●笠木 透
1937年岐阜県生まれ。全学連、60年安保の洗礼を受ける。中津川労音を通じ高石ともやと出会い、69年-71年の中津川フォークジャンボリーを企画。その後フィールドフォーク運動を展開、71年「我夢土下座(カムトゲザ、COME
TOGETHER)」を結成。山登り、川下り、陶芸など、自然と触れあいながらの活動のなかで海、山、川の歌、鳥や野の花の歌を持ち前の荒削りな歌声でやさしく、力強く唄う。
「フォークソングは(炭坑で危険を知らせる)カナリヤの歌だ」と、85年「フォークス」を結成。チェルノブイリ、天安門事件、長良川河口堰、反原発から障害者まで唄に取り上げ、94年から現在は「雑花塾」(岩田健三郎、上田達生、増田康記、安川誠、岩田美樹ら)で環境、人権、平和をラディカルに歌い続けている。
一方で、「こんがりここなつ島」ツアーに参加するなど、遊ぶ時も真剣で、「どこかに美しい島はないか」「レイン・ツリー」などのリゾートな歌も手がけている。
最近の曲でベスト5をあげるとしたら、「君よ5月の風になれ」「君が明日に生きる子どもなら」「特攻花」「四万十川」「No!」(次点「流星雨」)。
「私の子供たちへ」「私に人生といえるものがあるなら」「あなたが夜明けを告げる子供たち」などは、時間をかけ、本物のフォークソングとして今や全国で草の根的に唄われるようになった。ともやさんや北山修さんがマイナーとはいえマスコミにも名を残しているのに対し、笠木さんは徹底して無名のフォークシンガーといえる。
ニックネームはマウンテンゴリラ。
笠木さんの「戦い取った自由は必ず戦い取られる。自由とは戦い取るものではなく、求め続けるものだ」という言葉は今も私の胸に刻まれている。
日本のフォークソング運動の要として、全国に数多くのフォーク・グループを育て、近年は「憲法フォークジャンボリー」や「京都ピースナインコンサート」などを開催。高石ともやとは疎遠な時期もあったが、宵々山コンサートの後期にはレギュラーで出演した。
「CD文庫」シリーズで幸徳秋水や田中正造、東日本大震災を取り上げるが、2013年、病に倒れ、永眠。享年77歳。
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●北山 修 (キタヤマ・オ・サム、きたやまおさむ)
1946年生まれ。京都府立医科大学卒業。 九州大学大学院人間環境学研究科教授。
日本のビートルズと言われる「ザ・フォーク・クルセイダーズ」のメンバー。70年前後のフォークブームでは関西、京都フォークの中心的人物の一人として活躍した。解散後は精神科医の傍ら、文筆活動・音楽活動を継続。
77年には自切俳人(じきるはいど)と名乗り、高石ともや、杉田二郎、ナターシャセブンらと、音楽集団「自切俳人とヒューマンズー」(その後「北山修と普通の人々」)を結成。オールナイトニッポンを担当する傍ら、「宵々山コンサート」、「いこまいか。椛の湖ピクニックコンサート」に参加、「夏の時代」コンサートを主宰、と交流を深める。
登場当時は、それまでのナターシャのステージの雰囲気を壊してしまったので、私はちょっと抵抗もあったが、じきにそのユニークでエキセントリックなキャラクターのファンになってしまった。北山さんの言った「聖なる一回性」、「最近の歌は、歌われるためより録音するため、レコードにするためのものになっている」という言葉は今でも忘れられない。
加藤和彦、はしだのりひこ、杉田二郎、高石ともや、坂庭省悟などに作詞提供多数。
ヒューマンズーは現在も形を変え、活動中(現メンバー: 北山修・平井宏・兼松豊・赤木一孝・松崎博彦・坂庭省悟・進藤了彦・城田純二)。
九州大学教授(2010年退官)の傍ら、バースデイコンサートや、2002年のフォーク・クルセダーズ新結成、レクチャー&コンサートなどを行い、加藤和彦亡き後も坂崎幸之助との共演など、精力的に音楽活動を続けている。
なお、バックバンド的存在であったヒューマン・ズーは、2008年の「ヒューマン・ズー きたやまおさむをうたう」を最後に(一応)活動休止している。
フォークソングよ フォークス(人びと)のうたよ 生きるものすべてのうた
●フォークス (Folks)
1985年、笠木透・坂庭賢亨・赤木一孝(ジャズ・ブルーグラスギタリスト)・進藤了彦・安達元彦(現代音楽作曲家、ピアニスト)で結成。89年より松崎博彦(ロックバンドのヴォーカル経験者)が加入。ナターシャなき後、ソロのともやさんにはないグループ活動の楽しさを継承した。京都の「博物詩」や、祝島マザーランド・コンサートなどで、笠木さんの詞に坂庭さん・安達さんが曲をつけたものを中心に、時には手話なども交えながらの演奏活動を続けたが、91年、解散。
ナターシャの繊細さ、緻密さに比べ、ちょっとワイルドなところがフォークスの魅力。地球環境を視野においた歌作りが特徴でした。私のフォークス・ベスト5は、「青い海」「あなたが夜明けを告げる子供たち」「少年よ」「ひとつぶの涙」「松原第七中学校校歌」(次点「長良川」)。
レコードを残さなかったことが惜しまれる。
第1回博物詩で笠木さんの言った「別々の道を歩き始めたナターシャのメンバーが、いつかまた同じステージに立つ日がきっと来る」という予言は13年後、実現した。
音楽の楽しさの中に希望と現実を
●SAM
いつも陽気で優しい笑顔。1992年、フォークスの若手4名(松崎、進藤、赤木、坂庭)が結成。ナターシャ、フォークスと異なり、リーダーをおかず、メンバー全員の個性を生かした演奏活動を開始した。「例えれば正三角錐」。誰もが作詞、作曲し、ボーカルをとれる。
ブルーグラスから笠木さんから受け継いだメッセージソングまで、アコースティックサウンドに乗せて唄う、4(3)人の持ち味がとても楽しいバンド。バンド名の由来は……言うまでもないですね。
私のSAMベスト5は「海原」「君の手は唄っている」「仲間がいっぱい」(たむらみなみバージョン)「ニッポニア・ニッポン」「さんにんでいこう」(次点・「ヨーデル食べ放題」)。
残念ながら、95年進藤君、99年坂庭さんが脱退。現在は赤木さんと松崎さんの2人で活動している。
赤木さんは愉快な「明日シリーズ」や、佐々木由紀さんとの共作など、松崎さんは情感こもったあったかいボーカルが魅力。
2012年には20周年を迎え、記念ライブを開催。ソロ活動が増えて、SAMとしてのステージは決して多くはありませんが、これからも長く続けていってほしいです。
*SAMのメンバー紹介は、SAMのホームページに詳しいです♪
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