き込む直前、黒騎士は自ら後ろに跳んでダメージを和らげたようだ。
「ぬう…不意打ちとは、貴様もなかなかの悪であるな!!」
 黒騎士は、一度床に体を打ち付けただけで、すぐに体勢を整えようとする。できれば彼を気絶させる気で攻撃を仕掛けたジーンは、小さく舌打ちをした。
 だが、その攻撃の、本来の目的は果たされていた。
 黒騎士を青き星の光が届かない位置へ移動させることができた。今ならメダリオンを使って逃げられる心配もないし、先程の攻撃によるダメージも、少なからずとも残っているはずだ。
 …休む暇も、応戦する隙も一切与えない!このまま一気にレオをとっ捕まえてやる!逃げられないよう、まずはメダリオンを奪い返す!!
 間髪入れず、ジーンは再び床を蹴り、黒騎士に向かって突っ込む。今度はよそ見をしていない黒騎士は、ジーンの行動にすぐに気付いた。
 だが、まだ完全に体勢を整えられていない状態では逃れられまい。少なくとも、そうジーンは思っていた。
 黒騎士が動きを見せる前に懐に入ったジーンは、伸ばした左手でメダリオンを掴み、同時に右手拳で彼の鳩尾を打った…はずだった。
「えっ…?」
 手応えが、全くない。まるで煙のように、メダリオンと黒騎士の体はジーンの手をすり抜け、瞬く間もなく消え失せた。
「ハッハッハッハッ!!どこを狙っている!」
 その時、ジーンの背後から黒騎士の笑い声が響き、同時に一陣の風が彼女の髪と拳法着を揺らした。
 …そんなバカな!?
 黒騎士は、残像だけジーンの目の前に残して、背後に回っていたのだった。
「このっ!」
 すかさずジーンは、背後に立つ黒騎士の脇腹を薙ぎ払うように、回し蹴りを繰り出した。
 しかし、この攻撃も黒騎士の残像をかすめただけだった。またもや寸前で黒騎士に逃げられ、彼が一瞬で駆け抜けた後を、一陣の風が吹き抜ける。
「どうした?優れた瞬発力が、貴様の売りではなかったのか?」
 その声が聞こえたほうへと、ジーンが顔を向けると、開け放たれたままの窓の桟に腰を掛け、余裕にも足を組んでいる黒騎士の姿を確認できた。
 ジーンは体の向きを変え、黒騎士を正面に見据えた状態で構え、そのまま動かず彼の様子を窺う。
 …どういうこと?あの速さ、人間じゃあり得ない…。
「フフフ…私の動きに驚かされているようだが…なに、難しいことではない」
 黒騎士は、羽織っている白いマントの、左肩に掛かっている部分を捲り、そこに隠されていた二つの紋章をジーンに見せた。
 二つとも、同じ動物の絵が彫られている銀色の紋章だ。
「それは…チロの紋章!?」
 黒騎士の左肩に下げられていたのは、昨晩バルガンごと盗まれた紋章の内の二つだった。チロの紋章と呼ばれているもので、身に着ける者の素早さを上げる効果がある。
 しかも、同じ紋章を二つ装備することで、その効果は倍増するのだ。
 …うかつだった…レオが持っている紋章は竜の紋章だけじゃないんだった。
 これでは黒騎士を捕まえることができない。だが、ジーンが攻撃を仕掛けたにも関わらず、黒騎士は部屋から逃げ出そうとする気配を全く見せない。メダリオンだって、使おうと思えばいつでも使えるはず。
 黒騎士が何のためにこの部屋に留まっているかは知らないが、まだ捕まえるチャンスはあるということだ。
「…黒騎士さん。あんたが立てた悪の計画がどんなものなのか、それはよく分かったよ。でも、何であんたがこの部屋に来たのか、まだ聞かせて貰っていなかったね。話の途中で殴りかかっておきながら聞くのも何だけど…教えちゃくれないかい?」
 ジーンは身構えたまま、黒騎士に尋ねる。それを聞いた黒騎士は、いかにも機嫌の悪い声で、ジーンに言い放った。
「フン!話の途中でいきなり正拳突きを放ってくるような者には、もう答えてなどやらん!!」
 まるで拗ねた子供のようだ。そんな黒騎士の態度に、ジーンの姿勢がガクッと崩れる。
「それに…話さずとも、すぐに分かる」
 ふいに、黒騎士が不敵な笑みを見せた。
 何かを企んでいる顔だ。嫌な予感がして、ジーンは崩した体勢を慌てて整える。
 だが、それすら叶わぬ間に、黒騎士はジーンの背後に移動し、彼女を羽交い締めにした。さらに両足を絡められ、全く身動きが取れない状態にされる。
「しまった…!」
 羽交い締めを解こうと、ジーンは抵抗するが、力では黒騎士に敵わなかった。
「フッフッフッ…さあジーンよ。私と一緒に来て貰おうか」
 黒騎士はジーンの耳元で囁いた。そして彼女を羽交い締めにした体勢のまま、足を引きずって青き星の光が当たる位置へと移動する。
「うう…レオ!あたしを何処へ連れて行く気だい!?」
 ジーンは、離れた部屋にいるヒイロたちが気付くよう、できる限り声を張り上げて言った。
「レ・オ・で・は・なーい!!!レオではないレオではない決してレオではないと言っておろうがー!!!!」
 またレオと呼ばれた黒騎士は、額に血管を浮かび上がらせて怒鳴った。すぐ耳元で怒鳴られたジーンは、鼓膜は破れなかったが、あまりの声量に頭を強く殴られたような衝撃を覚える。
「わ、分かってるって!黒騎士さんだろ!バカでっかい声を出すんじゃないよ!!」
 耳鳴りに耐えながら、ジーンは黒騎士に向かって吐き捨てるように言った。
「分かっていて間違えるな!!…む?」
 ふと、黒騎士の尖った耳が、ぴくりと動いた。
「…来た…か。まあいい」
 黒騎士がそう呟いた時、ジーンは複数の人間の足音が聞こえてくることに気が付いた。どうやら黒騎士は、ジーンより早くその足音に気付いたようだ。
「レオ!いるのか!?」
 黒騎士の怒鳴り声が聞こえたのか、ヒイロたちが勢いよくドアを開け、ドタドタと部屋の中に入り込んできた。
「みんな!あうっ…!」
「黙れ!私以外の者と、勝手に話をすることは許さん!!」
 ジーンがヒイロたちに声をかけると、黒騎士はジーンの後頭部を荒々しく掴み、顔を下に向けるよう、強く押した。
 黒騎士の姿を確認し、その姿とジーンへの態度に驚かされたヒイロたちは、ドアの前に立ち並び、一斉に言い放った。
「れ・レオ!?どうしたんだそのカッコ!!」
「何やってんのレオ!!どうしてジーンにそんなことをするの!?」
「おいレオ!!悪者ゴッコも度が過ぎるぜ!いいかげんにしやがれ!!」
「レオ!ジーンを放しなさい!!」
 ヒイロたちにまで、しかも一人につきご丁寧にも一度ずつ、黒騎士はレオと呼ばれた。
「私はレオではない!!ええい!貴様らまでレオと呼びおって!!これで何回私が名前を間違えられたと思っておる!何度も名前を間違えられる者の身にもなってみろ!!」
 黒騎士がヒイロたちに怒鳴る声は、相変わらずジーンの耳に響く。ジーンも声を荒げ、「そんなに大声を出さないどくれよ!」と黒騎士に言った。
「…レオってば、レミーナたちの言った通り、ホントに悪者になっちゃったの…?」
 ヒイロの肩に乗っているルビィが、また黒騎士をレオと呼んだが、ジーンに文句を言われていた黒騎士には聞こえていなかったようだ。
「やめるんだレオ!目を覚ましてくれ!!」
 ヒイロが、ずいっと一歩前に出た。それに続き、ロンファとレミーナも身構える。
「レオではないと言うに!!…とにかく、今更駆けつけた所で、もう遅い!ジーンは、この黒騎士が貰い受けた!!」
 黒騎士がそう言い終えた時、青き星の光を反射しているメダリオンの輝きが増した。
 下を向けられているジーンの視線の、ちょうど先にメダリオンが揺れていたので、その輝きに彼女がいち早く気付いた。
 …あたしを連れて、ここから逃げる気だ!
「みんな、聞いとくれ!!」
 下を向いたまま、ジーンはヒイロたちに叫んだ。ヒイロたちもメダリオンの輝きに気付き、二人に駆け寄ろうとする。
「ペンタグリアの女神の塔の下で、敵に囲まれたことがあっただろ!その時、どうやって助かったか覚えてるかい!?」
 ジーンは、白竜の翼を使って黒騎士を捕らえるという手段をヒイロたちに伝えようとした。黒騎士に悟られないよう、言葉を選んだつもりだが、気付かれる可能性はないとは言い切れない。だが、この場から瞬間移動をするまでの短い時間に考えている暇などなかった。
 たちまち金色の光が生じ、腕を伸ばして駆け寄ってくるヒイロたちの視界から、ジーンの姿を消した。
「ロンファなら分かるだろ!競売会場で、あんたが言っていたことだよ!!」
 光に包まれ、体が宙に投げ出されたような感覚に見舞われても、ジーンはヒイロたちに呼びかけ続けていた。
 その言葉が、どこまでヒイロたちに伝わったかは分からない。気が付けば光は消えており、酒場の喧噪やヒイロたちの声まで消えていた。

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