秋田-青森の鉄道旅行記
今回の旅は、学生時代の秋田の友人に42、3年振り会うことと、五能線などに乗車して車窓からの景色をみることでした。
前回は1人旅でしたが、今回は妻との旅となりました。
★1日目
自宅からバスと既存鉄道を使い、「大宮駅」まで行った。そこから「東北・秋田新幹線」に乗換えて「東能代駅」へ向い、そこで「五能線」に再度乗換え、本日の到着駅である「能代駅」で降車した。
駅の改札口で待っていてくれた友人と会い、車で市内のカフェレストランへ行き、当時のことや近況のことを語り合っていると、瞬く間に42,3年の時間が縮まってきた。そうすると当時のことが蘇り青春時代が来たような気持になり、なんとも不思議な気分が経験でき、嬉しくもあった。
次回は、是非とも東京で会おうとの約束をして、歓談は終わりとした。
友人には、車でホテルまで送って戴いた。ホテルまでは行き方も分からず、雨も降ってきたこともあり非常に助かった。
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 秋田新幹線の「大館駅」を過ぎた山間部の日陰のところで、残雪を見ることができた
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八郎潟の埋立地である大潟村の、収穫後の広々とした田園風景
田園風景の遠くに「寒風(かんぷうざん)」らしき山並みが見える
その後、奥羽本線「八郎潟駅」を通過した
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五能線の起点終点の東能代駅
奥羽本線からの乗り換え時、時間が無く指定席券の購入を係員の方に手伝って貰い購入し、その親切な対応に、気持ち良さを覚えた
この電車は、「リゾートしらかみ」で、他に2種類の電車が有り、全て指定席となっている
これで、能代駅に向かった
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★2日目
ホテルから、タクシーで能代駅に向かった。五能線に乗車するまで1時間程度あったので、当地の有名な建物を見学することとした。その場所には、徒歩10分弱で着いた。
当該建物は、国登録有形文化財の「金勇(かねゆう)」と云い、以前は料亭として使われていたとのこと。見学は無料にも関わらず、係員から説明を受けることができラッキー。帰り際に、玄関の売店で買い物をして、その後駅に向かう。
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駅から「金勇」に向かう途中に、「能代バスケミュージアム」を見つけた。
バスケの強豪校「県立能代工業高校」があるからかな
その先に、アーケード街があった。以前は賑わっていたのだろうが、開いているお店が少なく、シャッター街の状況には寂しさを感じた
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この「旧料亭 金勇」は、昭和12年に2代目の「金谷勇助(かねや ゆうすけ)」によって建てられもので、平成10年10月に国登録有形文化財に登録されたとのこと。
能代市は、「米代川(よねしろがわ)」の河口に位置し、秋田杉の木材加工で栄えた「木都」として発展し、その栄華を知らしめるために当初は取引先をもてなすための迎賓館として建てられたとのこと。
大中小の間があり、小間や大広間(110畳:上右の写真)は廉価で貸出しをしている。大広間には音響装置がありコンサートで使われることもあるとのこと。天井も3尺X6尺の無垢の一枚杉を使っており見ものだった。
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「金勇」を見学してから徒歩で駅に向い、着いたら既に「リゾートしらかみ号」がホームに到着していた。15分ほどの停車があり、ホームでは、バスケリンクにボールを入れるゲームが行われていた。乗客を楽しませるためのイベントであった。
乗車してからは、景色の良いところでは、ゆっくり眺めることができるように列車が徐行する。
列車からは見えづらいが、景観の良いところでは10分程度停車して、徒歩でその場所まで行って見学、一方、社内では津軽三味線の演奏を聴衆と、盛り沢山のサービスがあり、愉しい気分にさせて貰った。
そうこうしているうちに「五所川原(ごしょがわら)駅」に到着し、本日の五能線での旅は終わり、駅からホテルへ向かう途中にあった「たい焼き屋さん」でたい焼きを食した後ホテルへ入る。
夕食は、ホテルの最上階にあるレストランでとった。そこから見た景色も変化のあるものであった。
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能代駅では停車時間があるので、ホームでのゴール入れを楽しむことができ、多くの乗客がフリースローに挑戦し、記念品を貰っていた
ホームのバスケパネルに、栃木ブレックス所属の能代工業高校卒業の田臥勇太選手のものもあった
駅員さんに見送られ次の駅へ
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旅は駅弁
能代駅を離れたら、直ぐに車内販売の駅弁を買っての昼食
「海三昧」と「鶏わっぱ」、旅の気分もあり一層美味しかった
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「あきた白神(しろかみ)駅」の案内板には、鰰(はたはた)が、「岩館(いわだて)駅」は、岩館海岸や鉄橋が描かれている 尚、ホームは岩館駅
岩館駅を発車した後に見えた海岸線では、速度を落としての運転となり眺望しやすく、当日は、雨模様の予報であったが、通過時間の12時50分頃は晴れ間が有り、海と空のコントラストが夏を思わせる景観であった
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「十二湖(じゅうにこ)駅」と「ウェスパ椿山(うえすぱ つばきやま)駅」間で、列車の後方を向いて撮影した白神山地
13時13分の撮影であるが、此処では一転して、どんよりとした雲模様で、この雲と山の雪景色、併せて日本海とが、何かもの悲しさを感じさせた
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ウェスパ椿山駅の駅傍に蒸気機関車が展示され、周辺には、ガラス工房(写真赤色の屋根・白色の壁の建物)、展望温泉施設、レストランもあり、ヨーロッパ風の建物が立ち並んでいた 全景の写真撮れず残念
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「深浦(ふかうら)駅」の案内板には、夕日、北前船(きたまえぶね)が描かれている 深浦は、江戸時代から明治時代に寄港地となっていたようだ
深浦駅から「広戸(ひろと)駅」を発車した後に見えた海岸線で、この区間も速度を落としての運転となり眺望しやすく、通過時間の13時37分頃は晴れ間があった
上の中央の2、3枚目の写真では、右側が「大岩」と思われる、また左側の写真では、中央に伸びた岩の後ろに見えるのが、行合崎(ゆきあいざき)と思われる キャンプ場があるとのこと
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「千畳敷(せんじょうじき)駅」の案内板には、平らな岩場である千畳敷が描かれている
この駅は、15分停車となっているので、海岸へ行く前に、リゾートしらかみ「橅(ブナ):2016年7月運行」の前で記念撮影 妻を撮ろうとしたら車掌さんが二人でということで、快く撮影してくれました
その後、海岸まで行き千畳敷を見た 岩畳の見える広さは、潮の干満で違うようで、今回は満潮気味かも
文学碑は、太宰治の「津軽」に、この千畳敷の記述があるので、岩畳生誕を記念して作成したようだ
「津軽」は、作者が1944年5月12日〜6月5日に取材で津軽地方を旅した時のことを題材としているようだ
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「鯵ヶ沢(あじがさわ)駅」の案内板には、右側に滝が描かれているが、これは「くろくまの滝」と思われる、左側に描かれているのは、北限の天然すぎと思われる
鯵ヶ沢駅のホームの建物の壁には、イカ釣船(鯵ヶ沢丸)が描かれている 風物詩として、海岸沿いのイカのカーテン(イカを吊るように干す)があるようで、その場所は「焼きイカ通り」と呼ばれているようだ
駅前には、「白神山地の町」の掲示板があり、世界遺産(自然遺産)1993年12月に鹿児島屋久島とともに登録されたので、観光地としての広告かな
幸運なことに、車内で津軽三味線を聞くことができた また、演奏を聞いていた乗客も女性演奏者と一緒に歌うとのサプライズがあり、鯵ヶ沢駅から五所川原駅間で、愉しい時間を過ごした
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五所川原駅の改札を出る前に、原寸と思われる「津軽佞武多(つがるたちねぷた)」の頭部と、縮小の台部分をみた
発着は1時間に1本程度のようで、ゆっくり時間を掛けながら改札口を出たこともあり、人影はなし
五所川原駅の駅前の風景 人の気配は感じられず
なお、向かって左側に津軽鉄道の「津軽五所川原駅」の改札口が有ることが、翌日分かった
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5枚の写真は、宿泊した五所川原のホテル最上階8階)レストランからの撮影
山は「岩木山(いわきさん)」で、雨や霙の降っていたときのもので、上の左の写真撮影時は17時14分、その隣の写真は1分後のものである
撮影場所から見て、岩木山は南南西方面、写真の街並みは西南西方面である。天候は、写真でわかる通りこの違いであったが、これは岩木山が影響しているかなと思ったところである
太陽の撮影時間は、18時11分とその2分後のもので、五所川原では、西南西の低い山に落ちるという地形となっていることが分かった
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★3日目
ホテルのレストランで朝食をとっていたら、雨ではなく雪が降ってくるのを見た。この時期としては珍しいとのこと。
出発準備をした後、ホテルから徒歩5分程度のところにある「立佞武多の館(たちねぷたのやかた)」で五所川原立佞武多を、「吉幾三コレクションミュージアム」では彼の舞台衣装等を見学した。距離的には100m離れているか否いかの程度である。
その後の予定では、津軽鉄道を乗車してとんぼ返りで「金木(かなぎ)駅」まで行き、五所川原駅から「新青森駅」へ向かう決めていたが、駅員から五能線が降雪で現在運行されていない旨を告げられ、急遽帰路の経路を変更した。先ず、五所川原駅に併設されている津軽鉄道の津軽五所川原駅から終着駅の「津軽中里(つがるなかざと)駅」まで行き、そこからバスで新幹線の停車駅である「奥津軽いまべつ駅」へ、そして北海道新幹線及び東北新幹線を利用して帰ることとし、変更後のコースで帰路についた。
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ホテルのレストランから雪が降っている中でみた岩木山 7時55分撮影
屋根には雪が積もったのが見て取れる 8時13分撮影
遠方に見える山並みは白根山地と思われる この時は薄日が差していた 8時24分撮影
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上の左側の写真は、「立佞武多の館」で、職員に撮って貰ったもので、一番乗りであったので、展示場所まで案内され、直ぐに撮影となった なお、この館には常設で3基展示されており、外国の観光客が大勢見に来ていた
立佞武多の説明文の、一部を以下に記載する
【高さは、台座部分約10m・人形部分約12m、合計約22m前後に統一されている 中心部分に鉄骨製の心棒(トラス)があり、大型の発電機も備えているため、総重量は約17トンにも達する
材料は、木・針金・糸・和紙など、内部に仕込まれる照明は、電球600〜800個、蛍光灯40〜60本である】
呼称については、青森市や青森市周辺と下北が「ねぶた」なのに対し、弘前市を中心とした津軽地方では「ねぷた」と呼ばれるところが多いようだ 五所川原の立佞武多祭りは、8月4日〜8日に開催とのこと
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吉幾三のファンである妻は、大喜びで、舞台衣装の上着を着ての撮影となった
コレクションミュージアムには、舞台衣装・ギター・トロフィー・表彰状等があり、カラオケが行えるスペースも準備されている
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津軽鉄道のオレンジ色の車両「走れメロス号」に、津軽五所川原駅から乗車して終点駅の津軽中里(つがるなかさと)駅まで行った
車内には、津軽半島観光アテンダントの方が乗っていて、奥津軽いまべつ駅までのバスや新幹線の乗り継ぎを調べて頂いたり、この地方のことを津軽弁で話してくれたりと、楽しい時間を過ごした ストーブ列車で有名な鉄道であるが、消防法とかの規制で、この新車両を作ることは難しいとの話もあった
この津軽鉄道の停車駅は以下の通り
津軽五所川原⇒十川⇒五農校前⇒津軽飯詰⇒毘沙門⇒嘉瀬⇒金木⇒芦野公園⇒川倉⇒大沢内⇒深郷田⇒津軽中里 注:緑網掛けの3駅が有人駅
金木は、太宰治が生まれた育った太宰治記念館「斜陽館(しゃようかん)」という建築物があり、電車名の「走れメロス」も太宰治の短編小説からの引用と思われる
また、その記念館の隣と云っていいほどの近くには、津軽三味線会館があり、常設館で津軽三味線を聞くことができる 大分前になるが、此処を訪れたことがあったことを思い出した
津軽中里駅で、バスの待ち時間があまりなかったが、妻が待合所にあるお土産売り場で饅頭を買おうとしたら、手拭いを頂いた。此方の方は、観光客に対する接し方が親切で、リピーターになって欲しいとの気持ちが伝わってくる
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津軽中里駅前にある弘南バス運行のバス停「中里駅前」から乗車した。このバス路線は、北海道新幹線開業日2016年3月26日(土)より、「津軽中里駅〜奥津軽いまべつ駅」間を運行しているとのこと
なお、この路線は国道339号線、県道12号線及び県道14号線を利用している 国道339号線は、階段国道として有名である
路線は、田畑地域と山間部を通り、所々に住居地がある。冬場、強風が吹くと思われる所には、風雪除けの柵が数カ所で見受けられた。県道12号線は、「やまなみライン」の名称がある また、県道12号線は、奥津軽いまべつ駅の近くでは津軽線と並走している
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北海道新幹線津軽いまべつ駅の1>階入口から、左側の徒歩2分ほどの所に津軽線の「津軽二股(つがるふたまた)駅」及び「道の駅いまべつアスクル」がある(上の写真2・3枚目)
道の駅で売っていた「いなり寿司」は、シャリがもち米でピンク色であり、ビックリしつつも食べたが、もち米と云うことでもたれ感があった
駅の外壁や構内は綺麗そのものであって、地域の芸能文化を示すパネルも展示されていた 写真は、青森県無形民俗文化財となっている今別町(いまべつまち)の「荒馬」
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奥津軽いまべつ駅のホームに入ってきた「はやぶさ」に乗車しての帰途となった 大宮には16時38分の到着となった
上の3枚目の写真は、新青森駅到着前の所から見た山並みで岩木山や白神山地方向と思われる
十和田バラ焼弁当は、当方が期待した通りで、肉を美味しく味わえた。13時56分撮影
妻は、いなり寿司や車内で購入したサンドイッチを食した(写真無し)
最後の写真となるが、写っているのは「岩手山(いわてさん)」と思われる ガラスに反射した後席が写り、山の姿が少々ぼけてしまった 盛岡駅に到着する4分前の14時40分撮影
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今回の鉄道の旅は、東北新幹線で締めとなった。人との出会いでは、特に秋田・青森の人々の親切さを非常に感じた旅で、記憶に残るものとなった。