"第六章 呼ばれず飛び出て高笑い" レオは、バルガン内の自室で夜を明かした。 ここ二日間は、ろくに寝ていなかったので、目を覚ましたのは、ちょうど太陽が真上に昇った頃だった。 バスルームで体を洗ってから、さて着替えようとした時、どこからか声が響いてきた。 「レオ―――、いたら返事しなさ―――い」 …レミーナ?なぜここに…! レオは慌てて部屋の鍵をかけた。 「レオ様ー。いないんですかー」 「閉じ込められていましたら、ドアをこじ開けてさしあげますわよー」 リシュタとヘレナも一緒のようだ。 それより、今、この部屋に入られたら非常に困る。 「ちょ、ちょっと待て!」 「まあレオ様!無事でなによりですわ」 「レオ様、ここですか?」 リシュタが、レオのいる部屋のドアを開けようとしたが、当然開かない。 「レオ、何やってんのよ」 「い、いや。とにかく開けるな」 「レオ様、何かあったんですか?大丈夫ですか!?」 「いいから開けるな!」 結局、早とちりをしたリシュタが、魔法でドアを壊して入ってきた。 レオは、下半身だけは着替えを終えていたので、どうにか死守することができた。 * レオは、アルテナ神団に幹部として所属していた頃、大勢の部下を引き連れ、この竜汽船バルガンで各地を巡り、布教活動を行っていた。 そのため、バルガン内は広く、部屋も多い。 さらに、食堂や武器庫、作戦会議室などがある。 分かりやすく言えば、移動式の基地だ。 レオ、レミーナ、ヘレナ、リシュタの四人は、そのバルガン内の食堂で昼食をとっていた。ちなみに、料理はリシュタが作った。 「着替えていらしたのなら、そう言ってくださればよかったですのに…」 ヘレナは、まだ顔を赤くしているレオに、笑いながら言った。 「ごめんなさい。本当にごめんなさい」 リシュタは、ドアを壊した時もかなりあやまったが、ここでも頭を下げた。 「いや、もういい。気にするな。それより、なぜ私がここにいると分かったのだ?」 レオは、すでに食事を終え、食器を洗っている。 「本当はテミスで情報を集めようとしていたんだけど、その前に、バルガンにはいないかなーって思って来ただけよ」 レミーナは紅茶をすすっている。 「で、シュリックは、どうしてあんたをさらったの?」 レミーナの質問に、レオは食器を洗う手を止めた。 ヘレナとリシュタは、じっとレオを見ている。 「そ、それは…だな」 レオはしどろもどろに、昨晩シュリックと交わした会話について、正直に話した。 「…やっぱり。とんでもないことになったわね」 レミーナは、ため息をついた。 「で、レオ様はどうなされるおつもりですの?」 ヘレナが心配そうにたずねた。 「レオ様。シュリックさんとお付き合いするつもりはありませんよね」 「まさか…」 リシュタの質問に、レオはげんなりとした顔で答えた。 レミーナも食事を終え、食器を片付けようとした。 「あ、レミーナ様、私が…」 「いいわよ。それより、早く食べちゃいなさいよ」 リシュタは、レミーナの食器をかたづけようとしたが、断られてしまった。 ヘレナは食事を終えると、思い出したかのように言った。 「そうですわ。レオ様、服をお返ししますわ」 ヘレナは、いつ持ってきたのか、カバンの中からレオの服を取り出した。以前、リシュタがさらわれた時、魅了されていたヘレナが破いてしまった服だ。 「おお、すまんな」 レオは、濡れた手をタオルで拭いてから、服を受け取った。 切り裂かれた部分はきれいに縫ってあり、血の痕も残っていない。 「…そういえば、神官服を、まだ返していなかったな」 レオは、昨晩バルガンに戻ってから、洗って乾かしておいた神官服を思い出した。 昨日、女装するために、テミスの神官長、エレボスから借りた服である。 「レミーナ。私は片付け終えたらテミスの神殿を訪ねるが、お前たちはどうする?」 レオは、レミーナを見た。 「あ、あたしも一緒に行くわ。まだシュリックからお金をもらってないし。それに、できれば彼を魔法ギルドに入会させたいから」 「あ、では私も…」 食事を終えたリシュタが、立ち上がった。 「リシュタとヘレナさんは、町で魔法ギルドの勧誘をしてちょうだい。まだ一人も掴まえていないからね」 「…分かりました」 リシュタは、そう言ってレオを見た。 レオはそれに気づかず、食器を洗っていた。 * レオとレミーナは、神殿を訪れると、さっそくエレボスと面会した。 部屋の入り口で、エレボスは喜んでレオたちを歓迎した。 「おや、そちらのお嬢さんは…」 「仲間のレミーナです。ご存知でしょう」 レオがレミーナを紹介すると、レミーナは軽く会釈をした。エレボスは、驚いた顔でレミーナを見た。 「おお、あなたが。シュリックから話を聞いております。息子がご迷惑をおかけしました」 エレボスは、レミーナに頭を下げる。 「まさか、シュリックが失踪事件の犯人だったとは、思いもしませんでした…。しかし、息子も反省しているようですし…。これもあなた方のおかげです」 シュリックは、本当に自分がやったことを話したらしい。 レオは脇に抱えていた神官服を、エレボスに差し出した。 「先日お借りした服です。ありがとうございました」 「おお、わざわざ洗ってくださらずとも…。ところで、何に使ったのですか?」 「いっ、いや、まあ、いろいろと…」 女装するために借りたとは、口が裂けても言えない。 あせっているレオを見て、レミーナは少しふきだしてしまった。 「ところで、シュリックさんはいないんですか?」 レミーナは、辺りを見まわしながらエレボスに尋ねた。 「息子でしたら、今日も修行のため、山へ行きました」 「一人で?」 「いえ、何人かの見習いの神官と一緒です」 とりあえず、レオが脱走した事はバレることはなさそうだ。 それはそうと、レミーナは再びエレボスに尋ねた。 「あの、一つ質問してもいいですか?」 「何でしょう」 「シュリックは、魅了の魔法や攻撃魔法、それに、転送の魔法を難なく使いこなしていましたので、神官より魔法使いとしての才能があると考えられます。それはシュリック自身も分かっていると思います。ですから、私は魔法ギルドの当主として、彼を勧誘したのですが…」 「断られてしまったのでしょう」 エレボスが、レミーナが次に言う言葉をあっさりと言ったので、レミーナは少し驚いた。 「シュリックには、恋こがれていた人がいましてな…」 「マウリのことですね」 エレボスは、はっとしてレオを見た。レオは真剣な顔つきでエレボスを見ている。 「シュリックから聞きました。詳しいことは分かりませんので、よかったらお話していただけますか?」 エレボスは、少し考えてから答えた。 「…分かりました。立ち話もなんですから、こちらへどうぞ」 * レオとレミーナは、ソファーに腰を掛け、差し出されたお茶をいただきながらエレボスの話を聞いていた。 話の内容は、こうだった。 母親を亡くし、体も弱く、ろくに遊ぶこともできないシュリックを、ふびんに思ったエレボスや周りの人は、シュリックに対して常に優しく接していた。 シュリックは、多くの人に温かく見守られ、純粋で素直な性格に育った。 神官長であるエレボスを心から尊敬し、自分も神官を目指そうとしていた。 しかし、甘やかされすぎていたため、自己中心的な面も内に秘めていた。 それは、マウリにふられてから現れた。 シュリックは誰に対しても不満や皮肉を言うようになった。特に、マウリが結婚したという噂を聞いてからが、相当ひどかったらしい。 しかし、それでもシュリックは神官に憧れ、毎日のように勉強し続けた。 おそらく、自分をふったマウリを見返すため、もしくは認めてもらうためだろう。どちらにしても、神官に執着するのはそのためだ。 そして数日前、急に体調がよくなってから、シュリックは変わった。 誰に対しても広い心で接するようになった。 そして、事件が起こった。 今だ強く恋こがれているマウリとよく似た女性を目の前にして、自己中心的な面も手伝い、感情を押さえきれなかったのだろう。 エレボスは、ため息を一つついた。 「私がちゃんと善悪の区別がつくよう育てていれば、こんなことには…」 レオとレミーナは、真剣にエレボスの話を聞いていた。 「しかし、あなた方のおかげで、シュリックは自分の罪に気がついたのです。なんとお礼を言えばいいのでしょうか…」 レオとレミーナは、とりあえず「はあ…」とだけ言っておいた。 実は、シュリックはまだ善悪の区別がついていない。現に、問答無用でレオをさらった。 しかし、そのことをエレボスに言うのは少々酷なので、二人は黙っておくことにした。 「…しかし、その頃のマウリは破壊神に操られていたので、シュリックが傷つくようなことを言ってもおかしくはないな…」 そう言ったレオの顔は、少し悲しそうだった。 「…それでもマウリさんのことが好きだったのね。でも、いくら似ているからって、どうしてレオに惚れ…」 そう言いかけたレミーナの口を、レオが慌ててふさいだ。 「レオ様が、どうかなさいましたか?」 「いやあ何でもありませんハッハッハッハ」 レオの態度を、エレボスは妙に思ったが、それより他のことを思い出した。 「そうです。レミーナ様。息子からお金を預かっております。レミーナ様にお渡しするよう言われておりますので、今、お渡しします」 「えっ!?」 とたんにレミーナの目が輝いた。 エレボスは、ずしりとした布の袋を取り出し、レミーナに渡した。 レミーナは、そそくさと袋の中を拝見した。 「うえっ、こんなに!?シュリックって、すっごくいい人ね!!」 「レ、レミーナ…。そろそろ失礼するぞ。エレボス殿。ごちそうになりました」 感激しているレミーナに、レオは少しあきれぎみだ。エレボスも、何やら驚いているようだ。 「エレボスさん。お茶はとってもおいしかったわ!!」 「は、はあ…。よかったら、また来てください」 エレボスは、驚いた顔のままで、二人を見送った。 * 神殿を出てから、レオとレミーナは、しばらく近くの石段に腰を掛けていた。 レオは難しそうな顔でうつむいており、レミーナは、袋の中のお金を数えている。 レオがポツリと呟いた。 「…しかし、生まれつき弱かった体が、急に良くなることなどあるのだろうか…」 それを聞いたレミーナは、袋のひもを締めた。 「それは無理だと思うわよ。病気だったら神官に治してもらえるだろうけど」 レミーナの口調は、やけに明るかった。お金をもらって、機嫌がいいのだろう。 「生まれつき弱い体を良くするのに、魔法は効かないわ。長い年月をかけて、少しずつ治していくものよ。それには、まず精神が安定していなければいけないわ。どんなに安静にしていても、精神が病んでちゃ良くならないわ。…シュリックは、それまでずいぶんカリカリしていたみたいだし…」 レオは、うーんとうなった。レミーナはまだ機嫌がいい。 しかし、次のレオの言葉で、レミーナは険しい表情となった。 「…いや、一つだけ方法があるかもしれん。六年前、病に倒れたマウリに飲ませた薬があれば…」 レオは、六年前の出来事を、昨日のように思い出すことができた。 故郷を襲った流行病。 病に倒れた者は、薬を飲んだマウリ以外、誰一人として助からなかった。 そして薬には、飲んだ者をゾファーのしもべにしてしまうという呪いが込められていた。 「…薬ではないか。あれは、ゾファーの血なのだから…。しかし、それを飲むことにより、マウリの病は治り、それからも病気になることはなかった…」 レオは、悲しそうな顔でうつむいた。 「でも、シュリックは何かに操られている気配はなかったわ」 そう言いつつも、レミーナは不安を隠せなかった。 二人はしばらく黙っていたが、急にレミーナが口を開いた。 「それよりさぁレオ。まだシュリックをふっていないんでしょ」 「…ああ」 レオは、まだうつむいている。 「さっさとふっちゃったほうがいいわよ。でないと、後でもっとシュリックを傷つけることになるわ」 「…ああ」 レオの生返事に、レミーナはイライラし始めた。 「それに、レオにはもう好きな人がいるじゃない」 ようやくレオは顔を上げた。 「ななななぜそれを!?…い・いや、そんなことは知らんっ」 あいかわらず、嘘が下手だ。 「隠さなくてもいいわよ。何にしろ、自分のためにも、シュリックのためにも、ぜったいふったほうがいいってば!」 「…ああ」 レオは再びうつむいた。 「…ああ、じゃなくてぇ…。もうっ。とにかく、あたしはこれからシュリックに会って、もう一度勧誘してくるから。あんたもパッパとふっちゃいなさいよ!」 レミーナは立ち上がると、さっさと行ってしまった。 その後も、レオはしばらくうつむいていた。 …いずれはシュリックをふらなければならない。そのことは分かっている。だが、その前に、シュリックに正義というものを教え、善悪の区別がつくようにしなければいかん。そうでなければ、ふったところで再び罪を犯してしまうだろう。…しかし…。 レオは空を見上げた。 昼間でも、青き星は美しく、静かにルナを見下ろしている。 …私は、かつてゾファーの復活に手を貸してしまった。知らぬこととはいえ、私には罪があるのだ…。その私に、正義を語る資格などない…。 レオは、じっと青き星を見上げていた。 しかし、急に顔が引き締まり、勢いよく立ち上がった。 その、まっすぐと前を見つめる瞳に迷いはない。 …ならば、あの手を使うしかない!! レオは颯爽とその場を去った。 その凛とした後姿は、彼本来の性格をあらわしているようだった。 * 赤く染められている空の下、シュリックは、一人で山のふもとを歩いていた。 他の見習い神官たちには、「少し散歩してから帰る」と言って、先に帰ってもらった。 シュリックは、歩きながらレオのことを考えていた。 …レオ様が僕のことを愛してくれるようになったら、テミスへ連れて行こう。もし父さんが、僕たちのことを認めてくれなかったら、一緒に旅をするのもいいな。 今のシュリックの様子を、分かりやすく言えば、夢見る少女モードだ。いや、少年か。 シュリックは、本気でレオに対して純粋な想いを寄せていた。 修行の時も、レオのことばかりを考えており、今すぐにでもレオに会いたくて仕方がなかった。 …今、転送の魔法を使えば、すぐに会えるな…。 そう思い、シュリックは印を結ぼうとした。 「ちょっとー、シュリック――――!!」 その時、レミーナの声がしたので、シュリックは声がした方を向いた。 「あ、レミーナ様」 レミーナは、シュリックの元へ走ってきた。 「何してんのよ。修行は終わったの?」 「はい。ところで、レミーナ様。神殿には行きましたか?僕の父にお金を渡してあるのですが…」 「あー。それならもう貰ってるわ。ありがとう!!」 レミーナの笑顔は、まるで天使のようだった。お金が絡んでいると思うと、少し悲しくなる。 シュリックも、にっこりと微笑んだ。 「そうですか。よかった…。レミーナ様。僕はこれからレオ様に会いに行きますけど、一緒に行きますか?」 レミーナは、少したじろいだ。 シュリックには、レオをさらったことに対して、罪悪感がないのだろうか。 レミーナは少しせき込むと、真剣な顔つきでシュリックを見た。 「ねえ、シュリック。本当にそれでいいと思っているの?」 シュリックは、きょとんとした顔でレミーナを見た。 「何がですか?」 「だから、レオのことよ」 レミーナは、シュリックの態度に少し困りながら言った。シュリックは、しばらくきょとんとしていたが、急に暗い顔で訪ねた。 「…レミーナ様も、男同士ではダメだと言いたいのですか?」 …そりゃそうよ。 レミーナはそう思ったが、口には出さないでおいた。 「そうじゃなくって、レオを閉じ込めておいていいのかって聞いたのよ」 「愛する人と一緒にいることのどこが悪いんですか?」 シュリックは、レミーナの質問の意味が、よく分かっていないようだ。 レミーナは、ため息をついた。 「それは悪くないけど…。あたしが言いたいのは、愛しているからといって、一方的に相手を振り回すのは、よくないってことよ」 今度こそシュリックは、レミーナの言葉を理解したようだ。 シュリックは、複雑そうな目でレミーナを見る。 「レオは、あなたのことを嫌っているわけじゃないけど、特別な想いを抱いているわけでもないわ。それは分かっているでしょう?なのに閉じ込めたりしていいと思っているの?本当に好きなら、その人が嫌がるようなことはしないはずよ」 レミーナは、はっきりとした声で言った。 シュリックは、悲しそうにうつむいてしまった。 「…レオ様、嫌がっていたんですか…」 「う〜ん。困っていると言った方が正しいかもね。でも、レオは気を使って、口には出さないだけなのよ」 シュリックは、考え込んでしまった。しだいに、自分がやったことに罪悪感を感じてきた。 しかし…。 シュリックの心の奥底から、妙な言葉が聞こえてきた。 うまく聞き取れないが、言葉だということだけは分かった。 急にドロドロとした黒いものが、シュリックの心に侵入してきた。 シュリックは、細く微笑み、顔を上げた。 「大丈夫ですよ。僕は頭もいいし、魔法の才能だってありますから。すぐにレオ様も、僕のことを愛してくれるようになります。レオ様なら、僕に神官としての力がなくたって、認めてくれる…」 急にシュリックの態度が変わったので、レミーナは少し驚いたが、すぐに言い返した。 「それを一方的って言うのよ。そんなんで、レオが自分のことを好きになってくれると思うの?」 シュリックは、鼻で笑った。 「レオ様は、マウリ様とは違いますよ。優しいですし、恋人だっていないようですから」 「まあ、恋人はいないけど、好きな人だったらいるし……あっ!」 レミーナは、慌てて口をふさいだ。 今まで、シュリックを気づかい、レオの想い人については言わないよう、注意しながら話していたが、つい口を滑らしてしまった。 シュリックの表情が、険しくなった。 ふいに、シュリックはレミーナに背を向け、しばらく何かをぼやいているようだった。 「だったら、僕がその人より上になればいいだけです。…それとも…消してしまいましょうか。そのほうが、ずっと手間がはぶけていいですね」 シュリックは、恨みの念がこもった低い声で言った。 それを聞いたレミーナは、カッとなってまくしたてた。 「あ、あんた…何バカなこと言ってんのよ!本気でそんなことをするつもり!?何度も言わせてもらうけどねぇ、それを一方的っていうのよ!それじゃいつまでたってもレオに好かれやしないわ!それどころか、レオに叩きのめされるわよ!人を消すだなんて、冗談でも口にするもんじゃないわ!第一、あたしがそれを…」 「うるさいですよ。レミーナ様」 シュリックは、レミーナの言葉を遮断すると、振り返り、何歩か後ずさった。 「例えレミーナ様でも、邪魔をするのなら、痛い目にあってもらいます」 そう言って、レミーナに向けて手をかざした。 はっとしたレミーナは、とっさに呪文の詠唱を始めた。 しかし、すぐさまシュリックの手のひらから炎が生じた。 …しまった!すでに呪文の詠唱を終えていたの!? 炎はレミーナに向けて放たれた。 …間にあわない! レミーナは、呪文の詠唱を中断し、身をかためた。熱気がレミーナの頬を焦がす。 しかし、炎がレミーナにふれることはなかった。 「アースファング!!」 突然、レオの声が響いた。 同時に、レミーナの足元の土が盛り上がり、レミーナは後ろに転げ落ちた。 土は巨大な怪物の口を型どり、牙をむき出しにした。そして、炎を呑み込むと、地中に潜っていった。 「なっ…」 シュリックは、何事もなかったかのように平らになっている地面を凝視した。 「いったぁ〜いっ。…あれ?レオの声がしたんだけど…」 レミーナは、きょろきょろと辺りを見まわした。 と、これもまた突然に、高らかな笑い声が響いてきた。 「ハーッハッハッッハッハッハッハッハ!!!」 「え?レオ様?」 シュリックも驚いて辺りを見まわす。 「あ、あそこに!」 レミーナは、少し離れた所にある、大人二人分ほどの高さのある岩の上を指した。 そこには、腕を組んだレオが、堂々と立っていた。 ちょうど夕日を背にしているので、逆光で輪郭しか分からないが、風になびいている長い髪と、先程の声からして、レオであることが分かる。 「な、何カッコつけてんのよレオ!」 「私はレオではな――――い!!!」 「へ?」 「はい?」 レミーナとシュリックは、わけも分からず、口を開けたままレオを見ている。 レオは、「とうっ」とかけ声を上げて岩から飛び降り、レミーナの前で華麗な着地を決める。 そして、すっと背筋を伸ばし、シュリックと向かい合った。 すると、レオの様子がはっきりと分かり、シュリックは吹き出してしまう。 騎士姿で、赤いマントをなびかせており、なぜか白い仮面で顔の上半分を隠している。 「レ、レオ様?レオ様じゃないって…レオ様じゃありませんか」 「私はレオではないと言うに!」 レオは、どう見てもレオであるにもかかわらず、声を張り上げて否定した。 …ここまで来れば、もうお分かり頂けるだろう。 この超怪しげでプッツン気味の、レオのクセしてレオではないと言い張る、正体明確な仮面男。…そう。ついに彼が登場してしまったのだ。 「私は、正義の使者『仮面の白騎士』である!!」 …彼のテンションの高さは、レミーナをも圧倒した。 (第七章へ) ※『アースファング』…メガCD版の最高位の魔法。大地の力で範囲内の敵を攻撃 |