LUNAR2ばっかへ

時には闇肥ゆる愛


 "第七章  邪なる影の始動"

 赤く、柔らかい光に包まれているアルテナ像の前で、リシュタは何やら考え事をしていた。
 空が赤くなり始める少し前から、ここに立っているのだが、時々空を見上げては、ふう、とため息をついていた。
 リシュタは、レミーナに言われ、昼過ぎからテミスで魔法ギルドの勧誘をしていた。しかし、話しかけるまではいいのだが、魔法ギルドの名前を出すと、全員そそくさと去ってしまった。そのため、一人も誘うことができず、今に至る。
 リシュタは、再びため息をついた。
 そこへ、ヘレナがやってきた。
「リシュタ。そっちはどうだった?」
 ヘレナは笑顔で歩み寄ってきたが、近づいてくるにしたがって、少しひきつっていることが分かってくる。
「だめだわ。魔法ギルドの名前を出すと、みんな逃げてしまうんだもの」
「そう…。こっちもよ」
 ヘレナは、やれやれと肩をすくめた。
「確か、テミスでは以前レミーナ様が勧誘をなさっていたようね。レミーナ様ったら、一体何をしでかしたのかしら」
 ヘレナがそう言うと、リシュタはクスッと笑った。しかし、すぐ暗い顔でうつむいてしまう。
 それに気がついたヘレナは、心配そうに尋ねた。
「どうしたの、リシュタ…」
「ううん、なんでもないわ」
 そう言って、リシュタは微笑んでみせた。しかし、どこかぎこちない。
「大丈夫よリシュタ。ここがだめでも、ノートならきっといい人材が見つかるわ」
 ヘレナが励ましても、リシュタはまだ暗い顔でいる。
「…心配?」
 ヘレナは、リシュタの顔を覗き込んだ。
「え、何が?」
「レオ様のことよ」
 とたんに、リシュタの顔が真っ赤に染まった。
「え、あ、その…」
「そうよね〜。あんなことになってしまわれたのだからね〜」
 ヘレナは、しみじみと言った。リシュタはおろおろしている。
「何か私にも力になれることがあればいいのだけれど…。そうだわ!私がレオ様の彼女のふりをするなんてどうかしら?」
「ね・姉さんがレオ様とお付き合いを!?そ、で、でも、私…」
「ふりよ。彼女のフ・リ☆何をそんなに慌てているの?」
 そう言って、ヘレナはにっこりと微笑んだので、リシュタは困ってしまった。
「うふふ。リシュタったら〜♪」
 ヘレナは、リシュタの顔を覗き込んだ。
「な、何、姉さん…」
「リシュタは、レオ様のことが好きなのね」
 リシュタは、両手をぶんぶん振り回し、口をぱくぱくさせて、必死に何かを訴えようとする。
「なっななっなな、あの、その、あの…」
「隠そうとしなくてもいいわよ。あはははっ、リシュタったら、かーわいーいっ☆」
 リシュタは何も言い返せず、黙ってうつむいてしまった。
 ヘレナは優しく微笑むと、リシュタの頬をそっと撫でた。
「そうね。リシュタも、もう恋をしてもおかしくない年頃だものね…」
「…姉さん、私…」
 ヘレナは至って優しい顔だった。リシュタは、まだうつむいている。
 しかし、急に顔を上げると、不安げにあたりを見まわした。
 ヘレナも、厳しい顔をしている。
「姉さん…」
「ええ。何かしら、この感覚…」
 二人は何かを感じているらしく、しばらくその場で辺りの様子をうかがっていた。
「嫌な予感がするわ。リシュタ。レミーナ様とレオ様を探しに行きましょう」
「ええ…」
 二人は、あてもなく歩き出した。
 リシュタは泣きそうな顔で、レオとレミーナの姿を求めた。
 …レオ様、今どこに…。

   *

「あの、レオ様?」
「レオではな――――い!!」
「はいはい。仮面の白騎士さんでしょ」
「その通り」
 シュリックの頭の中は、まだこんがらがっていた。
 目の前で堂々と立っている人物は、仮面とやたらと高いテンションを除けば、どう見てもレオだった。声色といい、体格といい、レオ以外に考えられる人物はいない。
「えーっと。では、あなたはレオ様とはなんの関係のない人なんですか?」
「そういうわけでもないがな」
「はあ…。とにかく、レオ様ではなく、別の人なんですね」
「うむ」
 レミーナは、レオ…ではなく、白騎士とシュリックのやりとりを見て、少々あきれている。
 …まったく。まだこんなことをやっているのね。
 念のため説明しておこう。
 彼、仮面の白騎士の正体は、当然レオである。
 彼は、ヒーロー戦隊物のヒーローほとんどが仮面をつけているからという理由で、自分も仮面をしているわけではない。これには深い訳があるのだ。
 レオは、今でも自分の過去の過ちを責め、正義を語る資格などないと思っている。
 しかし、困っている人や、悪事を黙って見過ごすこともできず、自分と同じように過ちを犯してしまう人が出ないよう、多くの人に真の正義について語り、この世界のために、正義の刃をふるうことが、己の使命だとも思っていた。
 そして、悩んだ末に彼が下した結論。
 …正体を隠すことにより、レオとは全く別の人物となり、正義を為す。
 その人物こそが、正義の使者『仮面の白騎士』である。
 ただ、正体がバレバレである上に、自分は完璧な変装だと思い込んでいる。
 そのため、周りの人々は、あえて正体に気がつかないふりをしなければならない。そうでもしなければ、彼はしつこく否定し続ける。
 気のきかない正義の味方もいるものだ。真面目すぎるのやら、アホなのやら、個性のある男だ。
 ということで、これからは仮面をつけているレオのことは、『白騎士』と呼ぶとする。
「そうですか。レオ様によく似ているので、間違えてしまいました。ごめんなさい。仮面の白騎士さん」
 どうやらシュリックも、白騎士への対応の仕方に気がついたようだ。
「いや、白騎士でいい。ところで、そのレオのことなのだが、彼とは親友でな…」
 レミーナの姿勢が、少し崩れた。
「なんでも、お前はレオの言い分も聞かずに閉じ込めたそうだな。そのことが、どのような行いであるか分かっておらぬようだ」
 シュリックは、ムスッとして答えた。
「あなたもレミーナ様と同じことを言うんですね。僕は…」
「シュリックよ」
 シュリックの言葉を、白騎士がさえぎった。
「まず、お前には、正義というものを一から叩き込む必要がある。私の話を聞くのだ。そもそも、正義というものはだな、生きとし生けるもの全てをいたわり、思いやる気持ちが大切なのだ。常に自分を客観的に見ることで、相手と同等の立場に存在することを…」
 説教モードに入った白騎士は、止まることなく話し続けた。それを素直に聞き続けているシュリックも、恐るべき集中力だ。
 とうとう空が暗くなり、星が出てきてしまった。
 レミーナは暇を持てあましていたが、話が終わりそうになってきたので、念のため、呪文の詠唱をしておくことにした。
 ようやく話が終わり、シュリックは、しみじみとうなずいた。
「…そうですね。白騎士さんの言う通りです。僕は間違っていたんですね…」
 シュリックは、すっかり改心しているようだった。
「過ちを犯してしまうことは、誰にでもあることだ。しかし、それを正そうとする…」
 白騎士が、そう言いかけた時、シュリックの態度が一変した。
「そうやって僕を騙そうとするつもりですね。その手には乗りませんよ」
 シュリックは、白騎士を睨みつけた。
 レミーナに、緊張が走る。しかし、白騎士はそうでもない。
「騙すとは人聞きが悪いな。私の話は、お前の…」
「うるさい!僕の邪魔をするな!!」
 突然、シュリックの足が地面から離れ、体を宙に浮かび上がらせた。
「何!?」
「嘘!!」
 白騎士とレミーナは、同時に叫んだ。
「誰にも僕の邪魔をさせるものか!!邪魔するやつは、みんな消してやる!!」
 シュリックは、両手を高々と掲げた。すると、たちまち巨大な火球が、シュリックの頭上に生じた。
「ちょっとぉ!呪文の詠唱をしていないじゃないの!反則よ!!」
 そう叫びながら、レミーナも負けじと印を結んだ。
 白騎士も剣を抜き、魔法力を高める。
 シュリックが、両手を突き出した。
 ふと、シュリックの背後で、何やら黒い塊が揺らめいていることに、白騎士とレミーナは気がついた。
 …あれは…まさか!!
 …そんな、どうして!?
 火球が、二人に向けて放たれた。
 巨大な火球は、二人を呑み込まんと、凄まじい熱気を放ちながら向かってきた。
「わぁちゃちゃちゃちゃっ、フリーズクロー!!」
 熱気にもだえながら、レミーナが叫んだ。
 地面から氷のヤリが突き出し、白騎士とレミーナを、守るように囲んだ。周りの空気が冷やされ、レミーナは一息ついた。しかし…。
「あ、こら、レミーナ、何を!!」
 白騎士が、あわただしく騒ぎだした。
「え、何よ。あ、え、あ――――!!」
 火球が氷と衝突した瞬間、凄まじい衝撃波が、シュリックを襲った。
「な、何だあ!?」
 シュリックは、飛ばされながらも体勢を整えようとする。
 衝撃波がおさまると、辺りは砂煙に包まれていた。
 シュリックは、砂煙の中を、目をこらして見た。
 しだいに、辺りの様子がハッキリとしてきた。
 白騎士とレミーナがいた所を中心に、小規模なクレーターができていた。所々、土砂で埋もれており、土が盛り上がっている。
 二人の姿は、見当たらない。
「あ…」
 シュリックの顔が、恐怖でゆがめられた。
 …殺した…。
 シュリックの心の中で、何者かがつぶやいた。
「あ、そんな、そんな…」
 …お前が殺した。
「違う!僕じゃない!!」
 シュリックは、両手で顔を覆い、叫んだ。
 …勝手に力を引き出しおって…。少々計算が狂ったが、まあいい。
「計算って何だよ!力なんて知らないよぉ!!」
 シュリックの足元に、魔法陣が描かれた。無意識の内に転送の魔法を使ったのだ。
 呪文の詠唱は、ない。
 そして、光に包まれ、シュリックは姿を消した。

   *

 テミスの北の方で、強い光が生じたのを見たヘレナとリシュタは、急いで現場に駆けつけた。
「姉さん、これは…」
 リシュタは、目の前に広がる光景に、気を失いそうになった。
 所々が土砂で埋もれている小規模なクレーターが、闇の中で空を仰いでいる。
 二人は足元に注意しながら、クレーターの中心へと下りていった。
「どうしてこんなものが…。また、シュリックさんが?」
 ヘレナは、リシュタの手を引きながら、不安そうにつぶやいた。
「まさか、レオ様とレミーナ様の身に、何か…」
「リシュタ、そんなことは言うものではないわ!」
 ヘレナがそう怒鳴ったが、リシュタの瞳は、かすかに濡れている。
 二人は、土砂を避けながら歩いていたが、突然ヘレナが転んだので、リシュタも、それに続いて転んだ。
「イタタタタ…。姉さん、どうしたの?」
「い、今、何か柔らかいものを踏んだような…」
 ヘレナが立ち上がろうとした、その時、リシュタが叫んだ。
「いや――!!て、手が―――!!!」
 ヘレナは、驚いて足元を見た。
 砂だらけの手が、土砂の中から突き出ている。
「違うわリシュタ。人が土砂の中に埋もれているのよ。ほら、手伝って」
 しかし、リシュタは腰を抜かしており、立ち上がれそうもない。
 仕方なく、ヘレナは呪文を詠唱すると、風で土砂の大半を吹き飛ばし、残りの土は、丁寧に手で払った。
 しだいに、土砂に埋もれていた人物が見えてきた。
 暗くてよく見えないが、身なりとりんかくからして、何者かが分かった。
「レミーナ様!!」
 ヘレナが驚愕すると、リシュタも慌てて立ち上がろうとしたが、無理だった。
 ヘレナは、レミーナを起こそうとしたが、レミーナは自ら起きあがった。
「レミーナ様!…よかった。ご無事でしたか…」
 リシュタは、へたり込みながらも言った。
 ヘレナは、レミーナの服の汚れを払った。レミーナは、口から泥を吐き出し、せき込んだ。
「うべっ、ぺっぺっ。窒息するかと思ったわ!ケホッ、ヘレナさん、ありがとう」
 ポケットから取り出したハンカチで、砂まみれのレミーナの顔を拭くと、ヘレナは尋ねた。
「レミーナ様、無事で何よりですわ。一体何があったんですの?」
「それが、まずいことになったわ。シュリックが、レオもろと…あれ?レオは?」
 レミーナの言葉に、突然リシュタが立ち上がった。
「レオ様もいらしたんですね!レオ様、どこですか!レオ様―――!!」
 …腰を抜かしていたんじゃなかったの?
 ヘレナは少し笑ったが、レミーナの髪にこびりついている砂まで払い終えると、呪文の詠唱を始めた。
「リシュタ、少し下がっていて」
 そう言って、ヘレナが印を結ぶと、風が生じ、土砂を吹き上げていった。しかし…。
「こ、こら、待て、やめてくれ!!」
 突然、レオの声が辺りに響いた。
「レオ様、無事だったんですね!どこですか!?」
 リシュタは、声のした方へ走った。
「ちょっと待て、来ないでくれ!あと、風も止めてくれ!!」
 吹き上げられた土砂の間から、レオの姿が見えた。何やら慌てている様子で、マントで顔を隠しながら、おろおろと辺りを見まわしている。
 ヘレナとリシュタは首をかしげるが、レミーナは、ニヤリと笑うとヘレナに命令した。
「ヘレナさん、続けて!」
「え?ですが…」
「いいから、もっと強力なのをやって!!」
「レミーナ、貴様ぁっ!!」
 ヘレナは、とりあえずうろたえた。
 リシュタも、どうすればいいか分からず、おろおろしていたが、ふと、妙な物体が目の前まで飛んできたので、とっさにそれを手で受け止めた。
「…なにかしら」
 それは、仮装パーティー等で使いそうな、優雅な仮面だった。
 怪しげとも言う。
 突然、リシュタの前を、猛スピードでレオが横切った。何事かと、リシュタたちはレオが走り去った方へと目をやった。
 レオは、レミーナたちに背を向け、風でなびく髪を、うっとうしそうに手で束ねると、素早く頭に紐をくくりつけ、ちょうちょ結びに結った。
 いつの間にか、リシュタの手から仮面が消えている。
 レオはしばらく動かずにいたが、風がおさまると、マントをひるがえし、レミーナたちと向かい合った。
「レミーナ、危ない所であったな。無事で何よりだ」
 仮面をしているレオを見て、レミーナは小さく舌打ちをした。
 …もう少しで、正体を暴露できそうだったのに…。
「レオ様…。よかった。心配しました…」
 リシュタは、レオに駆けよると、涙を浮かべてすがりついた。しかし、レオはすぐにリシュタを引き離す。
「お嬢さん。残念ながら、私はレオではない」
 リシュタだけではなく、ヘレナまでもがその言葉に驚いた。
 レミーナは、あきれた顔で、レオに話しかけた。
「…白騎士さん。あたしたち二人のコンビネーションって、最悪よね…」
「そうだな。まあ、そんなにがっかりするでない」
「別にがっかりしちゃいないわよ!あの時、あんたがあんなことをしなけりゃ、もっとマシな助かり方をしたのにィッ!!」
 レミーナは、髪の毛を逆立てそうな勢いで憤怒した。
 あの時とは、シュリックが放った火球を氷で防ごうとした時のことである。
 レミーナが魔法を使った時、実は、レオも円空牙を放ったのだ。
 光の刃のは、円を描くようにして現れた氷の真下から噴き出し、氷を砕いてしまった。
 さらに、氷が地中から出現した勢いで、周辺の土はもろくなっており、しかも円空牙の威力も強いため、大量の土をえぐっては吹き上げてしまった。
 結局、火球は防ぐことはできたが、二人共土砂に埋もれてしまったのだった。
「あの、レオ様。白騎士って…」
「レオではない。白騎士が私の名前である」
 リシュタは、ますます混乱してしまった。そこに、レミーナが口をはさんだ。
「後であたしが説明するわ。今はシュリックを探さなきゃ」

   *

 シュリックは、テミスのアルテナ像の前に立っていた。
 辺りは暗く、人の気配もない。
 空は薄い雲に覆われており、青き星は、おぼろげにしか見えない。
「アルテナ様…」
 シュリックは、涙目でアルテナ像を見上げていた。
 …アルテナに助けを請うても無駄だ。
「うるさい!!」
 シュリックは、頭の中に響く声に向かって叫んだ。
「僕は、あんなことをする気はなかった!あ、あの時、僕は白騎士さんの話をちゃんと聞いていたのに、お前が、お前が何かしでかしたんだろ!僕のせいじゃない!僕のせいじゃ…」
 涙をぼろぼろとこぼし、しゃくりあげながら、シュリックは、わめき続けた。
 …私が憎いか?
 低く、冷たい声が、再びシュリックの頭の中で響く。
「当たり前だ!!」
 …それでいい。
「何だよっ!」
 楽しんでいるかのように聞こえる声に、シュリックはいら立たしげに怒鳴った。
 …憎しみは、我が力の糧となる…。ククク…、よく私をここまで育ててくれたな。
「何を言ってるんだ!そんなこと知らないよ!!」
 …だが、お前が私の力を引き出したことは計算外だった。しかし…。
 突然、激しい頭痛と吐き気に襲われ、シュリックはひざをついた。
 苦痛に身をよじらせ、失いそうな意識を、必死に保とうとする。
「な、何を…」
 …さあ、お前の病弱な体を治してやった恩。今、返してもらおう。
 しだいに、シュリックの意識は薄れていった。体に力が入らず、仰向けになって地に伏せる。
「レオ様…」
 意識が消えると同時に、シュリックの心は、闇で埋めつくされた牢獄の中へと放られた。

 (第八章へ)

※『フリーズクロー』…メガCD版の最高位の魔法。氷を突き上げて、範囲内の敵を攻撃


LUNAR2ばっかへ