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時には闇肥ゆる愛


 "第三章  全ては世のため正義のため"

 昼すぎあたりから、町の広場にあるベンチで、神官服を着た上品な女性が座っている。
 座り方も女らしく、両手をちょこんとひざの上にそろえている。
 ピンと突き出た耳が、彼女が獣人族であることを表し、青空のような色をしたストレートの髪は、金の髪飾りでポニーテールに結い上げており、大人っぽい印象を与える。
 うつむいているため顔はよく見えないが、その身なりから、誰もが美しい貴婦人を想像するだろう。
 ただ、普通の女性より背が高い。元々袖も裾も長い神官服で、スカーフまで巻きつけているため、体のラインは分からない。だが、太ってはいなさそうだ。
「君、誰か待っているの?」
 軽い調子の男が、彼女に声をかけた。
 彼女はビクッと肩を震わせ、うつむいたまま答えた。
「い、いえ…」
 彼女の声は、震えている上に、妙に上ずっている。
「ふーん…。ところで、君は神官かい?」
 彼女は再び肩を震わせた。
「うっ…、いや、ええ、まあ…」
 相変わらず妙な声だ。
 それにもかかわらず、男は話し続けた。
「ねえ、顔を上げてよ。どんな顔か見てみたいんだ」
 男が彼女の顔に手をあてようとすると、彼女は跳ね上がって叫んだ。
「な・何をする!」
 彼女は、男の手を払いのけた。
 男は一歩後ずさった。
 叫んだ時に彼女は顔を上げたので、はっきりと見ることができた。
 額から突き出た角。キリッとした瞳…。と、ここまではいい。
 まず顔立ちがゴツい。
 次にまゆ毛が太い。
 さらに首もゴツい。
 トドメに声が野太い。
 ぶさいく…とまではいかないが、声をかけるには勇気がいる。
 男は短い悲鳴を上げると、そそくさと去ってしまった。
 彼女は、赤くなってうつむいた。
 物陰から、レミーナとヘレナが出てきた。二人は彼女に歩みよる。
「あーあ。やっぱり無理があるわよねー」
「でもレミーナ様。顔を上げるまで、男だと気がつかなかったようでしたわ」
 二人は笑いをこらえながら、彼女…、いや、彼に話しかけた。
「くっ…、こんな姿、マウリにだけは見せられん…」
 彼は、レオだった。
「ほら、首が見えないように、もっとスカーフを上げたら」
 レミーナは、レオの顔を見ないよう注意しながら、スカーフを上げた。
「レオ様、化粧をしてみてはいかがです?」
 そう言って、ヘレナはファンデーションを取り出し、レオの顔に塗った。
「ぬう…。しかし、なぜ私がこのような姿をしなければならんのだ…」
 レオは思いっきり不満の様子。
「まあいいじゃない。せっかく服も借りれたんだし、これで事件が解決すれば安いもんでしょ」
 レミーナは、笑いながら言った。
 今レオが着ている服は、事件解決のためと言って、エレボスから借りた神官服である。レミーナの提案で、体のラインが目立たない上にタダということで、レオが借りてきたものだ。
 女性用の神官服では小さいので、男女共通のデザインを選び、さらにヘレナのスカーフで、首と腰の太さを目立たなくし、リシュタの髪飾りで髪を結い上げ、より女っぽく見えるようにしたのだ。胸の膨らみは、昼食の残りの果物。
「でも、さっきの男の人は違うわね。魔法力なんか、これっぽっちもなかったわ」
「おい、レミーナ。犯行は夜なのだから、昼間から張り込まずとも…」
 レオは文句を言おうとしたが、ヘレナに指を突き立てられてしまった。
「レオ様、動いたら口紅がずれてしまいますわ」
「くくくくく口紅だと?そ・そんなものはつけんでいい!」
 レオが悲鳴を上げたために、周りの人からじろじろと見られてしまった。
 それに気がつき、レオは真っ赤になる。
「でも、まゆ毛を抜くのは嫌なのでしょう。でしたら、口紅を塗って女っぽく見せるしかありませんわ」
「そうよレオ。これも正義のためよ」
 そう言いつつも、二人の肩は震えている。しかし、レオは正義という言葉に弱く、黙ってされるがままになった。
「さあ、できましたわ。まあ、きれいですわよレオ様」
 そう言って、ヘレナはレミーナにレオの顔を見せた。
 先ほどより、だいぶ女に見えるようになったが、やはりゴツく、男であることを知っている以上、笑わずにはいられない。
 案の定、レミーナは腹を抱えて笑い出した。ヘレナも目に涙を浮かべ、声を殺して笑っている。
「き、貴様ら遊んでおるな」
「そ・そんなことないわ!すっごい美女美女!」
 二人はしばらくその場で笑っていた。

   *

「さあ、ここからが本番よ!レオ、頼んだわよ!」
「…では今までのは遊びだったのか?」
「ギクッ、そ・そんなことはないわ。女らしく見せるための練習よ!」
 結局、犯人らしき人物は現れず、夜になってしまったため、夕食をとってから化粧も直し、再度張り込むことになった。
 いくらなんでも、このカッコで町の食堂に入りたくないというレオの強い希望で、三人は、一度館に戻ることにした。
「そうですわ。昼間とくらべて、ずっと女っぽいしぐさができるようになりましたわよ」
「う、うれしくない…」
 ヘレナの言葉に、レオは正直に答えた。
 ちなみに、昼間声をかけてきた男の数はというと、気がついた人二人、気がつかなかった人一人の三人だった。この男たちの神経が知れない。
 それはいいとして、館の一室では、夕食を終えたレミーナたちが、レオの化粧直しをしている。
 服は昼間のままにしてあるが、髪が少し乱れている。
「あ、レオ、髪が乱れているわ」
 レミーナは、レオの髪をほどいた。髪は流れるように下ろされる。
 …うわ…。
 その様子に、レミーナは見とれてしまった。
「レオって結構髪キレイねー。すっごくサラサラだし」
 レミーナは、レオの髪を櫛でとかしながら言った。
「もしかして、顔も体格も隠しているのに男の人がよってくるのは、この髪のせいじゃないかしら」
 レオの化粧直しを終えたヘレナも、それに 同意してうなずく。
 レオはなにやら複雑な気分の様子。
 レミーナは、レオの髪を結い上げ、再び髪飾りで留めた。
「…なんか、マウリさんみたいね。たしか、こんな髪型していたわよね」
 レオの耳が、ぴくっと動いた。
「私は会ったことがありませんが、とても美しい方だと聞きますわ」
 ヘレナの言葉に、レオは少しうれしくなった。
 妹思いのレオは、マウリを誉めてくれたり、似ていると言われたりすると、機嫌がよくなる。
 まあ、似ていることは似ているのだが…。
「レミーナ様。昼間とは違う場所で張り込みませんか?」
 突然ヘレナがこんな事を言った。
「いい場所を見つけましたの。そこならもっと美しく見えますわ」
「いいわねー。どこにあるの?」
 二人は楽しそうに立ち上がり、部屋を出ていった。
 …美しいと言われてもな…。
 レオは大きくため息をついてから、二人の後に続いた。

   *

 ほとんどのアルテナ像は、いつでも美しく見えるような場所に建てられている。
 ここ、テミスでも、昼は太陽の光が陰陽をうみだし、像に立体感を与え、夜はちょうど後ろで青き星が輝くように建てられている。
 レオは、町の入り口付近に建てられてあるアルテナ像の前に、うつむいて座っていた。
 座り方は、昼間と同じような上品な座り方で、違うのはベンチがないだけだ。
 うまいぐあいに青き星の光があたるので、まるで女神のように美しく見える。…そう、男と知らなければ…。
 レミーナとヘレナは、物陰に隠れて様子をうかがっていた。
「…レオ様、きれいですわね」
 そう言いつつも、ヘレナの肩は震えている。
「そうね。顔さえ見なければね」
 その通り。顔を上げればどう考えてもアウトだ。
 二人は声を殺して笑った。
 しかし、急に真剣な顔つきになった。
 レオも何かを感じたらしく、かすかに耳が動いた。
 レオのもとに、神官服を着た少年が歩みよってきた。
 年は十五、六ぐらいだろう。体は細く、まるで少女のような顔つきで、じっとレオを見つめる。
 …すごい魔法力!でも、どこか違う…。
 レミーナは、昨晩と同じような違和感を少年から感じた。しかし、それだけでは犯人とは言いきれない。
 レオもそのことは分かっており、動かず少年の様子をうかがった。
「こんばんは。見かけない神官さんだね。どこから来たの?」
 少年は、無邪気な笑顔でレオに話しかけた。
「ああ、いや、アザドからです…」
 レオは、相変わらず上ずった声で答える。
「アザドか…。遠いんだね。じゃあ、今日は神殿に泊まるの?」
「いや、私は…」
 レオは、答えようとして顔を上げた。
 …うわ―――――っ!
 レミーナとヘレナ、さらにレオまでが、心の中で叫んだ。しかし、少年は気がついていない。
「あ、僕はシュリック。僕も神官なんだ」
 そう言って、少年は自分の服を軽くつまんで見せた。
「シュリック?ああ、エレボス殿の…」
 レオはうっかり地声を発してしまった。
 慌てて口を閉ざしたが、これにもシュリックは気がついていない。
「うん、息子だよ。それより、もう遅いし、一緒に神殿へ行こう」
 シュリックは、レオの手を引いた。
 レオは、困った顔でちらりとレミーナを見たが、もう少し様子を見るよう合図を送ってきたので、しかたなく立ち上がった。
 次の瞬間、レオとシュリックの足元が発光した。
「なっ…!」
 レオは驚いてシュリックを見た。シュリックは、片手で印を結んでいる。
「しまった!いつの間に呪文の詠唱を!」
 レミーナとヘレナは、慌てて駆けよった。
 …エレボス殿の息子と知って、油断していた…!
 レオは、抵抗する間もなく、光に包まれた。
 シュリックは、駈けよってくる二人を見てつぶやいた。
「…見つかっちゃったか。後でなんとかしないと…」
 レミーナたちが駆けつけた頃には、すでに二人は転送され、光と魔法陣しか残っていなかった。
 そして、それらはすぐに消えてしまった。
 レミーナは、ため息をついた。
「…レオなら大丈夫だと思うけど、どこに転送されたのかしら…」
 レミーナはあまり心配していないが、ヘレナは不安そうだ。
 レミーナは、ヘレナの肩を叩いた。
「平気だってば。今は心配するより、探すことを考えなきゃ」
「…そうですわね。でも、手がかりは何も…」
 二人はその場で黙り込んでしまった。

 (第四章へ)


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