LUNAR2ばっかへ

時には闇肥ゆる愛


 シュリックの母は体が弱く、シュリックを産むと、すぐに亡くなってしまった。
 そのため、シュリックは母のぬくもりを記憶に残せず、母の愛情に飢えていた。
 父、エレボスは、若くしてテミスの神官長を務めていたため、生活に困ることはなかったが、母と同じく体の弱いシュリックは、一日のほとんどをベッドの中で過ごしていた。

 そして十一歳の時、シュリックは一人の獣人族の少女に恋をした。
 シュリックより三つほど年上で、大人びた印象が受けられる、美しい少女だった。
 名を、マウリと言う。
 彼女はアザドから派遣された一人前の神官で、テミスでは神殿内の改装や、布教活動に精を出していた。
 シュリックは、物心がついたときから神官を目指していたが、よく病気で寝込み、ろくに勉強もできなかった。
 ある日、マウリがシュリックの元へやって来て、彼の病を完治してしまった。
 これには町中の人々も、神官たちも驚いた。
 その時シュリックがかかっていた病は重く、この辺りでは、一番腕のいい神官であるエレボスにも治せなかったからだ。
 だが、いくら一つの病が完治したとは言え、体の弱いシュリックのこと、安心はできない。しかし、しばらくは体調がよかったので、その間、シュリックは必死に勉強をした。
 シュリックは、その頃からマウリに想いを寄せていた。
 必死に勉強するのも、ただ神官になるためだけはなく、少しでもマウリに近づくためでもあった。
 母親を亡くしたシュリックにとって、病を治してくれた時のマウリの手は、何よりも暖かかったのだ。
 しかし、マウリがアザドへ帰る日は、すぐにやってきた。
 …もう会えないかもしれない…。
 そう思うと、いても立ってもいられず、マウリがテミスを発つ前日の晩に、彼女に自分の想いを打ち明けた。
 マウリは、それを聞いて冷たく笑った。
「私、無能には興味がありませんの」
 そして、マウリはテミスを去った。
 シュリックは、マウリを憎んだ。
 シュリックは、確かに知識もあまりなければ、神官としての力もなかった。
 しかし、それは自分の体が弱いせいだと思っていた。そうでなければ、勉強に集中でき、力をつけていくこともできると思っていたのだ。
 事実、シュリックは飲み込みが早く、強い力を秘めている。
 しかしマウリは無能と言った。
 その、人を見下す態度に腹を立てた。
 以来シュリックは、マウリを見返すことだけを考え、がむしゃらに勉強した。しかし、神官としての能力は、どういうわけか身につかず、おまけに何度も病に倒れ、そのつどシュリックは、自分の体の弱さを憎んだ。

 そして四年の月日が経った。
 シュリックは、知識こそ豊富になることができたが、相変わらず、神官としての能力は身につかないままだった。
 眠りをもたらしたりする補助魔法や、単純な攻撃魔法は身についたが、使おうとすると、めまいがしてうまくいかない。
 ある日、シュリックは、マウリが結婚したという噂を聞いた。
 シュリックは絶望した。自分はまだ、マウリのことを愛していたのだ。
 たとえ自分を見下した者であっても、彼女の美しい髪を、瞳を、暖かい手を忘れることができなかった。
 シュリックは、心のどこかで、マウリに自分の力を認めてもらい、愛されることを望んでいた。
 もう、マウリに対する憎しみは、完全に消えてしまった。
 しかし、代わりに周りの人を憎んだ。
 マウリを奪った男を、病を治してくれなかった父を、人々を。そして母すらも、シュリックは憎んだ。

 その日、シュリックは、神殿内の宝物庫の中で本を読んでいた。
 難しい魔法について記されている本で、転送の魔法についても載っていた。
 …体が弱くなければ、僕だって…。
 そう思った時、ふと、誰かの呼ぶ声が聞こえた。
 その声は、山積みにされた箱の一つから聞こえてきた。
 シュリックは、その箱を取り出し、蓋を開けた。
 中には小さなビンが入っている。
 シュリックはビンを取り出し、栓を抜いた。ビンの中には、なにやら黒い液体が入っている。
 再び、声が聞こえた。
 …お前の体を強くしてやる。それを飲め。
 男か女かも分からない、細く小さな声だが、そう聞き取れた。
 シュリックは魅入られたように、ビンの中の液体を飲んだ。
 とたんに、何かが体の中を突き抜けていくような感覚にみまわれ、シュリックは、一瞬、放心状態になった。
 しばらくすると、急に体が軽くなった。
 何があったのかよく分からないが、不思議と心は落ちついている。
 シュリックは、今なら何でもできそうな気がして、覚えたばかりの転送の魔法を使おうと、呪文を詠唱した。そして、印を結ぶと、床から光が吹き出し、シュリックを中心に魔法陣を描いた。
 自分がやったとはいえ、さすがに驚き、目を伏せてしまった。
 光が薄れてきたので目を開けると、そこは自分の部屋だった。
 少し頭がクラクラするが、耐えられないほどではない。
 シュリックは、しばらくぼおっとしていたが、やがて、クスクスと笑い出した。
 転送の魔法は難易度が高く、かなりの魔法力を要する。しかも、呪文も複雑で、魔法力が高くても、呪文を完璧に詠唱できなければ、使うことはできない。
 …やっぱり僕には才能があるんだ!ただ、体の弱さが邪魔をしていただけなんだ!
 もう、体を良くしてくれた謎の声など、関係なかった。
 シュリックの心は、歓喜で満ちていた。

 急に体調がよくなったシュリックを、エレボスは不思議に思ったが、それでも息子の元気な姿を見ていると、喜ばずにはいられなかった。
 精神的にも余裕ができたシュリックは、久しぶりに町中を、散歩がてらに歩いた。
 今まで、ありとあらゆるものに憎しみを抱いていたが、そのすべてが、今では心地よく思える。
 最近では、補助魔法も攻撃魔法も完璧に使いこなせ、転送の魔法も、苦にならなくなってきた。
 もう、マウリのことは、忘れかけていた。
 しかし、ふと、一人の獣人族の女性が目についた。
 その女性は、とても美しく、髪型といい顔立ちといい、マウリを思い起こせるものがあった。
 改めて町中を見まわすと、同じようないでたちの女性が何人かいた。
 シュリックは、彼女たちを独占したくなった。しかし、声をかけようにも、どうも気が引けてしまう。
 シュリックは、彼女たちを、マウリと重ねて見ていた。そのため、ふられたことを思い出し、再び冷たい言葉を浴びせかけられることを恐れてしまう。
 たとえ自分が無能でないと思っていても、理不尽なトラウマが、シュリックをおびえさせる。
 しかし、どうしても諦めきれず、ついに強引な手段に出た。
 …そうだ。眠らせてしまえばいいんだ。そうすれば、何も言わない…。
 そして、夜になると、目をつけた女性三人ほどに、眠りの魔法や麻痺の魔法を使い、転送の魔法で自分の部屋へと運んだ。
 しかし、魔法の効果が消えれば、暴れることを予想し、シュリックはうろたえた。そして、町の外れにある無人の館を思い出し、そこへ彼女たちを運んだ。
 館の入り口の扉は、硬く閉ざされていたので、シュリックは、強力な風の魔法で扉を破った。
 シュリックには、神官ではなく、魔法使いの才能があるのだろう。シュリックは、今だ神官の能力がなかった。
 館の中はホコリにまみれ、ドアにも鍵がかかっていた。
 シュリックは、ロビーに彼女たちを横たわらせた。窓から射し込むかすかな光が、彼女たちの頬を照らす。
 シュリックは、しばらくそれに見とれていたが、一人、目を覚ましそうになったので、再び眠りの魔法をかけた。
 …町に帰せば、僕がやったことが分かってしまう…。
 シュリックは、彼女たちの髪を優しく撫でると、あらゆる出入り口や窓に結界を張った。
「また来るからね」
 そうつぶやくと、シュリックは転送の魔法を使おうと、呪文の詠唱を始めた。
 すると、急に彼女たちのことが愛しくなり、呪文の詠唱を中断させ、じっと彼女たちを眺めた。
 …そうだ。僕は彼女たちを愛してしまったんだ…。
 そして、再び呪文の詠唱を始めた。

 それから四日後。シュリックは、ついに捕まった。
 それまで、七人の女性を誘拐し、監禁してきた。
 しかし、その内の一人は、女装した男だった。
 シュリックは、彼の改心の一撃を受け、自分の罪を知った。
 そして、本当に愛していたのは、マウリだと気がついた。
 しかしその時、マウリ以上に素晴らしい人を見つけた。
 今までさらってきたどの女性よりマウリに似ており、本当の愛に気づかせてくれた、初めて自分を殴った人物。
 それは、自分を捕らえた男だった。
 彼の小川のような髪が、まっすぐな瞳が、シュリックの心を奪った。
 男だと知っても、シュリックの想いは変わらなかった。
 彼はマウリの兄であり、三年前、世界を救った英雄でもある、正義感の強い男だった。確かにマウリに似ているが、彼女とは違って、優しい雰囲気を持ち合わせている。
 …この人なら、僕を冷たくふったりはしない…。
 そして、シュリックは彼をさらった。


 "第五章  愛とは…"

 ひどい頭痛と耳鳴りに耐えながらも、レオは辺りを見まわした。
 そこは、薄暗い洞穴の中だった。人の手が加えられており、床や壁は平らになっていることが、入り口から射し込む光で分かった。
 部屋と言ったほうが、正しいかもしれない。広さは、ちょうど館の小部屋と同じくらいだ。家具がないぶん、少し広く思える。
 隣に、シュリックが立っている。
「ここはテミスの東にある、盗賊のアジト跡地さ」
 シュリックは、微笑みながら言った。
 レオは、頭痛と耳鳴りがおさまると、記憶を整理しようと、頭を抱えてうなった。何しろ、急に転送の魔法を使われたあげく、驚くべき発言をされたので、頭の中が混乱している。
 …私は、テミスで起こった女性失踪事件について、調べに来た。
 そして、リシュタとヘレナを連れたレミーナと再会し、リシュタはさらわれ、私はおとりとなって、リシュタをさらった犯人を捕らえた。
 犯人は、町の神官長の息子、シュリックだった。
 リシュタは無事に助け出し、失踪ではなく、シュリックに誘拐されていた女性たちも見つかり、テミスの事件は丸くおさまった。…そう。テミスの事件は…。
 シュリックは、女性を誘拐したことについては、深く反省していた。自分が犯した罪を償うため、町のために尽くしていくと、レオの前で誓った。
 しかしその直後、シュリックは、転送の魔法を使ってレオをさらった。
 その理由は、レオにも分かっていたが、念のため確認しようと、シュリックに話しかけた。
「あー、シュリック。一つ質問していいか?」
「はい」
「なぜ私をここに連れてきた」
「…好きな人とは、二人きりでいたいと思ったからです」
 シュリックは、はにかみながら言った。
 レオの頭の中が、一瞬白くなった。
「い・いや、二人きりになりたければ、こんな所でなくとも…」
「でも、こういう場所でないと、あなたを閉じ込められませんし…」
「なっ…。私を閉じ込める気なのか!?」
「はい」
 シュリックの素直な返事に少しあきれたが、すぐにシュリックを説得し始めた。
「シュリックよ。なぜ私にそのような感情を抱いたかは別としておくが、私は言ったな。無理やりさらったところで、愛は得られないと」
「はい」
「嫌がる人を無理やりさらうことは罪であると、私は教えたと思うのだが…」
「レオ様、嫌がっていたんですか?」
 シュリックが、悲しそうな目で見てくるので、レオはたじろいでしまう。
 そんなレオの手を、シュリックは強く握った。
「でも大丈夫です!レオ様が僕のことを愛してくれるよう、努力しますから!!」
 そういう問題ではない。
 普段冷静なレオも、この時ばかりは大いにあせった。
 そもそも、レオは自分に関する恋沙汰は苦手だった。
 正義一筋、騎士一筋で、女性には見向きもしない性格であるため、恋愛とは、ほぼ無縁の生活を送ってきたからだ。
 しかし、もてないわけではない。
 今までにも、何度か女性に「ステキ」だとか「かっこいい」だとか言われたことがある。
 その時は、ただ照れるだけですんだが、今回は「愛している」なので、そうはいかない。しかも相手は男。
 シュリックは、ずっと黙っているレオを見て、悲しそうに言った。
「…僕が男だからいけないんですか?」
 レオは再びたじろいだ。
「愛には性別なんか関係ありません!レオ様なら分かってくれますよね」
「い・あ・そ、そうだな。しかし…」
 レオは冷や汗をかいている。
「それとも、すでに恋人がいるんですか?」
「いいいいいいいやいやいやそんなことはないないないないっ」
 レオは、必要以上に否定した。
「よかったー」
 シュリックは、胸をなでおろした。しかし、レオの顔は真っ赤だ。
 確かに、レオにとって恋人と思える人物はいないが、実は気になる女性はいた。
 その気持ちについて、レオはよく知っている。
 今でも、彼女の元へよく足を運ぶし、なんとデートをしたこともある。
 彼女のほうも、まんざらではない様子だ。
 とまあ、こういうわけで、シュリックが男であろうがなかろうが、「愛している」と言われても、レオは困るのだ。
「い、いや、しかし、その、私は…」
「何ですか?」
「何でもない」
 そのことを言おうとしたが、どうも照れてしまい、言えなかった。
「さて…。僕は帰るけど、レオ様はここにいてくださいね」
「こ・こらっ、ちょっと待て!」
「大丈夫。生活に必要な物は、そろえてありますから」
 そういう問題でもない。
 シュリックは、呪文の詠唱を始めた。
 …少なくとも、私に害なすつもりはないのだろう。
 レオは、少し様子を見ることにした。
 シュリックは、両手を洞穴の入り口にかざすと、光の柱が数本現れ、入り口をふさいだ。
「触れても平気ですけど、出られはしませんよ」
 シュリックは、転送の魔法の呪文を詠唱し、印を結んだ。
「じゃあ、夜になったら来ますね」
 そう言ってレオに微笑みかけると、光に包まれ、消えてしまった。

   *

 レミーナたちは、とりあえず、館に戻ることにした。
 中に入ると、開口一番、レミーナがヒステリックに叫んだ。
「あーっ、床にヒビが入ってー!うわっ、壁にも!?ガラスなんか全壊じゃないのよーっ!!」
 館の中は、ひどいありさまだった。
 もともとぼろく、きたない館だが、さらにひどくなっている。
 実は、女装したレオがシュリックにさらわれ、この館に連れてこられた時に、レオが引き起こした地震が原因なのだ。
 しかし、地震が起こったのは館の中だけで、レミーナたちが駆けつけた頃には地震はおさまっており、急いでいたのと、周りが暗かったことで、今までこの様子に気がつかなかった。
「さてはシュリックね!とこっとん弁償してもらうんだからぁっ!!」
 まあ、もとはと言えばシュリックのせいでもあるので、間違ってはいない。
 怒っているレミーナはさておき、ヘレナとリシュタは、不安そうに下を向いている。
 レミーナは二人の様子に気づき、はげますように声をかけた。
「何も心配することはないわよ!レオなら一人でも平気だって!」
 そう言われると、リシュタは顔を上げ、レミーナを見た。
「レミーナ様、レオ様を助けましょう!!」
 ヘレナもそれに同意した。
「そうですわ。リシュタを助けていただいたこともありますし、シュリックさんを放っておくわけにもいきませんわ」
 レミーナは、うーんとうなった。
「それは分かっているわよ。いくら一シルバーの得にもならなくても、さらわれた人は放っておけないわ。…でも、男のレオのどこがいいのかしら…」
 それには、ヘレナとリシュタも考え込んでしまう。
 確かに、女性としてはレオには惹きつけられるものがある。しかし、あこがれならともかく、男が特別な想いを抱くとは考えがたい。
 レミーナは、ため息をつくと二人に言った。
「とりあえず、今日はもう休みましょう。夜も遅いし、手がかりだってないんだから。明日、テミスでシュリックの関係者に聞けば、何か分かるかもしれないわ」
 ヘレナとリシュタはうなずき、三人はそれぞれの部屋に戻った。
 レミーナとヘレナは、疲れのせいもあってすぐに眠りにつけたが、リシュタは、しばらく眠れなかった。
 それは、ずっと眠り続けていたからだけではなさそうだ。

   *

 シュリックが去ってから、レオはしばらく考えごとをしていたが、閉じ込められていても困るものがあるので、とりあえず外に出ようと、腰につるした剣を抜いた。
 レオは、光の柱の前で剣を構え、呪文の詠唱を始めた。そして、魔法力を剣に注ぐ。
 とたんに、レオの剣が発光した。
「円空牙!!」
 叫ぶと同時に、レオは足元に剣を振り下ろした。
 剣に宿した光は、床に吸い込まれるようにして消えた。
 しかし次の瞬間、レオを中心に輪を描くように、床から強い光が噴き出した。
 その円上には、出口をふさいでいる、魔法の柱がある。
 光は、柱を周りの壁ごと跡形もなく砕き、天井までえぐった。
 光が消え、少し落ち着いてから、レオは剣を鞘に収める。
 レオは外に出た。
 辺りはまだ暗いが、夜空に輝く青き星が地上に送る光で、周辺の様子がよく分かる。
 目の前には、大きな泉があった。
 それを見ていると、心がなごむ。
 レオは、物思いにふけった。
 …シュリックは、私を愛していると言った。確かにシュリックは、本気で私を愛してしまったようだ。
 ならば私は、シュリックのことを、ただ純粋に、私に想いを寄せている者として対応しなければいけない。
 …しかし私は…。
 しばらくぼおっと泉を見ていたが、ふと、空を見上げてつぶやいた。
「…確か、ここはテミスの東だと言っていたな」
 レオは、青き星や他の星々の位置で、方角を確認すると、きびすを返して歩き出した

 (第六章へ)

※『円空牙』…メガCD版のレオ様の剣技。円形の刃で周囲の敵を攻撃


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