ベッドの下の



 雅子《まさこ》は現在一人暮らし。彼氏の武史《たけし》と順調で、同棲してもいいかなと考えている。
 理由の一つは最近、悪夢を見がちなせいだ。仕事で疲れてるのかもしれないし、友人との気晴らしもあまり効果がない。
 アメリカの都市伝説で、ベッドの下の怪物という話がある。夜更かしをしている子供の足をつかんで引きずり込むという奴だ。悪夢を見るのはそいつのせいかも。たわいもない話だけれど。
 安心できる相手がそばにいれば、悪夢も見なくなるかもしれない。

 天然水のペットボトルを冷蔵庫から出し、ベッドのそばのテーブルでコップに移す。
 閉めようとしたフタがぽろっと落ちて、ベッドの下の方に転がっていった。
 何気なく覗き込んだ雅子は、息を呑んだ。
 あわててスマホのライトで暗がりを照らす。
 奇妙にねじくれた字で「死ね」だの「クソ女」だの、ベッドの床板の裏に書かれていたのだ。
 週に一度くらいは充電式の掃除機を突っ込んで掃除している。その時はこんなものはなかった。
 悪夢を見出した時期とも一致する。 
 ──自分が眠っている間に、誰かがベッドの下にいた?
 ぞわっと寒気が背中を駆け上がっていくのを感じた。
 慌てて持っていたスマホで武史に電話する。

 すぐにやってきた武史が調べると、盗聴器が出てきた。
「気持ち悪い……いったい誰が」
「そういえば雅子。おとといの《《気晴らし》》って何してた」
「え……友達と喋ってお酒飲んだくらいだよ」
「ウソつくなぁっ!!」
「た、武史?」
 武史のスマホから流れる、雅子とセフレの音声。やがてそれは喘ぎ声へと変わってゆく。
 雅子の顔から血の気が引いた。盗聴器を仕掛けたのは、武史。
「俺は本当に愛してた。なんでだよぉ」
 泣くでもなく引きつるでもなく、奇妙な表情の武史が雅子の喉を両手で締めてきた。華奢《きゃしゃ》な武史とは思えないほどの力で。
 やっぱりベッドの下の怪物は存在したんだ、と雅子は意識が遠のきながら思った。嫉妬という怪物が武史を喰らい、そして雅子までも喰い尽くすのだと。


 

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