"第四章 非常識かつ真実の愛" 突然転送の魔法を使われたためか、レオはひどい頭痛と耳鳴りに襲われ、一瞬気が遠くなった。 気がつくと、レオは薄暗い部屋に倒れていた。 顔を上げると、すぐ目の前にシュリックが立っている。 レオは手を動かそうとしたが、いつの間にか鎖につながれており、動かすことができない。 シュリックが燭台に灯りを燈すと、部屋の様子がはっきりと分かった。 「ここは…」 「昨晩、僕たちが戦った部屋だよ」 シュリックは、にっこりと微笑んだ。 確かに、ここは館のヘレナとリシュタの部屋だった。光が漏れないよう、窓はカーテンに閉ざされている。 そして、床には六人の女性が横たわっている。 その中に、リシュタもいた。 胸が規則正しく上下しているので、眠っているだけのようだ。 「目を覚ますと暴れちゃうから、眠りの魔法をかけたんだ。弱めのだから大丈夫だよ。でも、それだと君には効かないようだから、手を鎖でつないだけど…、痛い?」 シュリックは、心配そうにレオを見たが、レオは立ち上がると、キッとシュリックを睨んだ。 「…貴様が犯人だったのか。なぜこのようなことを!」 レオは遠慮なく地声を発したが、シュリックは気にしていない様子。 「…実は僕、女の人にふられたんだ」 シュリックは、悲しそうに言った。 「この子たちは、彼女によく似ているんだ。だから、独占したくなってね」 シュリックは、横たわっている女性たちを、一人一人ながめた。そして、リシュタの髪を優しく撫でた。 「この館に、みんなを隠していたんだけど、この子が館に向かってくるの見つけて、慌てて山に隠しておいたんだ」 どうやら、扉を壊したのはシュリックのようだ。 「この子もかわいいからさらったけど、あんなに騒ぎを起こすつもりはなかったんだよ」 シュリックは、レオの前に立った。 「さすがに夜は危険だから、ここに戻したけど、あの金髪の女の人に見つかっちゃうから、また別の場所に運ばなきゃ。…ここでみんなと暮らすつもりだったのに…」 掃除をしたのも、シュリックのようだ。 シュリックは、レオに微笑みかけた。 「君、確かレオって名前だったよね。もしかして、あの英雄のレオ様?」 もしかしなくてもそうである。 「そういえば、館の近くにバルガンが停まっていたけど…。君は女の子だから違うね」 …まだ私を女だと思っているのか? これにはビックリ。 「君は体も大きいし、声も男っぽいから、男の人だと思っていたけど、女の人だったんだね。…よかった」 シュリックは、目を細めてレオを見た。レオは、相変わらずシュリックを睨みつけている。 …シュリックは、生まれつき体が弱かったというが…。 シュリックは、体こそ細いが、顔色はよく、不健康そうには見えない。 …何日か前から体調がよくなったと、エレボス殿は言っていたな…。 シュリックは、レオに背を向け、うつむいた。 「…僕は、生まれつき体が弱かったんだ。いつもどこかが悪くて、ろくに勉強もできなかったんだよ。僕がふられたのも、体が弱かったからさ。でも、強くしてもらってから、僕は変わったんだ」 …強くしてもらった?誰に? レオは疑問に思いつつも、黙ってシュリックの話を聞いていた。 「すごいでしょ。僕の転送の魔法。それだけじゃないよ。強力な攻撃魔法も使えるんだ。…そういえば、一度君に蹴飛ばされたことがあったな…」 そう言って、シュリックは振り向いた。 「でも、許してあげる。君は一番彼女に似ているからね」 シュリックは、レオの髪に手を伸ばした。そして、ゆっくりと髪飾りをはずした。 レオの長い髪も、ゆっくりと下ろされる。 「キレイな髪…。彼女によく似ている…」 シュリックは、うっとりとレオの髪を撫でた。 「…ただ似ているというだけで、私を…、リシュタたちをさらったというのか?」 レオの問いに、シュリックは表情を変えずに答えた。 「そんなことないよ。君たちを愛しているからさ」 「…違うな」 レオは、シュリックの答えを即座に否定した。そして、シュリックの腹をひざで打った。 あまり力を入れずとも、シュリックは床に倒れる。 その隙に、レオは短い呪文を詠唱すると、袖に隠していた短剣に魔法力を注ぎ、それを器用に取り出すと、両腕をつないでいる鎖につき立てた。 鎖はあっけなく砕け、床に散らばった。もちろん、倒れている女性たちにあたらぬよう、気を使った。 そして、再び呪文の詠唱を始めた。 シュリックが顔を上げ、それに気づき、慌てて立ち上がったが、遅かった。 「轟けっ…、大地の息吹!!」 レオが叫ぶと、館全体が大きく揺れた。 灯りが消え、壁に亀裂が走った。 シュリックは、もはや立っていられず、床にしりもちをついた。 激しい揺れのため、眠っていた女性たちが目を覚ました。しかし、リシュタだけが目を覚まさない。 「リシュタ、起きろ!」 レオは口紅を拭い、スカーフもほどきながら、大声で叫んだ。 「う…、な、何?地震?」 リシュタは辺りを見まわしたが、暗闇に目が慣れておらず、何も見えない。 レオは、立っていられる程度に揺れを弱めるが、女性たちは、わけも分からずおろおろとしている。 「こっちだ!早く逃げろ!」 「レオ様?どこにいるんですか!?」 リシュタまで、おろおろし始めた。 揺れがおさまりかけてきた時、突然強い光がシュリックの手のひらから放たれた。 レオとリシュタは、とっさに目を伏せた。しかし、他の女性たちは光をじっと見ている。 揺れが完全におさまった。 シュリックは立ち上がり、灯りをつけ直した。 すると、女性たちの様子がはっきりと分かった。全員うつろな目をしている。 「レオ様!」 リシュタはレオに駆けより、しがみついた。 「レオ様、何があったんですか?姉さんとレミーナ様は?それに、その格好…。ぶっ、な、何ですかその胸は!」 レオは、化粧はしたままであるものの、口紅は落としたのでおかしくはない。服も男女共通のデザインなので、スカーフを取りさえすれば変ではない。 だが、胸はまだ膨らんでいる。 「うっ…、いろいろとあってな」 レオは顔を赤くしたまま、シュリックを睨んだ。 「貴様、何をした!」 「魅了の魔法を使ったんだ。弱めのだったから、君たちには効かなかったんだね。残念だなあ。手荒なことはしたくないのに…」 そう言って、シュリックはレオたちに向けて手をかざした。すると、女性たちが一斉にレオたちに飛びかかってきた。 「くっ…、リシュタ、しっかりつかまっていろ!」 レオはリシュタを抱きかかえ、すぐ近くにある棚の上に登った。 レオは、女性たちが棚の下に集まると、彼女たちの後ろに飛び降りようとして…、天井に頭をぶつけた。 そのまま女性たちの上に落ちてしまう。 二人ほどしたじきになり、気を失う。 「くっ、私としたことが…。天井の高さを計算に入れ忘れていた。…リシュタ、悪いが降りてくれ」 リシュタは、着地に失敗して倒れているレオの上に、ちょうど正座をしているような形で座っている。 「あ、ご・ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」 「いや、早く降りて…」 リシュタがあやまっているうちに、残りの三人の女性が、レオとリシュタに飛びかかってきた。 「どわあっ!」 「きゃっ!」 リシュタに抱きつかれ、三人の女性に体で押さえつけられているその様は、うらやましい限りだが、レオはそれどころではない。 そのあいだに、シュリックが呪文の詠唱を始めてしまった。 「そのままじっとしていてよ。別の場所で、話し合おうじゃないか」 …転送の魔法を使う気か! レオは女性たちを振り払おうとしたが、リシュタがやたらとしがみついてくるため、うまくいかない。 シュリックは呪文の詠唱を終え、印を結ぼうとした。 しかし、突然シュリックの手が氷によって固まった。 慌てて力を入れると、氷は簡単に崩れたが、気がそれ、呪文は無効となった。 「なにもたもたしてんのよレオ!!」 レミーナが部屋の中に飛び込んできた。先ほどの氷も、レミーナが魔法を使ったのだろう。 「レミーナ!よくここが分かったな」 「窓から光が見えたから、すっ飛んできたのよ!」 窓はカーテンに閉ざされているが、よく見ると、虫食いの跡がある。そこから光が漏れたのだろう。 「あんたたち、目を覚ましなさい!」 レミーナは、レオとリシュタを押さえつけている女性たちに、一回ずつ平手打ちをした。 女性たちは、はっとしてレオたちから離れた。 シュリックは、慌てて呪文の詠唱を始めた。 「させませんわ!」 今度はヘレナが飛び込んできた。 隠れて呪文を詠唱していたのだろう。ヘレナが手をかざすと、突風がシュリックを襲った。 シュリックは後ろに飛ばされ、壁に叩きつけられる。 「うぐっ…」 シュリックは、壁にもたれかかった。 「姉さん!」 リシュタは、ヘレナの姿を見て喜んだ。 「リシュタ!無事でよかった…。あら、いいご身分ね」 ヘレナは、リシュタを見ていたずらっぽく笑った。 リシュタは、慌ててレオから離れる。 「痛いな…。よくもっ」 シュリックは立ち上がり、短い呪文を詠唱すると、レミーナとヘレナに手をかざした。 二人は同時に構えたが、突然レオが二人の前に飛び出した。そして、そのままシュリックに突っ込んでいった。 シュリックが気がついた時には、すでに魔法力は風となって放たれていた。 レオはその風をすべて受けとめた。 呪文が短く、威力も小さいとはいえ、まっすぐ向かっていくレオの根性は見上げたものだ。 しかし、魔法は魔法。強い衝撃がレオを襲ったが、レオは止まらなかった。 「シュリック、己の罪を知れ!!」 レオは勢いを殺さず、シュリックの顔に拳をめり込ませた。 手加減は…していない。見事なストレートだった。 シュリックは、ヘレナの時より強く壁に叩きつけられた。 「レ、レオ様、やりすぎでは…」 リシュタは、ぽかんとレオを見ている。 シュリックも、頬を押さえながら、ぽかんとレオを見ている。 レオはシュリックのむなぐらをつかみ、勢いよく立ち上がらせると、思いっきり睨みつけた。 「お前は私たちを愛していると言った。だからさらったのだと答えた。だが、お前が本当に愛しているのは、お前をふった女性だ。だからこそ、その女性に似ている我々をさらい、心を癒そうとしているのではないか?」 レオの言葉に、レミーナはほおっと感心した。 …他人のことは分かるようね。 レオは続けた。 「仮に本気で我々を愛していたとしても、無理矢理さらったところで、己が満たされると思うか?愛を得られずして満たされるわけがなかろう!ただ、罪が重くなっていくだけだ!」 レオの力説に、シュリックだけではなく、ヘレナやリシュタ、意識を取り戻した女性たちまで何やら強い衝撃を受けたらしく、驚いた顔でレオを見張っている。 レミーナだけが、ただうんうんとうなずいている。 「…そうだ。僕は…」 シュリックは、目線を下に向けた。 とたんに、大声で叫んだ。 「うわ―っ!む、胸がずれてる――――っ!!」 レオも驚いて、シュリックの服をつかんでいた手を放す。 レオの左胸…もとい果物が、腰までずり落ちている。 それを見たレミーナとヘレナは、思わず吹き出してしまった。 リシュタと女性たちは、拍子が抜けて行動に困っている。 「き、君はまさか…」 シュリックは、顔をひきつらせている。 「なに?今まで気がつかなかったの?」 レミーナは、驚きながらも爆笑した。 「そ、その通りだ。私は…」 「胸が垂れているんだね…」 シュリックのナイスなボケに、全員姿勢を崩した。 レオは、顔を真っ赤にして叫んだ。 「ちが―う!私は男だ――――っ!!」 「エ―――――――――――――――ッ!!!!」 シュリックは、真っ青になって絶叫した。 レミーナは、もはや立っていられず、床を転げまわって笑った。 * 女性たちを家に送ってから、レオ、レミーナ、ヘレナ、リシュタ、そしてシュリックの五人は、テミスのアルテナ像の前に集まった。 レオは一度バルガンに戻り、化粧を落として、服もいつもの旅のしやすい服に着がえてきた。腰にはちゃんと愛剣を吊るしている。 レオは、アルテナ像の前でうつむいて座っているシュリックに話しかけた。 「神官服は、洗ってから返すと、エレボス殿に伝えてくれ」 「はい。分かりました」 シュリックは、うつむいたまま返事をした。 ちなみに、髪飾りはリシュタに、スカーフはヘレナにと、すでに返してある。 スカーフについては、レオは洗ってから返すとヘレナに言ったのだが、「レオ様がずっと身につけていらしたものですもの。洗うのなら、私に洗わせてくださいませ」と言って流し目をしてきたので、レオは何も言い返せなかった。 レミーナ、ヘレナ、リシュタの三人は、シュリックを囲むようにして立っている。 空はまだ闇に覆われており、アルテナ像の後ろで輝いている青き星は、小さな星々と共に、夜空を飾っている。 しばらくの間、誰も口をきかなかったが、シュリックがゆっくりと話し始めた。 「僕をふった彼女は、僕と同じく神官で、とても位の高い人だったんだ。ふられた後も、僕は彼女をあきらめきれず、彼女と肩を並べられるよう努力したよ。…でも、体が弱くて何度も絶望しかけたよ…」 シュリックの声は、暗く、さびしそうだった。 「しかも、噂によると、彼女は結婚したらしいんだ。…きっと、僕は彼女を忘れるために、愛する人を…、いや、愛せる人をさらっていたんだ」 シュリックの言葉に、リシュタは驚いた。 「まあ、私さらわれていたんですね」 詳しい話をまだ聞かされていないリシュタは、こんなことを言った。 リシュタの鈍感さに、全員あきれてしまう。 「…でも、レオ様が男で、しかも、あの英雄のレオ様本人だったなんて、びっくりしましたよ」 シュリックは顔を上げ、レオに微笑んだ。 レオも微笑み返したが、どこかぎこちない。 シュリックは立ち上がり、四人に向かって言った。 「僕はすべてを父さんや町の人々に話し、罪を償うためにも、この町のために全力を尽くそうと思います」 シュリックは、自分に言い聞かせるように言った。 「そうだ。それでいい」 レオは深くうなずいた。 そこに、レミーナが口をはさんだ。 「それよりさ、壊した扉の鍵は弁償しなくてもいいから、魔法ギルドに入会しない?今なら入会金を九十シルバーにまけてあげるわよ」 レミーナは、目を輝かせながら言った。 シュリックは、少し考えてから答えた。 「とりあえず、鍵は明日弁償します。入会については、考えておきます」 そう言って、申し訳なさそうに微笑み、呪文の詠唱を始めた。 どうやら、転送の魔法を使うようだ。 …神殿まで、そう遠くはないが…。 レオが不思議に思っていると、シュリックが手を差し伸べてきた。呪文は完成している。 「レオ様。あなたのおかげで、僕は罪を重ねずにすみました。それに、本当の愛を知ることもできました」 シュリックは、にっこりと笑った。 レオもシュリックの手を握り、微笑んだ。 すると、シュリックは急に目を細めてレオを見た。 「…レオ様。実は、僕をふった女性は、あなたの妹、マウリ様なんです」 「なに?」 レオは驚いてシュリックを見た。シュリックは、両手でレオの手を強く握り、話し続けた。 「…どうりで強く惹かれるわけだ。本当に、よく似ている。目元も、髪も…。いや、今となっては、マウリ様以上に美しく見える…」 レオは嫌な予感がして、手を放そうとした。レミーナたちも、ただならぬ気配に何かを察したのか、レオに駆けよろうとした。 しかし、遅かった。 レオとシュリックの足元が発光し、魔法陣が描かれた。 「レオ様!」 リシュタが叫んだ。 「シュリックさん、何を!」 「ちょ、ちょっと、冗談でしょう!?」 続いて、ヘレナ、レミーナの順に叫んだ。 すさまじい光が魔法陣からあふれだし、三人は目を伏せてしまう。 レオは、ただうろたえていた。 「シュ、シュリック?いや、そんな馬鹿なことが…」 レオは、ひきつった顔でシュリックを見た。しかし、レオの予感は的中し、シュリックは顔を赤らめ、うつむいた。 「…今度こそは本気です。レオ様。僕はあなたを愛してしまいました…」 光に包まれたとたん、二人はその場から姿を消した。 光が薄れ、ようやく目を開けられるようになった頃には、そこにはアルテナ像と魔法陣しか見当たらなかった。 その魔法陣も、かすかな光を残して消えてしまった。 「そ、そんな、レオ様―――――――!!」 リシュタの叫び声は、むなしく闇の中へと溶け込んでいった。 光が完全に消えた後、三人はその場にへたり込み、しばらく呆然としていた。 (第五章へ) |