"プロローグ 闇の訪問者" 突然の光に彼女は目を覚ました。 一瞬だけだったが、強く、そして鋭い光が彼女の目に映った。 しかし部屋の中は暗く、夜空に瞬く小さな星々が、わずかな光を窓から送っている。 彼女は体を起こし、辺りの様子をうかがった。 …さっきの光は気のせいだったのかな…。 彼女は、まっすぐ伸びた、長く美しい髪を手でとかした。 こうしていると、心が落ちつく。 そして、再び眠りにつこうと体を横に倒そうとした。 その時、何者かの手が彼女の背中を優しく抱きとめた。 「キレイな髪だね」 彼女はビクッと肩を震わせた。 目の前に人が立っている。 声からして男だろう。辺りが薄暗いため、シルエットしか分からない。 男は右手を彼女の背中にまわし、彼女の髪を優しく撫でている。 彼女は悲鳴をあげようとした。しかし、声が出ない。それどころか、手足を動かすこともできず、おびえた顔で男を見ることしかできない。 「大丈夫。君を傷つけたりはしないよ」 男はそう言って、何かをつぶやきはじめた。とたんに足元から光があふれ、光は二人を囲むように、床に魔法陣を描いた。 魔法陣は、先ほど彼女が見た、強く、そして鋭い光を放った。 「さあ、君も仲間に入れてあげよう」 次の瞬間、光が二人を包み込んだかと思うと、二人はその場から、あっという間に姿を消した。 かすかに残っていた光も、魔法陣と共に、すぐに消えてしまった。 窓からのぞく星々だけが、この部屋を静かに照らしていた。 "第一章 苦労の始まり" 破壊神ゾファーが滅んでから約三年。人の悪事は絶えることなく続いている。 今だ旅を続けているレオは、様々な悪事に遭遇しては、解決へと導いてきた。 たまに悪化させてしまうこともあるが、そんなことは気にもせず…というか気がつかずに、日夜戦い続けている。 今回レオが調べ始めた事件は、今までの、どの事件よりも困惑し、いろんな意味で苦労する事件である。 しかし、調査はまだ始まったばかりなので、当然レオがそのことを知る由もなかった。 * 「…誰もいないのか?」 レオは館のロビーに立ち、辺りを見まわした。 テミスの町のはずれに建てられているこの館は、外から見れば不気味だが、ロビーは以外と広く、こざっぱりとしている。 柱の周りや隅のほうにはホコリがたまっていたが、通路や手すりなどは、きれいに掃除されている。 レオは手頃な扉を叩いた。しかし、物音すら聞こえない。 少し考えてから、レオはその扉を開くと、やや狭い通路に出た。先ほどロビーで見まわした景色とはちがって、簡単な掃除こそされているが、床が腐って抜けている所もある。 レオは足元に気をつけながら通路を進んだ。 すぐ左に、小さいドアがあった。 レオは何度かドアをノックし、返事がないことを確認してからノブを回そうとした。しかし、鍵が掛かっているのか、ノブは回らない。 今度は少し力を込めてドアを叩いてみる。 返事はない。 他にも同じようなドアがいくつかあり、適当にあたってみたが、同じような結果しか得られなかった。 …妙だな…。 ロビーの正面にある階段を上りながら、レオは考え込んだ。 町の人は、この館には誰も住んでいないと言った。いるとしたら、魔物か幽霊のたぐいだろうと、レオは聞いた。 レオは、正面玄関の扉の鍵が壊されていたことを思い出した。しかも、それは最近壊されたものだった。 つまり、ここ最近、何者かが扉を破って侵入したということだ。簡単な掃除しかされておらず、腐ったりして抜けている床は、そのままにしてあるところ、そう推理できる。 しかし、まだ問題点がある。 …掃除がしてあるところを見ると、侵入者は、この館に住むつもりでいるのだろうか。 だが、それが一人だとは考えがたい。この館は一人には広すぎる。とはいえ、複数の人間であれば、昼前で、買い出しに行ったとしても、一人ぐらいは留守番がいてもいいはずだ。しかし、人の気配はしない…。 他にもいくつかの疑問が浮かび上がったが、突然館に響き渡った大声によって、レオの思考は中断された。 「なによコレ、鍵が壊れているじゃないの!もうっ、いるんでしょ、出てきて弁償しなさーい!!」 聞き覚えのある声に、レオははっとし、階段の上からロビーを見下ろした。 「レミーナか?」 正面玄関の扉の前に、両手を腰にあてたレミーナが立っている。 魔法使い特有の黒い服を着ているレミーナは、同じようないでたちをした、二人の獣人族の女性を引き連れている。 「やっぱりね。近くにバルガンが停めてあったから、そうじゃないかと思ったのよ。ここはあたしの土地なの。勝手に入ったりしないでよね!」 レミーナは、レオをびしっと指さした。 彼女の様子も気にせず、レオは久しぶりの仲間との再会に喜んだ。 「久しぶりだな。そうか、この館の所有者はお前だったのか」 レオは微笑みながら階段を下りた。しかし、レミーナは怒った顔で床を見ている。 「…なんで掃除がしてあるのかなあ。さては、あんた寝泊りしたわね!宿代もきっちり払ってもらうわよ!!」 レミーナは、相変わらずの守銭奴っぷりでレオをまくし立てる。 「いや、私もついさっき来たばかりだが…。掃除をしたのは、お前たちではないのか?」 レオはレミーナの前に立ち、顔をしかめる。 「あたしたちだって今来たばかりよ。もう半年ぐらいは、ここに入っていないわ。…って、なによ、あんたじゃないの?じゃあ、誰がこの鍵を壊したの?」 レミーナは不思議そうに、壊れている鍵を見た。 「私が来た時には、すでに壊されていたぞ。…やはり、何者かが侵入していたようだ」 レオは、あごに手をあてうつむいた。 「なんですって!絶対とっちのめて、弁償してもらうんだから!!」 レミーナは、こぶしを振り上げた。 …変わっていないな。 レオは目を細めてレミーナを見た。 「しかし、なぜこのような館を所有しておるのだ?」 「このようなって…。ま、確かにそうだけど。この館は、誰が建てたかは知らないけど、見ての通りボロいし、誰も住んでいないでしょ。そこであたしが買いとって、魔法ギルドの入会テスト用の館として使ってるの」 「では、後ろのお嬢さんたちは…」 レオは、レミーナのすぐ後ろに立っている二人の女性を見た。 二人共、栗色の髪をした獣人族で、目元もよく似ているところからして、おそらく姉妹だろう。 「この二人は、修行も兼ねて、魔法ギルドの勧誘を手伝ってもらうために連れてきたの。あ、この人はレオ。知っているわよね」 二人の女性は名前を聞くと、驚いた様子でレオを見た。 やがて、髪の短いほうの女性が、レミーナの横に出た。しかし、レミーナより少し後ろだ。 「話はレミーナ様から聞いておりますわ。共に戦った仲間だそうで。私はヘレナ。魔法ギルドの正式な会員ですわ」 ヘレナは礼儀正しく会釈をし、にっこりと笑った。 ヘレナはレミーナより少し年上だろうか。しぐさといい、スタイルといい、とても色っぽい。 ヘレナは、もう一人の女性に目をやると、その女性は慌ててヘレナの隣に出た。 「あ、私、妹のリシュタです。えっと、はじめまして…」 リシュタは、赤くなってうつむき、上目づかいにレオを見ている。 レミーナより年下のようだが、長いストレートの髪を結い上げており、少し大人びた印象を受ける。 …マウリに似ている…。 レオは、妹のマウリを思い出した。 今は故郷で、ロンファと幸せな生活を送っているはずだ。 レオは二人に軽く会釈をし、微笑んだ。 それを見て安心したのか、リシュタは顔を上げた。 「二人とも、まだ見習いだけど、結構魔法使えるのよ。貴重な人材なんだからっ♪…ところでさあ、レオはどうしてここにいるのよ」 「ああ、実は最近、テミスで女性が失踪するという事件が起きているのだ」 「失踪?」 レミーナは身を乗り出した。 「うむ。なんでも二日ほど前から、若く美しい女性ばかりが五人失踪したそうだ。目撃者は一人もおらず、手がかりもないらしい」 リシュタの顔に、かすかに不安が見られる。レミーナとヘレナは、真剣な顔つきでレオを見ている。 「そこで私は、人々のためにも、この事件を調べることにしたのだ!」 このセリフだけ、やけに力が入っている。 これがレオの性格なのだ。 悪を正し、正義を為すため世界中を駆けめぐる、ナイス・ガイ…と、自分でも言っている。少なくとも、間違っては…いない。 レミーナは少しあきれ、ヘレナとリシュタは、ほおっと感心している。 「というわけで、手始めに、この館を調べにきたのだ。人もよりつかないこの館なら、隠れるにしても絶好の場所ではないかと考えてな」 …判断は間違っていないけど…。 レミーナは少し不満そうだ。彼女にとって、自分の所有地に勝手に入ってきた彼は、明らかに不法侵入者なのだ。 「ところで、鍵の掛かったドアがいくつかあるのだが、あれはお前が掛けたのか?」 急に話しかけられ、レミーナは少し驚いた。 「えっ、うん、そうよ。ちょうど開けようと思っていたところだし、調べたほうがいいわね」 レミーナは、ポケットから鍵を取り出した。 * レオたち四人は、二手に分かれて掃除をしながら、小部屋の鍵を開けてまわることにした。 レオはレミーナに手伝いを頼まれ、こころよく…はないかもしれないが、すんなりと引き受けた。 レオはリシュタと、レミーナはヘレナと、それぞれの順路をまわっている。 リシュタは相当おっちょこちょいらしく、一番目の小部屋に着くまで、何回か腐った床を踏んでは落ちそうになった。そのたびレオに助けられ、リシュタは泣きそうな顔であやまった。 「ご、ごめんなさい。私ったら本当にドジでおっちょこちょいで…」 そして、あやまられるたびに、レオは反応に困った。 「いや、もういい。怪我はないか?」 「ごめんなさい。本当にごめんなさい…」 こうして、部屋に着いたのは、二手に分かれてから五分後のことだった。 レオは、ドアのノブに鍵を挿し込んだ。 ドアを開けると、いきなりクモの巣がレオの顔に突っ込んできた。かなり大きいクモの巣で、髪まで糸がからみついてしまう。 レオが驚く前に、リシュタが悲鳴を上げたので、レオはそのことに驚いた。 「あ、大丈夫ですか、今取ります…」 リシュタは、慌ててレオの髪にへばりついた糸を取った。 部屋の中は、ホコリとクモの巣にまみれており、半年はこの部屋に誰も入っていないことを物語っている。 二人は、とりあえず、このホコリとクモの巣をどうにかすることにした。 イスの上に立ち、天井のクモの巣を払っているレオを見て、リシュタは、ホコリをはたいていた手を休め、いきなりこんなことを言った。 「…レオ様って、キレイですね」 レオは、リシュタのとんでもない発言に、イスから落ちそうになったが、なんとかふんばった。 「キ・キ・キ・キレイ?わ・私がか!?」 レオは、やけにひきつった顔でリシュタを見た。 「え・あ・いえ、違います。か・髪のことです」 リシュタは顔を真っ赤にして、慌てて訂正した。 「あ、そ・そうか、髪か」 「はい。さっきクモの巣を取っていた時も思ったんですけど、えっと、まるで青空のような色ですし、すっごくサラサラしていますし、たとえるなら、その、小川のような…」 レオは反応に困った。 「そ・そうなのか。しかし、それならお前のほうが、美しい髪だと思うのだが…」 確かにリシュタの髪も、サラッとした美しい髪だ。 「あ、ありがとうございます…」 リシュタの顔は、ますます赤くなった。 「…そういえば、私の髪も、ずいぶん伸びたな」 レオは自分の髪を軽く撫でた。 少なくとも、三年前までは肩までのロングだったが、今では前髪だけが肩までで、後ろは肩と腰の中間辺りまで伸びている。確かに、リシュタが言ったような、小川のような髪だ。 「いや、伸びすぎか。後で切らねば…」 「そ・そんな、もったいないですよ!せっかくキレイな髪なのに…」 「いや、私は…」 髪がキレイだからと言われても困る…と思ったが、リシュタは真剣なので、口に出すのはやめておいた。 結局、全部で四つの部屋を掃除し終えたところで、暗くなってきたので、今日はここまでにした。他の部屋も、一応見てまわったが、人の入った様子はなかった。 「少なくとも、失踪した人はいなかったわね。掃除がしてあったのも、ここに住もうとしていた人がやったのよ。でも、壊した扉はきっちりと弁償してもらわなきゃ!」 レミーナは、気合を入れて言った。 「結局、誰もいなかったようだな。では、私は…」 そう言って、レオは考え込んだ。 …失踪事件とは関係がないにしても、何者かがこの館に侵入したことは確かだ。もしそれが山賊のたぐいだとしたら、放ってはおけん。この館にとどまっていた方が賢明か…。 レオが言う前に、レミーナのほうから誘ってきた。 「レオ、せっかく手伝ってもらったんだし、夕食ごちそうになってかない?なんだったら、特別にタダで泊まってってもいいわよ」 レオは相当信用されているのだろうか。ヘレナもそれに同意した。 「それがいいですわ。では、部屋は私と一緒で…。なんでしたら、ベッドも一緒でも、よろしいですわよ」 ヘレナは、色っぽいしぐさでレオにすりよった。 「ね、姉さん!」 リシュタは顔を赤くして、おろおろしはじめた。レオ、以下同文。 「そ、そうか。では、泊まらせてもらうとしよう」 「レオ、あんたまさか…」 「レ、レオ様…」 「ま〜レオ様ったら。でも、大歓迎ですわ♪」 「違う!そういう意味ではな―――い!!」 言葉はタイミングを誤ると、時には誤解を招くことがある。レオ、以後気をつけるように。 ちなみに部屋割りは、レオとレミーナは一人で、ヘレナとリシュタは同じ部屋でとなった。 * その日の夜、突然現れた気配に、レオは目を覚ました。 部屋の中は暗く、何も見えない。 すぐさま起き上がってカーテンを開け、窓から星のかすかな光を射し込ませると、そばに立てかけておいた愛剣を手にした。 …なんだ、この異様な気配は…。 レオは勢いよくドアを開け、廊下に出た。それと同時に、灯りを手にしたレミーナも、自分の部屋から出てきた。 「レミーナ!」 「レオ、誰か来たの!?」 レミーナも、何かを察知したらしく、魔道士の杖を右手に持っている。 レオは、すぐ隣のヘレナとリシュタの部屋に駆けより、ドアをたたこうとした。 急にレミーナが手にしている灯りが消え、何かが壁にぶつかる音が、ヘレナとリシュタの部屋から響いた。 レオは、考えるより早くドアを蹴破り、その勢いで部屋に飛び込んだ。レミーナも、それに続く。 部屋の中は、薄暗くてよく見えない。しかし、レミーナは、床に倒れて動かないヘレナを発見できた。 少し目が慣れてくると、その後ろにリシュタが立っていることが分かった。いや、リシュタは何者かによって抱えられていた。 その不信な侵入者は、シルエットしか分からないが、人間であることは確かだ。 急に飛び込んできたレオたちに、少し驚いたようだが、すぐさま何かをつぶやき始めた。 「魔法を使う気よ!」 レミーナが叫ぶより早く、レオは侵入者に飛びかかった。 相手が人間だということと、リシュタを抱えていることを考慮してか、剣は抜かなかった。 「てりゃぁぁぁ!!」 レオの足が、みごとに侵入者の腹にめり込んだ。侵入者は、たまらず後ろに倒れ、呪文の詠唱も途絶えてしまった。しかし、リシュタを離そうとはしない。 リシュタは、気を失っているためか、動こうとしない。 その隙に、レミーナはヘレナに駆けより、気を失っているだけと確認してから、レオの援護にまわった。とはいえ、部屋は狭く、あまり強い攻撃魔法を使うわけにはいかない。 レミーナは、侵入者の魔法力を察知した。 …かなり強い魔法力の持ち主だわ。それも、あたし以上? 魔法の威力は、使用者の持つ魔法力に比例し、魔法力が強ければ強いほど、魔法の威力は増す。それが、魔法ギルドの当主であるレミーナより強いとなると、侵入者は、相当な魔法の使い手だろう。 …スカウトしたいけど、それどころじゃないわね。 普通、魔法使いと戦うなら、まず相手の声を封じ、呪文の詠唱を止めるべきだが、あまり魔法力の強い相手だと、魔封じはうまく効かない。 短い時間で判断を下し、レオを強化させる魔法を使うため、呪文の詠唱を始めた。 「リシュタ、目を覚ませ!」 レオはリシュタの肩に手をかけたが、侵入者がリシュタの腕を引いたため、手が離れてしまった。 侵入者は、再び呪文の詠唱を始めた。 レミーナは、もう少しで呪文を完成できそうなところで、ヘレナの異変に気づいた。 ヘレナは両手をレオに向けてかざしている。 …魅了の魔法がかかっている! ヘレナは、うつろな目で短い呪文を詠唱し、みるまに両手の前に風の刃を作り出した。 レミーナは、呪文の詠唱を中断し、ヘレナに飛びかかろうとしたが、それより早く、風の刃はレオに向けて放たれてしまった。 「レオ、危ない!!」 侵入者に、第二打撃を与えようとしていたレオは、レミーナの声に後ろを振り向いた。 風の刃は、まっすぐとレオに迫ってくる。 かわせなくはないが…。 …かわせばリシュタが危ない! レオは少しでも威力を分散させようと、剣を抜き、風の刃を斬りつけたが、それでもレオの左肩が切り裂かれた。 「うっ…」 刃を失った風によって、レオの髪が波打つ。 それを見て、侵入者は少し反応したが、すぐさま呪文の詠唱を終え、足元から光を吹き上げた。 「ヘレナさん、目を覚まして!」 レミーナが、ヘレナの頬を何度か叩くと、ヘレナはハッとしてレミーナを見た。 「レミーナ様?あ、リシュタは!?」 ヘレナは辺りを見まわした。まず、左肩から血を流しているレオが目に入り、次に、侵入者の足元に描かれた魔法陣が目に入った。 ヘレナは、侵入者の顔を見ようとしたが、魔法陣から発した光が、ヘレナの視線をさえぎった。 レオも顔を見ようとしたが、侵入者は、すでにリシュタと共に光に包まれており、姿も見えない。 「リシュタ――――!!」 ヘレナは叫んだ。 光が消えかかってきた頃には、すでに二人の姿はなく、光もまた、魔法陣と共に少しずつ消えていった。 「くっ、情けない…!」 レオは、剣を強く握った。 「そんな、リシュタ…」 ヘレナとレミーナも、床にひざをついた。 (第二章へ) |