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Perfect Black


 "第七章  完璧な悪"

 ジーンと黒騎士が立っていた場所に先に着いたのは、ヒイロの肩を蹴って跳んだルビィだった。
 しかし光は既に消え、ジーンと黒騎士の姿も見当たらない。仕方なく、ルビィは翼を広げ、その場で旋回する。
「レオ!ジーン!」
 ヒイロもその場で立ち止まり、周囲を見回すが、やはり黒騎士とジーンの姿は無い。
「レオ!どこにいるのよ!姿を見せなさい!黒い仮面に黒い服を着て仮面の黒騎士と名乗っているレオー!!」
 ヒイロの隣に並んだレミーナは、もしかしたら黒騎士をレオと呼べば、「レオではなーい!!」とお決まりの返事がどこからか聞こえてくるかもしれないと思い、わざとらしく叫んだ。
「バカ!もうとっくに俺たちの声も届かない場所へ行っちまったに決まってんだろ!!」
 レミーナに突っ込みを入れつつも、ロンファは開け放たれた窓から身を乗り出し、黒騎士たちの姿を探していたが、どこにも見当たらなかった。
「何でそう分かるのよ」
「女をさらった悪者は、だいたい自分のアジトへ戻るもんだ」
「そんな単純なものかしら」
「そりゃレオが単純な奴だからな」
 レミーナとロンファが言い合っている間、ルビィはヒイロの肩の上へと戻る。
「一体どうなっているんだ!レオがメダリオンやサファイアを盗むどころか、ジーンまでさらうなんて!」
 ヒイロは両手で頭を抱え、声を荒げた。
 かつては敵同士ではあったが、今は互いに信頼し合える仲間であるはずのレオが…誰よりも正義を重んじるレオが、ヒイロが大切にしているメダリオンと、ルーシアに会うために必要なサファイアまで盗むなんて、レミーナたちの口から聞いた時も信じられなかったが、目の当たりにしても信じきれずにいた。
 仮面の黒騎士などと名乗り、仮面の白騎士と同じノリで悪事を働くレオを、ロンファとレミーナはアホかと思うが、大切な物を二つも盗まれているヒイロは、そんな悠長なことを考えていられない。
 その気持ちを察しているルビィは、心配そうにヒイロの顔を覗き込んでいた。
「…あっ、そういえば…競売で紋章やサファイアを競り落とすためにジーンに渡した大金までレオに奪われたんじゃない!?ロンファ!ジーンからお金渡して貰ってない!?」
 レミーナもヒイロを心配そうに見ていたが、ジーンが持っていた六千シルバーのことを思い出したレミーナは、窓の前に立っているロンファに、青い顔で尋ねた。
「いや、俺は渡されていねえ。ここに戻ってきてからも、誰かに渡したりした様子は見てねえから…ジーンが持っているだろうな」
 ロンファはレミーナを振り返って答えた。レミーナは頬に手を当て、この世の終わりのような表情で、わなわなと震え始める。
「落ち着け!おそらく、あいつはジーンと一緒にバルガンへ移動したはずだ。他に行く当てはねえ」
 そう言いながら、ロンファはヒイロとレミーナに駆け寄った。
「バルガンか…でも、どこにあるのか…」
 両腕をだらりと下げると、ヒイロはため息混じりに呟いた。
 ロンファも一つため息をつくと、真剣な面持ちで話し始めた。
「それより、ジーンが俺たちに言おうとしていたことに、気が付いたか?メダリオンで瞬間移動して消える直前まで、叫んでいただろ」
「ええ、気が付いたわ。ジーンは白竜の翼を使えって言ってたんでしょ」
 ルビィはロンファへと顔を向け、小さく頷いて答えた。
「あ、そっかぁ!ペンタグリアでピンチから脱出した時みたいに、ナルに白竜の翼を遠隔操作してもらえばいいのね!!」
 レミーナは両手をパンと叩いて声を上げた。
「なるほど…あの時、ナルは僕たちが何処にいて、どんな状況に陥っていたのかを知っていたようだったね。レオが白竜の翼を持っている時に、ナルが遠隔操作して彼を転送すれば…」
 そう呟くヒイロの表情は、微かだが明るさを取り戻していた。レミーナも落ち着きを取り戻している。
「そうだ。例えレオが白竜の翼を持ち歩いていなくても、きっとジーンが手にするはずだ。そしたらジーンを転送してもらえばいい。そうすりゃバルガンの場所も分かるし、もしジーンがメダリオンや紋章をレオから取り上げていれば、それらも戻ってくる。…レオが何を考えてジーンをさらったかは知らないが、これはレオを捕まえ、俺たちのアイテムを取り返すチャンスと考えてもいいんじゃねえか?」
 ロンファはニィっと口の端を吊り上げながら、ヒイロたちに話した。
「そうね…じゃあ、あたしがキカイ山まで飛んで、そのことをナルに話してくればいいのね!」
 ルビィは尻尾をピンと立て、任せてと言わんばかりに胸を叩いた。
「そうだな。もう外は暗くなっちまったが…頼めるか?」
「大丈夫!ヒイロを必ずルーシアに会わせるんだから!暗い怖い言っている場合じゃないわ!」
 そうロンファに返事をすると、ルビィはヒイロの肩から跳び、翼を広げて羽ばたかせた。
「ルビィ!ボクたちも一緒に行かなくて平気かい!?」
「いいえ、ここはルビィだけに任せたほうがいいわ。もしレオが町に悪事を働きに来たら、対抗できるのはあたしたちだけでしょ。それに、キカイ山にならナルもいるから大丈夫よ」
「そういうことだ。俺たちはこの町にいるから、レオかジーンを転送することができたら教えに来てくれ。頼んだぜ!」
 ヒイロたちに声をかけられ、ルビィは「了解!」と力強く頷くと、窓から外へと羽ばたいた。
 暗い夜の闇へと飛び去って行くルビィを、ヒイロたちは窓から顔を覗かせて見送っていたが、やがて彼女の姿が見えなくなると、この部屋にいても仕方がないので、窓を閉めてから元いた部屋へと戻った。

   *

 硬い床の感触が靴の裏から伝わり、ジーンは閉じていた瞼を開いた。
 まだ羽交い締めにされ、顔を下に向けられているジーンの視界には、微かな青い光に照らされている床の一部しか映らなかったが、見慣れている床だったので、居場所を知ることができた。
 …ここは…バルガンの甲板!?
 ロンファが予想した通り、黒騎士はジーンと共に、メダリオンでバルガンへと移動していた。
 ジーンの頭を押さえつけている黒騎士の手の力が緩み、羽交い締めも解かれると、ジーンは黒騎士に回し蹴りを喰らわそうと、素早く動いた。
 しかし、その行動は予想されていたようだ。チロの紋章を二つ装備している黒騎士は、あっさりとジーンの攻撃をかわし、彼女と距離を取る。
「ハッハッハッ!!無駄だということが分からんのか!!」
 舌打ちをしながら体勢を整え、ジーンは黒騎士と対峙する。
「くっ…レオ…じゃなくて黒騎士さん。どうしてあたしだけバルガンに連れて来たのさ!いったい何を考えているんだい!?」
 ジーンの凛とした声が、夜の冷たい空気の中で響き渡った。
 だが、黒騎士は何も答えず、黙ってジーンを見つめている。
 微かに青白く照らされた肌。艶のある赤い唇。湿った風が揺らす、若草色の髪。
 勇ましい拳法着姿で、厳しい表情をしていても、女性としての美しさは全く損なわれず、むしろ魅力的とすら感じてしまう。
「…全ては、私が完璧な悪となるため…」
 そんなジーンの姿を、しばらく眺めた後、黒騎士は不敵な笑みを浮かべ、そう呟いた。
「完璧な…悪?どういうことだい?」
 ジーンは首を傾げ、黒騎士に問う。
 人さらいは、確かに悪事に属する。しかし、既に黒騎士はノートの町の人間を数人さらっている。
 ただ悪者を目指しているだけなら、拳法家のジーンよりも、戦闘能力の低い町の人間をさらったほうが、危険が少ない。
 それとも、あえて強い人間をさらうことで、自分の強さを誇示したいのだろうか。
 …でも、自分の強さを自慢したいのなら、さらうより叩きのめした方が、ずっと誇示できるはず…。
 考えながら、ジーンは黒騎士の答えを待っていた。
 やがて黒騎士は、ジーンに左手を差し伸べた。
「来い。その答えを教えてやろう」
 そう黒騎士に言われ、ジーンは戸惑い、一歩後ずさる。
「来いって…どこへ行く気だい?」
「来れば分かる。嫌だと言えば、無理矢理連れて行くまでだ。…私から逃れられると思うな」
 手を差し伸べながら、黒騎士はゆっくりとジーンとの距離を詰めていく。
 …確かに、チロの紋章を二つも装備しているレオから逃げることは、難しい…。
 ジーンは近付いてくる黒騎士を睨みつけながら、思考を働かせる。
 …それに、一緒に行動していれば、盗まれた物を取り返すチャンスも巡ってくるかもしれない。ここは、大人しく従ってみよう。
「…変なちょっかいを出したら、タダじゃおかないからね」
 脅すように言って、ジーンは黒騎士に右手を差し出した。
「悪である私に、それは無理な注文だ。貴様こそ妙な真似をするでないぞ」
 ジーンの一歩手前まで近付いていた黒騎士は、差し出された手を取ると、そのまま彼女に背を向け、歩き出した。
 握られた手が僅かに痛み、同時に強く腕を引かれたジーンは顔をしかめる。
 …今は従ってやるけど、少しでも隙を見せたら、すかさずとっ捕まえてやる!
 ジーンは無言で黒騎士の背中を睨みつけながらも、彼の後に続いた。

   *

 酒場に残ったヒイロ、ロンファ、レミーナの三人は、何もやることがないので、仕方なく休むことにした。
 夕食も取らず、それぞれのベッドに潜り込んで眠り、部屋のドアがノックされる音を聞いて目を覚ました時には、外はすっかり明るくなっていた。
 ドアをノックしたのは酒場のマスターで、朝食ができているから食べに来いと呼びに来てくれたのだった。
 三人分の朝食代くらいなら払える余裕があったので、ヒイロたちは朝の身支度を終えてから、朝食を取りに行くことにした。

 酒場の一階で、三人はテーブルを囲んで席に着いて食事を始めた。
 店はまだ準備中なので、ヒイロたちの他に客はいない。マスターもカウンターの奥に引っ込んでしまったため、ヒイロたちが食器を鳴らす音がよく響く。
「…ルビィは、ちゃんとキカイ山についたのかしら…」
 昨晩、白竜の翼を取り返すため、ナルに協力を求めにキカイ山へ向かったルビィを、レミーナは心配する。
「心配するこたねぇよ。仮にも、あいつは赤竜だ。キカイ山までお使いに行くくらい、どうってことないだろ」
 そう言ってから、ロンファは野菜を挟んだサンドイッチを口に運ぶ。
「そうさ。ルビィなら大丈夫だよ。…それより、心配なのはジーンのほうだ」
 ヒイロの言葉を聞き、レミーナは手にしていたティーカップを置いて、ため息をついた。
「そうよね〜。ルビィは行き先が分かっているから、まだ心配いらないけど、ジーンは悪者化したレオにさらわれて、行き先も分からないからね〜」
 おそらく、ジーンはバルガンへ連れて行かれたのだろうが、そのバルガンがどこにあるのか分からなければ、どうしようもない。
 世界を救った英雄の一人でもあるジーンの強さは、ヒイロたちも認めている。だが、それはレオも同じ事。例えジーンとレオの実力が同じであっても、悪の黒騎士と化したレオは、ジーンと違って容赦がないだろう。
 それだけでもジーンのほうが分が悪いのに、黒騎士はヒイロたちが持っている武器やアイテムを全て独占しているのだ。これでは、ルビィよりジーンの方が心配になるのも当然である。
「でも、何でジーンをさらったんだろう。何か目的があってさらったんだろうけど…」
 ヒイロは、レミーナが町の神官から聞いたという話を思い出しながら呟いた。
 一昨日の晩、黒騎士は町に住む一流の職人たちをさらったと言う。その理由は、悪の帝国を築くためだと、ロンファは予想した。
 しかしジーンは、一流の拳法家ではあるが、職人ではない。一流の踊り子ではあるが、悪の帝国を築くのにそれが役立つとは思えない。
 戦力として従えるためにさらったにしても、ジーンなら決して悪には屈しないだろう。
 そんな人間を服従させることに、黒騎士が喜びを感じるのであれば、彼女をさらった理由も分かるが。
 とにかく、あの常識外れの悪者、仮面の黒騎士が考えることだ。ろくな事に彼女を利用しないに違いない。
「何にしても、無事でいてくれりゃいいんだがなあ…」
 口の中で細かく噛み潰したパンを、水で腹の中に流し込んでから、ロンファは言った。
 その時、酒場の出入り口のドアに吊されているベルが鳴り響き、ヒイロたちは反射的にそちらへと顔を向ける。
「おおいマスター!いるかい!?」
 ドアを開き、そこから一人の中年男性が顔を覗かせた。彼は、ちょうどカウンターの奥から出てきたマスターの姿を確認すると、店に足を踏み入れ、ずかずかとカウンター席まで進んだ。
「よう!朝っぱらからどうしたんだ?午後から仕事があるんだろ。飲みに来ていいのか?」
 布巾で手を拭きながら、マスターはにこやかに彼に話しかけた。準備中の看板が外に出ているはずなのに堂々と入ってきた男を咎めないところ、おそらく彼らは、だいぶ親しい間柄のようだ。
「いや、飲みに来たわけじゃないが…それより、町の隅っこにある食堂が消えたって話、知ってるか?そのことを話しに来たんだ」
 男の声は大きく、ヒイロたちの耳に余裕で届いた。三人揃って、思わず肩を震わせてしまう。
「ああ、知ってるぜ。昨晩は、その話で持ちきりだったからな。なんでも、仮面の黒騎士って名乗っていた男の仕業だとか…」
 男とマスターは、昨晩の事件について話し込む。ヒイロたちは食事を取る手を休め、彼らの話に聞き耳を立てていた。
「一昨日の晩の拉致事件も、仮面の黒騎士の仕業なんだろ?まったく…また物騒な奴が現れたもんだ」
 話しながら、マスターは氷水の入ったグラスを男に差し出す。
「いや、一昨日の晩だけじゃねえぜ。昨晩も、何人か黒騎士に拉致されたらしいぜ」
 カウンター席に着いてグラスを受け取り、中の水を一口飲んでから、男は言った。それが聞こえたヒイロたちは、一斉に「何だって!?」と声を上げ、椅子を倒して立ち上がった。
 音と声に驚かされ、男は水を零しそうになり、マスターは手にしていた布巾をカウンターの上に落とす。
「何人かってことは、昨晩さらわれたのはジーンだけじゃなかったのね!他に誰がさらわれたの!?」
 その場から、レミーナは男に尋ねた。彼は、まだ驚いており、レミーナに問われても何も答えられずにいた。
「あの、その話、もっと詳しく教えてくれないか?」
 しかし、ヒイロが男に歩み寄り、落ち着いた口調で尋ねれば、男も少し落ち着きを取り戻したようで、口元を拭ってから話し始めた。
「そ・それがな…俺が聞いた話じゃ、昨日の夜中に神官が数名、仮面の黒騎士にさらわれたそうだ」
「神官を?いったい何のために…ロンファは分かる?」
「たぶん…悪のレオにとっちゃ女神アルテナに使える神官は敵だから、捕虜のつもりでさらったんじゃねぇか?」
 ヒイロに続き、男の近くへ移動してきたレミーナとロンファは、考え込むような仕草を見せる。
「悪のレオ?どういうことだ?それに…ジーンだけじゃなかったって…?」
 レミーナとロンファの会話が聞こえていたマスターが、二人に尋ねた。
「い・いや、何のこと?あたしたちレオやジーンの話をしていたかしら?ねえロンファ!」
「お・おう!マスターの空耳じゃねえか?」
 二人は、わざとらしく笑って誤魔化す。
 黒騎士の正体がレオであることが町の人々にばれると、何かと面倒なことになりそうだ。そう考えたヒイロたちは、黒騎士の正体について町の人々には極力秘密にすることにしたのだ。
 まあ、レオを容姿を知っている者であれば、一目見ただけで黒騎士の正体に気付くことだろうが。しかも、レオは今でこそ世界を救った英雄とされているが、かつてはこの町で騒ぎを起こし、迷惑がられたこともあった。
「…そういや、まだレオは戻っていないのか?」
 思い出したように、マスターがヒイロに尋ねてきた。ヒイロは微かに肩を震わせ、マスターへと顔を向ける。
「えっと…そう、まだ戻っていないんだ」
「そうか…もしかしたら、その仮面の黒騎士って奴を追いかけているんじゃないか?あいつは悪を許さない正義の味方だからなあ」
 マスターの言葉に、ヒイロたちは顔を見合わせた。
「レオって、一年くらい前に橋を封鎖する騒ぎを起こした、あの白の騎士様だよな?」
 カウンター席の男も、マスターの話に加わる。
「ああ、そいつさ。あん時から奴は大物になると思っていたんだよ。あいつがゾファーを倒した英雄の一人だって知った時は、やっぱりなって思ったぜ」
「確かに、問答無用で橋を封鎖するようなとんでもない奴だったからな…世界を救うほどでかい事をしでかしたって、おかしくないかもしれない…なんてな!」
 男は、マスターと一緒にレオの話題で盛り上がる。逆に、ヒイロたちの間には気まずい雰囲気が漂い始める。
「…本当、これ以上被害が大きくならないといいんだけど…」
 レミーナが、ため息混じりに呟いた。ヒイロとロンファも深くため息をついた。
 盛り上がっている二人の会話に入ることができず、仕方なくヒイロたちは席に戻り、食事を再開する。
 料理が少し喉を通りづらくなっていたが、食べ物を粗末にはできないし、せっかくマスターが用意してくれた朝食を残すわけにもいかないので、無理矢理腹に詰め込んだ。

   *

 朝食を取り終えると、ヒイロら三人は、ルビィが戻って来るまでの行動について話し合うため、今朝までヒイロとロンファが眠っていた部屋に集まった。
 朝食を取りながら話し合ってもよかったのだが、マスターたちがずっとレオの話題で盛り上がっていたので、どうも居心地が悪かった。
「ルビィはまだ戻ってこないし、バルガンの行方も分からないんじゃ、どうしようもないわ…」
「仕方ない。ボクとロンファは、町で情報収集をしよう。ルビィが戻ってきた時、部屋に誰もいないとしょうがないから、レミーナは留守番していてくれ」
「そうだな。さらわれた人間について調べていりゃ、黒騎士の情報が得られるかもしれねえ」
 話しながら、三人はベッドに腰をかけようと、部屋の奥へ進む。
「…あ?何だ?」
 しかし、ロンファが急に立ち止まったので、後ろに続いて歩いていたヒイロは、彼の背中に鼻の頭をぶつけてしまう。
「ロ・ロンファ、急に立ち止まらないでくれ…」
 鼻の頭を押さえながら、ヒイロは一歩後ろに下がる。
「何?どうかしたの?」
 ヒイロとロンファが座ろうとしたベッドとは別のベッドに、レミーナは既に腰をかけている。彼女はロンファを見上げ、そう尋ねた。
「…ヒイロ。ベッドの上に、こんなモン置いていないよな」
 背を向けたままのロンファに問われ、ヒイロは「へ?」と声を上げ、彼の後ろからベッドの上を覗く。
 そこには、丁寧に折りたたまれた白い紙が置いてあった。開け放たれている窓の外から入り込んでくる風が、紙の端をピラピラと揺らしている。
「いや、ボクが置いた覚えはないよ。…風で入り込んだわけじゃないな。あの開いている窓からこのベッドまでは遠いし、届くほど強い風は吹いていない」
 答えながら、ヒイロはロンファの隣に移動し、その紙を手に取る。
 ちなみに窓は、寝ている間は閉めておいたが、朝になって空気を入れ換えるために全開にした。マスターに呼ばれ、朝食を取りに一階へ下りようとした際、閉め忘れていたのだった。
「誰が置いたんだろう…ボクたち以外に二階に客はいないし、ボクたちが部屋を出てから、二階には誰も上がっていないはず。窓から誰か入ったのかな?」
 荷物を置いて部屋を出なくて良かったと、ヒイロは思った。まあ、置いておくほど荷物を持っていないことも事実だが。
 そして紙を広げると、中に文字が書いてあることが分かった。ロンファも紙を覗き込み、その様子を確認すると、驚きのあまり大声で叫んだ。
「こりゃレオの文字じゃねえか!」
 すぐ耳元でそう叫ばれたヒイロは、思わず両手で耳を塞ぎ、その拍子に、手にしていた紙を落としてしまう。
「…間違いねえ!それはレオの…いや、黒騎士が置いていったんだ!」
「何ですって!?じゃあ、あたしたちが朝食を取っている間に、黒騎士がこの部屋に入ったってこと?」
 レミーナも立ち上がり、ロンファの隣に並んだ。
「そうしか考えられねえよ。…レオの野郎、今度は何を企んでいやがるんだ」
 そう呟きながら、ロンファは紙を拾い上げる。
「それで、何て書いてあるんだ?」
 耳から手を離したヒイロが、ロンファにそう尋ねる。ロンファは焦った様子で、紙に記されている文章を読み始めた。
 紙には、こう記されていた。

『ハッハッハッハッハッハッ!悪の化身、仮面の黒騎士参上!!
 ヒイロよ!酒に酔った貴様が間抜け面で眠っている間に、その小汚い服や大切なメダリオンを奪ったのは、この私である!!目を覚ました貴様が、ロンファと二人でバルガンに戻って来た時も服を剥ぎ、河へ叩き落としてやったのも私だ!
 そして今や、青き星へ向かうために必要なサファイアも、我が手中にある!取り戻さねば、ルーシアとは一生会えまい!貴様のストーキングもそこまでだ!!
 ロンファよ!貴様の葉っぱは捨てた。
 レミーナよ!バルガンに置いてあった金や装備品は、バルガンごと私が奪った!悔しいか?この貧乏人が!!地べたを這いつくばって、落ちている小銭でも探してはどうだ!!
 ルビィよ!一昨日、貴様が買った新鮮な魚は、新鮮な内に私が刺身にして腹に収めた!気が向いたら後で骨だけ返してやろう!!
 新鮮な魚は刺身にすると旨かったぞ!ハーッハッハッハッハッ!!!』

「…フザケンナ―――――――――――――――!!!!!」
 そこまで読んだ所で、ヒイロとレミーナは揃って怒りの雄叫びを上げた。ロンファだけは静かだが、ひどくげんなりとしている。
「ストーキングとは何だストーキングとは!ボクはそんなつもりでルーシアを追っているんじゃない!!こんな嫌みを伝える為だけに書き置きを残して行ったのかレオはー!!!」
「貧乏人ですってェ!?あんた、その言葉がどれだけあたしを傷つけると思ってんのよ!しかも地べた這いつくばってって何よ!小銭探すならもっと効率良い探し方するわよ!!」
「…あいつ、ルビィに嫌みを言うために魚を食ったのか?それも刺身にして…しかも、ヒイロとレミーナにはそれだけ嫌みを書いておいて、親友の俺には葉っぱは捨てたの一言だけかよ。親友だから遠慮しているわけじゃねえだろ…」
 三者三様、この手紙の差出人である黒騎士に突っ込みを入れる。
「まったく!何考えてんだレオの奴は!言うことにも程があるぞ!!」
「あいつめ!後で覚えてなさい!!ロンファ!そんなモンさっさと破り捨てておしまい!!」
「まあ待て。まだ続きが書いてあるぜ。破くならそれを読んでからでもいいだろ」
 今にも紙を引き裂かんばかりの勢いで怒り続けるヒイロとレミーナを軽くあしらい、ロンファは続きを読み上げる。

『そして、私が連れ去ったジーンの安否を、貴様らはさぞ気にしていることだろう。
 ジーンは私と共にバルガンにいる。私の悪行を止め、ジーンを救い、奪われた物を取り返したければ、町の東にある古代遺跡まで来い。バルガンは遺跡の手前に停泊している』

「…何でボクたちに自分の居場所を教えるんだ?」
 黒騎士やジーンの居場所が分かるに越したことはない。だが、それを伝えるために自ら置き手紙を残していった黒騎士の意図が分からず、ヒイロは首を傾げた。
「もしかしたら、そのバルガンの停泊場所は嘘かもしれないわよ。あたしたちを騙して楽しむ気なんじゃない?」
 レミーナはそう言うが、ロンファは首を横に振った。
「いや、おそらくバルガンの停泊場所は本当だ。もし俺たちを騙して楽しむために、嘘のバルガンの停泊場所を教えるなら…サイラン砂漠やミネア内海付近だの、もっと遠くて行くのに苦労しそうな場所に停泊してあるって書くはずだぜ。ここから古代遺跡までは半日くらいだ。第一、レオは嘘が下手だ」
 ロンファの最後の一言に、ヒイロとレミーナは深く頷いた。レオがどれだけ人を欺くことが下手かは、仮面の白騎士を見れば分かることだった。もし本当に、黒騎士が白騎士のノリのまま悪に目覚めたのなら、嘘だって下手なままのはずだ。
 なのに、戦闘中にレオが見せるフェイント技の数々は、なぜああも見事なのだろうかとヒイロは思う。あれも誰かを騙すものであることに変わりないのだが…。
 それは今はどうでもいいことなので黙っておくとして、ヒイロはロンファと話を続ける。
「ということは…レオはボクたちがバルガンまで来ることを望んでいるというわけだね。きっと何か罠があるよ」
「ああ。罠があることは間違いないだろうが…昔、レオと遊んでいたドラゴンマスターごっこで、魔法皇帝役の俺がアルテナ様をさらう時、アルテナ様を助けたきゃ俺の城まで来いって毎回言っていたからな…たぶん、そのノリで俺たちを誘っているんだろうよ」
 いくらゴッコ遊びのノリでも、度が過ぎると手に負えない。それは仮面の白騎士にもあてはまることだった。
 正義の味方にしろ、世界征服を企む悪にしろ、あのノリは非常に迷惑だ。そんなことを考え、ヒイロは肩をすくめた。
「じゃあ、この手紙に書かれていることが全部本物だとして…どうする?罠があると分かって遺跡まで行くの?」
 レミーナは、ヒイロとロンファの顔を覗き込むようにして尋ねた。彼らは一度顔を見合わせる。
「行く…しかないな。ルビィがいつナルに話をつけてくれるか分からないし、白竜の翼で本当に上手くレオを捕まえられる保証も無い。それに、もしジーンが危険な目に遭っていたら、急いで助けに行かなきゃいけない!」
 ヒイロが力強く言うと、レミーナも拳を高々と掲げた。
「よぉーっし!あの黒騎士の奴をコテンパンにやっつけて、お金やジーンを取り返すのよ!正義は勝つってことを思い出させてやるんだから!!」
「決まりだな。…どんな罠があるかも分からねぇし、相手は紋章や武具を独占しているレオだ。三人で行った方がいい。ルビィにゃかわいそうだが、書き置きだけ残して行こうぜ」
 ロンファの意見に同意し、ヒイロとレミーナは「分かった」と返事をする。
「じゃあ、書き置きは…その紙の裏を使って書こう。破りたい所だけれど、黒騎士の手紙を見れば、ルビィも事情が飲み込みやすいだろう」
 ヒイロは、そう言ってロンファが手にしている紙を取ろうと手を伸ばした。ロンファも軽く頷くと、紙を抓んでいる指の力を緩め、ヒイロに渡そうとしたが…。
「…ん?ちょっと待て」
 ヒイロが紙を取る直前、ロンファは手を引っ込めた。ヒイロは「どうかしたのかい?」とロンファに問う。
「いや…ワリィ。最後の一文だけ読み忘れていた」
 そう答えると、ロンファは読み忘れていた一文に目を通し、その内容をヒイロたちに伝えた。
 しかし、その付け足したように書かれていた一文だけは、黒騎士が何のために書いたのか、ロンファですら全く理解できなかった。

『追伸
 窓は閉めておけ!!』

 (第八章へ)


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