"第七章 邪なる影の始動" 赤く、柔らかい光に包まれているアルテナ像の前で、リシュタは何やら考え事をしていた。 空が赤くなり始める少し前から、ここに立っているのだが、時々空を見上げては、ふう、とため息をついていた。 リシュタは、レミーナに言われ、昼過ぎからテミスで魔法ギルドの勧誘をしていた。しかし、話しかけるまではいいのだが、魔法ギルドの名前を出すと、全員そそくさと去ってしまった。そのため、一人も誘うことができず、今に至る。 リシュタは、再びため息をついた。 そこへ、ヘレナがやってきた。 「リシュタ。そっちはどうだった?」 ヘレナは笑顔で歩み寄ってきたが、近づいてくるにしたがって、少しひきつっていることが分かってくる。 「だめだわ。魔法ギルドの名前を出すと、みんな逃げてしまうんだもの」 「そう…。こっちもよ」 ヘレナは、やれやれと肩をすくめた。 「確か、テミスでは以前レミーナ様が勧誘をなさっていたようね。レミーナ様ったら、一体何をしでかしたのかしら」 ヘレナがそう言うと、リシュタはクスッと笑った。しかし、すぐ暗い顔でうつむいてしまう。 それに気がついたヘレナは、心配そうに尋ねた。 「どうしたの、リシュタ…」 「ううん、なんでもないわ」 そう言って、リシュタは微笑んでみせた。しかし、どこかぎこちない。 「大丈夫よリシュタ。ここがだめでも、ノートならきっといい人材が見つかるわ」 ヘレナが励ましても、リシュタはまだ暗い顔でいる。 「…心配?」 ヘレナは、リシュタの顔を覗き込んだ。 「え、何が?」 「レオ様のことよ」 とたんに、リシュタの顔が真っ赤に染まった。 「え、あ、その…」 「そうよね〜。あんなことになってしまわれたのだからね〜」 ヘレナは、しみじみと言った。リシュタはおろおろしている。 「何か私にも力になれることがあればいいのだけれど…。そうだわ!私がレオ様の彼女のふりをするなんてどうかしら?」 「ね・姉さんがレオ様とお付き合いを!?そ、で、でも、私…」 「ふりよ。彼女のフ・リ☆何をそんなに慌てているの?」 そう言って、ヘレナはにっこりと微笑んだので、リシュタは困ってしまった。 「うふふ。リシュタったら〜♪」 ヘレナは、リシュタの顔を覗き込んだ。 「な、何、姉さん…」 「リシュタは、レオ様のことが好きなのね」 リシュタは、両手をぶんぶん振り回し、口をぱくぱくさせて、必死に何かを訴えようとする。 「なっななっなな、あの、その、あの…」 「隠そうとしなくてもいいわよ。あはははっ、リシュタったら、かーわいーいっ☆」 リシュタは何も言い返せず、黙ってうつむいてしまった。 ヘレナは優しく微笑むと、リシュタの頬をそっと撫でた。 「そうね。リシュタも、もう恋をしてもおかしくない年頃だものね…」 「…姉さん、私…」 ヘレナは至って優しい顔だった。リシュタは、まだうつむいている。 しかし、急に顔を上げると、不安げにあたりを見まわした。 ヘレナも、厳しい顔をしている。 「姉さん…」 「ええ。何かしら、この感覚…」 二人は何かを感じているらしく、しばらくその場で辺りの様子をうかがっていた。 「嫌な予感がするわ。リシュタ。レミーナ様とレオ様を探しに行きましょう」 「ええ…」 二人は、あてもなく歩き出した。 リシュタは泣きそうな顔で、レオとレミーナの姿を求めた。 …レオ様、今どこに…。 * 「あの、レオ様?」 「レオではな――――い!!」 「はいはい。仮面の白騎士さんでしょ」 「その通り」 シュリックの頭の中は、まだこんがらがっていた。 目の前で堂々と立っている人物は、仮面とやたらと高いテンションを除けば、どう見てもレオだった。声色といい、体格といい、レオ以外に考えられる人物はいない。 「えーっと。では、あなたはレオ様とはなんの関係のない人なんですか?」 「そういうわけでもないがな」 「はあ…。とにかく、レオ様ではなく、別の人なんですね」 「うむ」 レミーナは、レオ…ではなく、白騎士とシュリックのやりとりを見て、少々あきれている。 …まったく。まだこんなことをやっているのね。 念のため説明しておこう。 彼、仮面の白騎士の正体は、当然レオである。 彼は、ヒーロー戦隊物のヒーローほとんどが仮面をつけているからという理由で、自分も仮面をしているわけではない。これには深い訳があるのだ。 レオは、今でも自分の過去の過ちを責め、正義を語る資格などないと思っている。 しかし、困っている人や、悪事を黙って見過ごすこともできず、自分と同じように過ちを犯してしまう人が出ないよう、多くの人に真の正義について語り、この世界のために、正義の刃をふるうことが、己の使命だとも思っていた。 そして、悩んだ末に彼が下した結論。 …正体を隠すことにより、レオとは全く別の人物となり、正義を為す。 その人物こそが、正義の使者『仮面の白騎士』である。 ただ、正体がバレバレである上に、自分は完璧な変装だと思い込んでいる。 そのため、周りの人々は、あえて正体に気がつかないふりをしなければならない。そうでもしなければ、彼はしつこく否定し続ける。 気のきかない正義の味方もいるものだ。真面目すぎるのやら、アホなのやら、個性のある男だ。 ということで、これからは仮面をつけているレオのことは、『白騎士』と呼ぶとする。 「そうですか。レオ様によく似ているので、間違えてしまいました。ごめんなさい。仮面の白騎士さん」 どうやらシュリックも、白騎士への対応の仕方に気がついたようだ。 「いや、白騎士でいい。ところで、そのレオのことなのだが、彼とは親友でな…」 レミーナの姿勢が、少し崩れた。 「なんでも、お前はレオの言い分も聞かずに閉じ込めたそうだな。そのことが、どのような行いであるか分かっておらぬようだ」 シュリックは、ムスッとして答えた。 「あなたもレミーナ様と同じことを言うんですね。僕は…」 「シュリックよ」 シュリックの言葉を、白騎士がさえぎった。 「まず、お前には、正義というものを一から叩き込む必要がある。私の話を聞くのだ。そもそも、正義というものはだな、生きとし生けるもの全てをいたわり、思いやる気持ちが大切なのだ。常に自分を客観的に見ることで、相手と同等の立場に存在することを…」 説教モードに入った白騎士は、止まることなく話し続けた。それを素直に聞き続けているシュリックも、恐るべき集中力だ。 とうとう空が暗くなり、星が出てきてしまった。 レミーナは暇を持てあましていたが、話が終わりそうになってきたので、念のため、呪文の詠唱をしておくことにした。 ようやく話が終わり、シュリックは、しみじみとうなずいた。 「…そうですね。白騎士さんの言う通りです。僕は間違っていたんですね…」 シュリックは、すっかり改心しているようだった。 「過ちを犯してしまうことは、誰にでもあることだ。しかし、それを正そうとする…」 白騎士が、そう言いかけた時、シュリックの態度が一変した。 「そうやって僕を騙そうとするつもりですね。その手には乗りませんよ」 シュリックは、白騎士を睨みつけた。 レミーナに、緊張が走る。しかし、白騎士はそうでもない。 「騙すとは人聞きが悪いな。私の話は、お前の…」 「うるさい!僕の邪魔をするな!!」 突然、シュリックの足が地面から離れ、体を宙に浮かび上がらせた。 「何!?」 「嘘!!」 白騎士とレミーナは、同時に叫んだ。 「誰にも僕の邪魔をさせるものか!!邪魔するやつは、みんな消してやる!!」 シュリックは、両手を高々と掲げた。すると、たちまち巨大な火球が、シュリックの頭上に生じた。 「ちょっとぉ!呪文の詠唱をしていないじゃないの!反則よ!!」 そう叫びながら、レミーナも負けじと印を結んだ。 白騎士も剣を抜き、魔法力を高める。 シュリックが、両手を突き出した。 ふと、シュリックの背後で、何やら黒い塊が揺らめいていることに、白騎士とレミーナは気がついた。 …あれは…まさか!! …そんな、どうして!? 火球が、二人に向けて放たれた。 巨大な火球は、二人を呑み込まんと、凄まじい熱気を放ちながら向かってきた。 「わぁちゃちゃちゃちゃっ、フリーズクロー!!」 熱気にもだえながら、レミーナが叫んだ。 地面から氷のヤリが突き出し、白騎士とレミーナを、守るように囲んだ。周りの空気が冷やされ、レミーナは一息ついた。しかし…。 「あ、こら、レミーナ、何を!!」 白騎士が、あわただしく騒ぎだした。 「え、何よ。あ、え、あ――――!!」 火球が氷と衝突した瞬間、凄まじい衝撃波が、シュリックを襲った。 「な、何だあ!?」 シュリックは、飛ばされながらも体勢を整えようとする。 衝撃波がおさまると、辺りは砂煙に包まれていた。 シュリックは、砂煙の中を、目をこらして見た。 しだいに、辺りの様子がハッキリとしてきた。 白騎士とレミーナがいた所を中心に、小規模なクレーターができていた。所々、土砂で埋もれており、土が盛り上がっている。 二人の姿は、見当たらない。 「あ…」 シュリックの顔が、恐怖でゆがめられた。 …殺した…。 シュリックの心の中で、何者かがつぶやいた。 「あ、そんな、そんな…」 …お前が殺した。 「違う!僕じゃない!!」 シュリックは、両手で顔を覆い、叫んだ。 …勝手に力を引き出しおって…。少々計算が狂ったが、まあいい。 「計算って何だよ!力なんて知らないよぉ!!」 シュリックの足元に、魔法陣が描かれた。無意識の内に転送の魔法を使ったのだ。 呪文の詠唱は、ない。 そして、光に包まれ、シュリックは姿を消した。 * テミスの北の方で、強い光が生じたのを見たヘレナとリシュタは、急いで現場に駆けつけた。 「姉さん、これは…」 リシュタは、目の前に広がる光景に、気を失いそうになった。 所々が土砂で埋もれている小規模なクレーターが、闇の中で空を仰いでいる。 二人は足元に注意しながら、クレーターの中心へと下りていった。 「どうしてこんなものが…。また、シュリックさんが?」 ヘレナは、リシュタの手を引きながら、不安そうにつぶやいた。 「まさか、レオ様とレミーナ様の身に、何か…」 「リシュタ、そんなことは言うものではないわ!」 ヘレナがそう怒鳴ったが、リシュタの瞳は、かすかに濡れている。 二人は、土砂を避けながら歩いていたが、突然ヘレナが転んだので、リシュタも、それに続いて転んだ。 「イタタタタ…。姉さん、どうしたの?」 「い、今、何か柔らかいものを踏んだような…」 ヘレナが立ち上がろうとした、その時、リシュタが叫んだ。 「いや――!!て、手が―――!!!」 ヘレナは、驚いて足元を見た。 砂だらけの手が、土砂の中から突き出ている。 「違うわリシュタ。人が土砂の中に埋もれているのよ。ほら、手伝って」 しかし、リシュタは腰を抜かしており、立ち上がれそうもない。 仕方なく、ヘレナは呪文を詠唱すると、風で土砂の大半を吹き飛ばし、残りの土は、丁寧に手で払った。 しだいに、土砂に埋もれていた人物が見えてきた。 暗くてよく見えないが、身なりとりんかくからして、何者かが分かった。 「レミーナ様!!」 ヘレナが驚愕すると、リシュタも慌てて立ち上がろうとしたが、無理だった。 ヘレナは、レミーナを起こそうとしたが、レミーナは自ら起きあがった。 「レミーナ様!…よかった。ご無事でしたか…」 リシュタは、へたり込みながらも言った。 ヘレナは、レミーナの服の汚れを払った。レミーナは、口から泥を吐き出し、せき込んだ。 「うべっ、ぺっぺっ。窒息するかと思ったわ!ケホッ、ヘレナさん、ありがとう」 ポケットから取り出したハンカチで、砂まみれのレミーナの顔を拭くと、ヘレナは尋ねた。 「レミーナ様、無事で何よりですわ。一体何があったんですの?」 「それが、まずいことになったわ。シュリックが、レオもろと…あれ?レオは?」 レミーナの言葉に、突然リシュタが立ち上がった。 「レオ様もいらしたんですね!レオ様、どこですか!レオ様―――!!」 …腰を抜かしていたんじゃなかったの? ヘレナは少し笑ったが、レミーナの髪にこびりついている砂まで払い終えると、呪文の詠唱を始めた。 「リシュタ、少し下がっていて」 そう言って、ヘレナが印を結ぶと、風が生じ、土砂を吹き上げていった。しかし…。 「こ、こら、待て、やめてくれ!!」 突然、レオの声が辺りに響いた。 「レオ様、無事だったんですね!どこですか!?」 リシュタは、声のした方へ走った。 「ちょっと待て、来ないでくれ!あと、風も止めてくれ!!」 吹き上げられた土砂の間から、レオの姿が見えた。何やら慌てている様子で、マントで顔を隠しながら、おろおろと辺りを見まわしている。 ヘレナとリシュタは首をかしげるが、レミーナは、ニヤリと笑うとヘレナに命令した。 「ヘレナさん、続けて!」 「え?ですが…」 「いいから、もっと強力なのをやって!!」 「レミーナ、貴様ぁっ!!」 ヘレナは、とりあえずうろたえた。 リシュタも、どうすればいいか分からず、おろおろしていたが、ふと、妙な物体が目の前まで飛んできたので、とっさにそれを手で受け止めた。 「…なにかしら」 それは、仮装パーティー等で使いそうな、優雅な仮面だった。 怪しげとも言う。 突然、リシュタの前を、猛スピードでレオが横切った。何事かと、リシュタたちはレオが走り去った方へと目をやった。 レオは、レミーナたちに背を向け、風でなびく髪を、うっとうしそうに手で束ねると、素早く頭に紐をくくりつけ、ちょうちょ結びに結った。 いつの間にか、リシュタの手から仮面が消えている。 レオはしばらく動かずにいたが、風がおさまると、マントをひるがえし、レミーナたちと向かい合った。 「レミーナ、危ない所であったな。無事で何よりだ」 仮面をしているレオを見て、レミーナは小さく舌打ちをした。 …もう少しで、正体を暴露できそうだったのに…。 「レオ様…。よかった。心配しました…」 リシュタは、レオに駆けよると、涙を浮かべてすがりついた。しかし、レオはすぐにリシュタを引き離す。 「お嬢さん。残念ながら、私はレオではない」 リシュタだけではなく、ヘレナまでもがその言葉に驚いた。 レミーナは、あきれた顔で、レオに話しかけた。 「…白騎士さん。あたしたち二人のコンビネーションって、最悪よね…」 「そうだな。まあ、そんなにがっかりするでない」 「別にがっかりしちゃいないわよ!あの時、あんたがあんなことをしなけりゃ、もっとマシな助かり方をしたのにィッ!!」 レミーナは、髪の毛を逆立てそうな勢いで憤怒した。 あの時とは、シュリックが放った火球を氷で防ごうとした時のことである。 レミーナが魔法を使った時、実は、レオも円空牙を放ったのだ。 光の刃のは、円を描くようにして現れた氷の真下から噴き出し、氷を砕いてしまった。 さらに、氷が地中から出現した勢いで、周辺の土はもろくなっており、しかも円空牙の威力も強いため、大量の土をえぐっては吹き上げてしまった。 結局、火球は防ぐことはできたが、二人共土砂に埋もれてしまったのだった。 「あの、レオ様。白騎士って…」 「レオではない。白騎士が私の名前である」 リシュタは、ますます混乱してしまった。そこに、レミーナが口をはさんだ。 「後であたしが説明するわ。今はシュリックを探さなきゃ」 * シュリックは、テミスのアルテナ像の前に立っていた。 辺りは暗く、人の気配もない。 空は薄い雲に覆われており、青き星は、おぼろげにしか見えない。 「アルテナ様…」 シュリックは、涙目でアルテナ像を見上げていた。 …アルテナに助けを請うても無駄だ。 「うるさい!!」 シュリックは、頭の中に響く声に向かって叫んだ。 「僕は、あんなことをする気はなかった!あ、あの時、僕は白騎士さんの話をちゃんと聞いていたのに、お前が、お前が何かしでかしたんだろ!僕のせいじゃない!僕のせいじゃ…」 涙をぼろぼろとこぼし、しゃくりあげながら、シュリックは、わめき続けた。 …私が憎いか? 低く、冷たい声が、再びシュリックの頭の中で響く。 「当たり前だ!!」 …それでいい。 「何だよっ!」 楽しんでいるかのように聞こえる声に、シュリックはいら立たしげに怒鳴った。 …憎しみは、我が力の糧となる…。ククク…、よく私をここまで育ててくれたな。 「何を言ってるんだ!そんなこと知らないよ!!」 …だが、お前が私の力を引き出したことは計算外だった。しかし…。 突然、激しい頭痛と吐き気に襲われ、シュリックはひざをついた。 苦痛に身をよじらせ、失いそうな意識を、必死に保とうとする。 「な、何を…」 …さあ、お前の病弱な体を治してやった恩。今、返してもらおう。 しだいに、シュリックの意識は薄れていった。体に力が入らず、仰向けになって地に伏せる。 「レオ様…」 意識が消えると同時に、シュリックの心は、闇で埋めつくされた牢獄の中へと放られた。 (第八章へ) ※『フリーズクロー』…メガCD版の最高位の魔法。氷を突き上げて、範囲内の敵を攻撃 |